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二話 君に決めた!

「……なるほど、それで龍星会はギルドからの依頼を受けざるを得なかった、というわけですか」


「そうだ」


今更説明するまでもないだろうが、ギルドナイトとは特定の個人を指す言葉ではなく、日本のギルドが抱える世界最強の探索者集団を指す言葉である。


メンバーは前衛アタッカーの剣聖・前衛タンクの聖騎士・後衛物理の弓聖・後衛魔法の大魔導士、そして中衛兼各種支援を担当する万能手こと上忍の五人で構成されている。


ここだけ切り取れば、彼らは極めてバランスの取れた完全無欠の探索者パーティーのように見えるかもしれない。


だがしかし、実際のところ彼らはあくまで個人事業主の集まりであって、正式にパーティーを組んでいるわけではない。


少し考えればわかるだろう。


メンバーをよく見ろ。己の鍛錬を優先する剣聖、自分と弟子の鍛錬を優先する弓聖、自分の中にある正義を優先する聖騎士、魔法の研究を優先する大魔導士、趣味と金策を優先する上忍だぞ?


趣味も、思考も、戦う理由も、全部バラバラだ。

それに加えて、各々の実力が拮抗しているため、誰かがリーダーシップを発揮して無理やりメンバーを纏めることなどできないし、大前提として各々が自分の利益を侵されたくないが故に、誰かをリーダーにして纏まろうともしない。


こんな連中が、仲良く一つのパーティーに収まることなんてできるはずがないだろうが。


実際、俺が知る限り彼らの仲はビジネスパートナー以上のものではなかったしな。


そんな感じなので、一つの目標を達成するために全員集まるのは数カ月に一度、ギルドや国がダンジョンの階層を攻略するよう依頼を出したときくらいだったはず。


これのなにが問題なのかというと、普段各々がナニをしているか誰も把握できていないということだ。


今回の件で言えば、音信不通となる前の上忍が、いつ、どこで、誰から、どのような依頼を受けていたのかを、誰も知らないのである。


少なくとも俺たちの送迎と素材収集の依頼を受けていたことは確かだが、その素材収集だって一人からとは限らない。


『どうせ深層に行くなら何個か受けておくか』って感じで、複数の依頼を受けている可能性は高いので、上忍が予定していた行動を明らかにするためには、依頼を出した人間が全員名乗り出るしかない。


しかし、だ。正式に依頼を出したのならまだしも、個人的に依頼を出した連中が自発的に名乗りを上げることはないだろう。


だってそれ、殺人教唆とか横流しっていう犯罪行為だもの。


誰もが見て見ぬふりをしているとはいえ、犯罪は犯罪。

まさか『横流しするために貴重な素材を持って来るように言いました』とか『あいつを殺すように依頼しました』なんて自白する阿呆なんているはずもなければ、互いに探るような真似をするはずがない。


探られたら痛いのは誰だって一緒だからな。


犯人捜しをしないのであれば、次に来るのは上忍が姿を隠した理由探しである。


考えられるパターンは大きく分けて三つ。


一:ダンジョンで死んだ場合。


この場合、話は簡単だ。


もちろん他殺か、魔物に殺されたか、はたまたダンジョンの罠で死んだか、と考えたり調査するべきことは多々あるものの、最終的には『上忍に代わる人間の育成をすればいい』というだけの話なのだから。


関係者にとって一番楽なパターンと言えるだろう。


二:死んではいないものの、ハイポーションなどでは治らない類の状態異常を受けたため接触を断っている場合。


これもまぁ、そんなに難しい問題ではない。


上忍は、普通の任務もこなしているが、それ以上に後ろ暗い仕事をいくつもこなしている人間だ。

多数の人間から恨みを買っていることを自覚している彼女が、他人に自身が弱っているところを見せるような真似はしないというのは衆目の一致するところである。


よって、この場合は『症状が回復すれば戻ってくる』という結論に至るので、大きな問題とはならない。


まぁ、復帰するまで新たな依頼を出せないということで、小遣い稼ぎが出来なくなったとストレスを溜めることになる連中はいるだろうが、言ってしまえばそれだけの話。大きな事件性はない。


問題は次。


三:国外に逃亡した。もしくは逃亡するつもりである、という場合だ。

現状ギルドの連中が警戒しているのも、このパターンだと思われる。


というのも、だ。これは上忍に限った話ではないが、日本最強、否、世界最強の探索者の一角であり、数多の情報を持つギルドナイトを勧誘したいという国は非常に多い。


一五年後はもちろんのこと、今の時点でも普通に各国のお偉いさんから、勧誘を受けていたはず。


彼ら彼女らがそれらの誘いに乗らないのは、偏にギルドが提示していた待遇が良かったから……ではない。単純に、世界最強の座から降りることを嫌ったからだ。


少し考えればわかるだろう。


現時点でギルドナイトが到達している階層は四七階層なのに対して、各国のトップ層と言われている探索者たちが到達しているのは三九階層である。


確かに、移籍すれば”その国のトップ”にはなれるだろう。

しかし、その時点で”世界最強”ではなくなる。


部下を育ててギルドナイトに追いつこうにも、ギルドナイトだっていつまでも四七階層で足踏みをしているわけではない。


むしろ、移籍した先で弱い探索者を育てているうちに、もっと攻略を進めるだろう。


そうなった場合、どうなるか?


