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八話 まだ隠し事があったって本当ですか?

「……あれや。今はお互い仕事もあることやし、手打ちに関する細かいことは後で話そか」


「……ですね」


西川さんの提案を但馬さんが受け入れたことで、両者の間に漂っていた緊迫した空気はあっさりと霧散した。


雰囲気からすると、西川さんが負けを認めて、但馬さんが受け入れたってところだろうか。


戦力差を考えれば妥当な判断としか言えないが、戦う前からソレに気付いた西川さんはやはり一廉の人物なのだろう。


こちらとしても、むやみやたらと血を流したいわけでもなし。


戦えば勝てるとは言え、一度本格的な抗争状態になったら終わらせるのが大変だしな。


下手な”しこり”ができる前に話が済んだのは喜ばしい限りである。


敵対を望んでいたであろうギルドの連中は思惑を外されたことになるが、連中の思惑なんか知ったことではない……というか、積極的に邪魔したいのでヨシ!


心の中でネコのようなナニカが喝采を挙げたところで、話はこれからの護衛任務についてのあれこれへと移ることとなる。


まぁ、こちらの邪魔をしようとしていた人たちが大人しくなったことで、こういうイベントの時に発生しがちな『な、なんでこんな魔物がここに!?』とか『どうしてこんな数の魔物が!?』とか『護衛が何者かに襲撃された!?』とかと言ったイベントは発生しなくなったと見ていい。


Aランククランである鬼神会が密かに企てていたであろう人為的なイレギュラーが消滅し、逆に彼らを信頼できる戦力として使えるとなれば、今回の仕事で処理に困るような問題が発生する可能性は限りなくゼロに近い。


今度こそ『がはは、勝ったな』と言いたいところであったが、世の中がそんなに優しいはずもなく。


「それはそれとして。実は但馬ちゃんに頼みたいことがあるんやけど……」


「……なんでしょう」


そう言って再度真剣な表情を浮かべる西川さん。

さっきまでと違うのは、彼がその身に纏う雰囲気が、刺すような威圧感から、気だるげな疲労感に似たナニカに変わったことだろうか。


あ~。面倒ごとの予感がプンプンするんじゃぁ。


話を聞かずに逃げたいところだが、面倒ごととは逃げても逃げても追ってくるモノであると同時に、対処が遅れれば遅れるほど処理が難しくなり、それに比例して関係各所に及ぼす被害も拡大するという、極めて厄介な性質を兼ね備えたモノである。


なればこそ、面倒の度合いが最も小さいであろう初期段階、つまり今の内に処理するのが正しいのだが……はてさて、一体全体西川さんはどんな面倒ごとを抱えているのやら。


―――


西川視点


「とりあえず、こっちの事情について最初から話さしてもらうで。気になるとこがあったら、その都度聞いてや」


「わかりました」


もしも但馬ちゃんが負けを認めていたならばわざわざ話す必要はないんやけど、こっちが負けを認めた以上は説明せんと不義理になるからな。


隠し事をしたせいで恨みを買うなんてアホくさい真似はできん。


ただまぁ、但馬ちゃんらが予想以上の戦力を持ってたことは悪いことやない。

今回に関しては特に、な。


「まず、今回俺らは二つの依頼を受けて動いとる。それはわかっとるな?」


「えぇ。護衛対象が所属するアイドル事務所から出された護衛依頼と、ギルドの役員が出した妨害の依頼、ですよね」


「せや。あぁ、あとで俺らに依頼を出した役員の名前も教えたるから、藤本のオジキにも伝えておきや」


「いや、それは別に……」


「あかんで但馬ちゃん。知った後で報復するかどうかは別としても、自分を狙っとる連中のことを知ろうとせんのは組織の長として失格やぞ」


「……確かにそうですね。すみません、お願いします」


「えぇってえぇって。俺と但馬ちゃんの仲やろがい」


相変わらず素直なこっちゃ。

ともすれば窮屈な生き方をしとると思わんでもないけど、そこはまぁ、但馬ちゃんの生き方や。

俺がとやかく言うことでもあらへん。


それはそれとして、話を続けよか。


「その役員の狙いは、今回の任務に龍星会を推薦した役員の足を引っ張りつつ、俺らと但馬ちゃんたちの仲を裂くことや」


成功しても失敗しても俺らの仲は悪くなるってな。

どう転んでも連中に損はない。

なんともお上品な連中やで。


「ただ、それに関してはもう終わった話や。今回の件で俺らが但馬ちゃんの邪魔することはない。……正確には『邪魔なんかできん』ってとこやけどな。まぁそこについてはえぇねん」


