九話 (地獄への)旅は道連れ世は情け(などない)
拙作の書籍版が発売となりますので、よろしくお願いします。
「留学生、ですか」
確かに、鬼神会やその上位組織である霧谷組の面子や、外交のことを考えれば絶対に守護らなければならない相手だな。
それに加えて、元々の護衛対象である霧谷組のお嬢さんも守護る必要がある。
西川さんとしても、鎧袖一触で勝てる相手ならまだしも、自分たちと同格かそれ以上の力を持つ相手と、それもダンジョンなんて閉ざされた空間で敵対したくはないわな。
事実、向こうがナニカしてきたら護衛対象のアイドル以外は全員行方不明になってもらうつもりだったし。
……うん、彼らが置かれている状況を鑑みれば、俺や奥野の力を察したらしい西川さんが意地を張らずに降参したのも納得できる。
そこまではいい。
彼らの邪魔がなくなることは、俺たちにとってプラスになってもマイナスにはならないからな。
問題があるとすれば、西川さんが包み隠さず情報を明かしてくれたおかげで、否応なしに俺たちも彼らの事情に巻き込まれるってことだ。
「せや。こうなったら但馬ちゃんらにも手伝って貰うで? もちろん、タダ働きはさせん。ちゃんと謝礼も払うから安心してや」
ほら、さっそく巻き込んできた。
性質が悪いのは、この申し出は断ることができないってこと。
ここで断ったら、鬼神会との関係が悪化するだけじゃなく、VIPにナニカあった際に責任を押し付けられることになるからな。
具体的には『護衛が失敗したのは龍星会が協力要請を拒否したからだ』なんて言われる可能性がある。
そうなった場合、龍星会が被る被害は莫大なモノとなってしまう。
なにせ相手は海外から来たお嬢さんだ。
この、どこの国でもダンジョンそのものの情報や、ダンジョンで得られた素材を欲している中で、ギルドが認めたAランククランの関係者に接触できるような人材が、ただの一般人なわけがない。
確実にそれなり以上の身分を有しているはずだ。
なればこそ、ナニカあった際には、確実に向こうの大使館が口を挟んでくるだろう。
もちろん、こちらも『仕事を請けたのは霧谷のお嬢さんであって我々ではない。そのため協力する義務はない』という形で反論することはできる。
できるのだが、鬼神会からの協力要請を拒否したという事実は変わらない。
その一点だけで責任が分散……というか、協力要請を拒否した龍星会が悪者になるのは目に見えている。
ギルドに至っては、率先して龍星会を悪者に仕立て上げるだろうな。
面倒な護衛依頼を回したことや、それを邪魔するよう裏で色々と仕組んだことは棚に上げて、な。
結局、一人で責任を負いたくない鬼神会と、責任を押し付けたいギルドにとって、龍星会は都合のいい存在、というわけだ。
せめてもの救いは、鬼神会側に俺たちを捨て駒にする気がない――正確には出来ない――ってことくらいなんだが……なんの救いにもならんな。
他人を捨て駒にしないのも、労働に対して対価を払うのも当然のことなのだからして。
「で、どや? 協力してくれるんか?」
対価云々の話はさておくとしても、正式に依頼をされた以上は、こちらも返答をしなくてはならないわけで。
「ふぅ。知っちまった以上は無視はできねぇな」
「せやろ? で?」
「……協力しよう」
まぁ、そうなるよな。
「ほうか! いやぁさすが但馬ちゃん、頼りになるわぁ! ……アンタもそれでいいか?」
ん? なんでわざわざ俺にも確認してきたんだ?
「但馬さんがそう決めたらなら、俺は従うだけです」
「ほうかほうか! ほな、よろしく頼むで!」
「……ふぅ」
俺の返答を聞き、さっきまで放っていた剣呑な雰囲気を霧散させ、笑いかけてくる西川さんと、何故か安堵の息を吐く但馬さん。
「えっと、お二人は俺が反発すると思っていたんですか?」
なんかそんな感じだよな?
なんでそう思ったんだ?