「……」


「問題は護衛依頼の方や」


「護衛の方?」


「せや。但馬ちゃんはこう考えとるん違うか? 『自分たちと鬼神会の戦力が敵対せず、協力し合うのであれば依頼は滞りなく達成できる』って」


「それは……はい。そう考えていました」


「せやろな。普通ならそうや」


甘い、とは言えん。

あんなド級のバケモン抱えた上で俺の邪魔がなくなったんや。

そら誰だって成功を確信するわ。


「……なにがあったんです?」


「実はな、護衛対象の中に特別ゲストがおんねん」


「特別ゲスト?」


「せや。それも海外から来た留学生っちゅうとびっきりのVIPやで」


「留学生? なんでそんなのがこんなところに?」


「それがなぁ。話すと長くなるから簡潔に言うと……お嬢が安請け合いをしてしもたんや」


「はい?」


これだけじゃわからんよなぁ。

俺かて最初はわからんかったわ。


「但馬ちゃんも知っとると思うけど、今回の仕事は数か月前から決まっておった。で、その時はギルドの斡旋を受けたクランが護衛依頼を受ける予定やったんやけど、お嬢が個人的に俺らにも声をかけとってん。まぁお嬢からすれば実家やしな。二〇階層なんて危険なところに潜るなら、信頼できる人間が欲しかって話や。それにホイホイ応じる俺らが過保護かと思うかもしれんけど……あれや、但馬ちゃんかて藤本のオジキの娘さんから『ダンジョンに潜るから護衛に来て』と言われたら、どうや? 断れんやろ?」


「まぁ、そうですね」


「せやろ? で、元々ギルドから斡旋された護衛に俺らが加わるちゅーことで、一行の安全は保証されたようなモンやった」


「まぁ、そうかもしれませんね」


「で、ここからが本題や。事務所を通じてその話を聞きつけた留学生の後輩が、お嬢に『自分もダンジョンに連れて行って欲しい』って頼み込んだんやと。普通の後輩ならお嬢も断っとったんやろうけど、その娘さんはお嬢が所属しとる事務所の後輩でもあってな。学校と事務所、二重の意味での後輩で、しかも海外から来ている留学生ってことで無下にはできんかったらしくてな。仕事の邪魔をしないって条件を付けた上で、同行を許可してしもたんや」


「いやそれは……」


「あぁ。紛れもなく安請け合いや。このことを知ったときはさすがのオヤジもお嬢を叱ったが、それだけや。吐いた唾は飲めん。お嬢の面子もそうやけど、下手すりゃ外交問題にもなりかねんしな。あと、単純に、外国と独自の伝手を作れる機会を逃しとうなかったってのもある」


向こうは、俺らがここまで考えるってことを見越してお嬢に接触してきたんやろな。

お嬢には悪いが、これに関しては向こうが上手やったってことや。


「依頼を受けた以上、VIPに傷一つ付けるわけにはいかへん。せやから俺らは、但馬ちゃんらへの妨害はそこそこにして、VIPの周囲を固めるつもりやった。……最悪お嬢とVIPさえ無事ならえぇと考えとったんや」


「まぁ、西川さんの立場なら、そうするしかないでしょうね」


「せやろ? 但馬ちゃんもそう思うやろ? せやから、但馬ちゃんと話つけた後、俺はVIPの護衛に専念して、但馬ちゃんから何か言われても無視するつもりやってん。VIPの存在を知られたら絶対面倒なことになると思ったからな」


最初はそれでもイケると思ったんやけどなぁ。


「でも、俺たちは西川さんが予想していた以上の戦力を備えていた。だから隠し通すのを諦めた。そういうことですか?」


「そういうこっちゃ。下手に隠し立てして但馬ちゃんたちから信用を失うわけにはいかん。まかり間違ってもダンジョン内で攻撃されるわけにはいかんからの」


信用できんヤツは潰す。

ダンジョンでは当たり前のことや。


「でも今回に限っては、その”当たり前”をやられたら困るんよ。そっちかて『鬼神会に報復したら知らないうちに外交問題起こしてしまいました!』なんてなったら嫌やろ?」


「……それは、確かに」


そんなん、どっちにとっても最悪やからな。


「せやから、こうして俺は腹を割って話した。俺からの要望は二つ。一つ目は、お嬢の護衛を完全に任せるわけにはいかんが、ある程度は但馬ちゃんに任せたいっちゅーこと。二つ目は俺らが不自然な動きをしていても見逃して欲しいっちゅーことや」


お嬢も護る、VIPも護る。

両方護らなあかんのが幹部の辛いところってな。


ギルド? そんなんどーでもえぇわ。

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