「いや、そらそうやろ。兄さんみたいな若い子やったら、ほとんどの場合『自分たちを騙そうとしてたヤツの言うことなんざ信用出来ん!』とか言うて反発するからな」
「あぁ、なるほど」
わからなくはない。
「反発、とまではいかなくても、普通は面倒ごとを持ち込まれたら不快に思うもんだ。それを呑み込んだとしても、そこから契約違反だなんだのとゴネて利益を得るのも一つの交渉だろ? だが、今回俺はそういうのをすっ飛ばして西川さんに協力すると明言した。そのことに不満を抱くんじゃねぇかって思ってな」
それもわからなくはないんだが。
「いやいや、俺だって組織の一員ですからね。今回の件だって、個人的には確かに面倒だとは思いますが、但馬さんが決めたことなら従いますよ。前にそう言ったでしょう?」
方針を決めるのは但馬さんの仕事。
普段面倒なことを任せている以上、余程アレなことじゃない限り従うと言ったはずなんだがなぁ。
「その辺は但馬ちゃんと兄さんの関係を知らんからなんとも言えんけど……まぁ、アレや。兄さんが強すぎるのが悪い」
「だな」
「えぇぇぇぇ。暴論すぎません?」
強すぎるから悪いって、一体全体どういう理屈よ。
但馬さんも賛同するし。
どうなってるんだ、この界隈は。
「あのな。兄さんくらいの歳でそれだけの実力があったら、普通は俺らの言うことなんて聞かへんのよ」
いや、その理屈はおかしいでしょ。
「はぁ。その顔はわかっとらんようやな。ええか? 兄さんなら『ヤリたいことだけやって、ヤリたくないことはしない! 面倒なのはお前らが全部やれ! もちろん取り分は全部俺のモンや!』なんて我儘抜かしても通る。通さざるを得ん。それくらいの力が兄さんにはある、と俺は見ておる。でな、結局のところ探索者なんざ、腕っぷしの強さがなければな~んにもならん。逆に言えば、腕っぷしさえあればなんでもできる。その理屈で言えば、兄さんほどの力があれば何でもできる。自分の感情を我慢する必要も、相手の立場を慮って妥協する必要もあらへんのよ」
「些かぶっとんだ意見ではあるが、大筋では間違っちゃいねぇ。ぶっとんだ力ってのはそういうもんだ」
だから、但馬さんがなぁなぁで終わらせようとしたことに反発すると思ったって?
確かに、そういう考えをする人もいるかもしれない。
今の俺が、人類最強と言っても過言ではないくらいの力を有しているのは紛れもない事実だ。
但馬さんの立場を考えれば、俺がその力を背景に好き勝手する可能性を考慮するのも仕事の内だろう。
そこは理解できる。
だが、俺は知っているのだ。
個人でどれだけ高い戦闘力を有していようとも、国家権力の前には通用しないと言うことを。
今の俺では、五〇階層のボスは倒せても六〇階層のボスには敵わないということを。
なにより、ここで満足してしまえば、俺の目的は叶わないということを確信している。
だからこそ、俺が『人類最強』程度の力で満足することはないのだが……それもこれも言葉にしなければ伝わらないし、言葉にしたところで信じてもらえるようなことでもない。
結局行動で示すしかないのだ。
信用も信頼も、行動した後に築かれるモノなのだから。
というわけで。
「お二人のお考えは理解しました。その上で言わせていただきます。俺は『但馬さんの決定に納得しました』。今はそれでいいでしょう? と言いますか、さっさとお仕事の話をしませんか? 向こうの人たちも待っていると思いますよ?」
そもそも文句を言ったわけではないのだ。
ならばそれでいいじゃないか。
「……(但馬ちゃんも大変やな)」
「……(えぇ、まぁ)」
「なにか?」
「あぁ、いや、なんもないで。うん、なんもない。……ほな但馬ちゃん、段取りの話をしよか」
「えぇ。そうですね。そっちの話をしましょうか」
そうそう、お互いここには仕事で来てるんだから、仕事の話をしないとね。
(しかし、あれだ。ここまできたら、俺もただの荷物係のままではいられないよな。おそらく、留学生の護衛に回されると思うんだが……はてさて、一体どんな娘さんなのやら)
まだナニカ言いたげだった二人を強制的に黙らせた俺は、今までの会話を思考の隅に追いやりつつ、今回の探索で俺が守護ることになるであろう留学生のことに想いを馳せるのであった。
閲覧ありがとうございました。
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