単純だ。彼我の差が開く。

それだけだ。


しかしながら、この、単純にして明快な事実は、自分の成長にしか興味のない剣聖や、武術的な鍛錬を目的としている弓聖は当然のこととして、ダンジョンを精神修行の場と考えている聖騎士や、研究素材が溢れる場と認識している大魔法使いにとっても耐え難い屈辱となる、らしい。


実際に明言したことはないが、彼ら彼女らにとって『自分たちが最強である』というのは一種のアイデンティティになっていたのは間違いない事実だ。


故に、彼ら彼女らが、自分から『ダンジョンの最先端』という世界最強を証明できる環境を捨てることはない。


しかし上忍だけは、彼女だけは別だった。


彼女とて世界最強の座を惜しむ気持ちはあるだろう。

しかしそれは、誇りとか自尊心がどうとかではなく、あくまで『自分が世界最強なら他の連中はそれ以下だ』という確信を欲していたからに過ぎない。


わかりやすく言うなら、彼女は十分な金と、合法的かつ安全に弱者を甚振る加虐趣味を満たされる場さえあれば、それで満足するタイプの人間なのだ。


そんな一歩間違えなくとも人格破綻者と認定されるであろう彼女がギルドナイトに所属していたのは、偏に『ギルドという組織に所属していれば、国家の庇護のもと好き勝手できる』という環境があったからに他ならない。


ギルドの役人たちからの依頼で動いている分には、同格のギルドナイトが差し向けられることもないしな。


長々と言ったが、つまるところ、この『ギルドナイトを差し向けられる』という問題さえ解決できるのであれば、他国の諜報員が上忍を勧誘することは不可能ではない。


というか、ギルドナイトという抑止力がなければ、気に食わないギルドの役人たちを殺して回るか、もしくは、武力と情報による脅しを駆使して役人たちを掌握していただろう。


これらのことは当然、ギルドも知っている。

彼らは、自分たちが嫌われていることも、後ろ暗い情報を握られていることも、ちゃんと自覚しているのだ。


よって彼らは、上忍が他国に勧誘されることを何よりも警戒していた。


故に、上忍が音信不通になったことに恐怖を覚えているのだろう。


――いつ”あの”情報が暴露されるかわからない。

――いつ武力を用いた報復をされるかわからない。

――いつ、どこで、なにをされるかわからない。


これらの恐怖がある以上、ギルドの連中は、自衛手段であるギルドナイトや自前の探索者たちを手放すことができない。


アイドルの護衛? 

ありえん。勝手にやってろ。

もちろんナニカ問題があったら責任は取らせるからな。


こんな感じなのだと思われる。


龍星会にしてみたらいい迷惑でしかないが、逆に言えばギルド側からの邪魔を受けずに昇格に必要な貢献度を稼げる好機でもあるわけだ。


「そこまではわかりました。ではそのことを俺に教えたのは?」


問題はここだ。


昇格試験云々であるなら新参者でしかない俺や奥野に出る幕はない、というか将来的に発生するであろうギルドや上級クランとの摩擦を考えれば、今の時点で切り札である俺たちは出さない方がいいと思うのだが。


「……護衛対象は若い娘さんたちだ」


「まぁ、アイドルってくらいですからねぇ」


三〇超えてもアイドルって人もいるが、まぁ、な。

普通は一〇代前半~二〇代前半くらいをイメージするよな。


「だろう? そんな娘さんたちから見て、俺らはどんな存在に見えると思う?」


「……あぁ、なるほど」


繰り返すが、龍星会の親会社である藤本興業はまっとうな土建屋である。

少しばかり所属している人相や柄が悪いものの、企業としては真っ白でまっとうな企業なのだ。


しかし、悲しいかな。

人間とは第一印象が八割を占める生き物だ。

それに鑑みれば、彼らの第一印象は決して芳しいものではない。

というか、言葉を飾らずに言えば、悪い。


現場に出ている連中なんてどう贔屓目に見てもチンピラだし、但馬さんが直卒するクランのメンバーに至っては、誰がどう見てもヤの付く自由業の方々だ。


人相と柄が悪くて、数も多くて、個々の暴力にも定評がある男どもの集団。

それが一般の方々から見た龍星会の評価である。


こんな連中にアイドルの護衛が務まるか? 


と問われれば、答えは当然、否。


護衛対象であるアイドルから距離を取られるならまだいい方で、護衛そのものを拒否されたり、えん罪を着せられる可能性も考えなくてはならないまである。


そんなリスクは背負いたくない。

しかし依頼を受けないわけにはいかない。

段取りを組む但馬さんとしても頭を悩ませた……わけではないだろう。

なぜなら一昔前とは違い、今の龍星会にはこの依頼にうってつけの人物がいるからだ。


それが俺たち。

もっと言えば奥野。


「あんたはもちろん。奥野のお嬢さんだって二〇階層くらいなんとでもなるだろう?」


「まぁ、そうですね」


近場での護衛は同性同年代の奥野に任せて、自分たちはやや離れたところで護衛をする。

理に適っていると言えば、理に適っている。


「できればあんたも保険として参加して欲しいが、そこまでは望まねぇ。とりあえず奥野のお嬢さんと切岸の嬢ちゃんを貸してほしい。取り分は七:三。もちろんそっちが七だ」


今回欲しいのは金じゃなくて貢献度だから、金に関しては最低限でいいってわけか。

でも、それだとなぁ。


「いや、まぁ、俺も参加しますよ。取り分もこっちが三で構いません。もちろん、働きによっては奥野にボーナスを出すくらいのことはしてあげて欲しいとは思いますけど」


切岸さん? 

レベリングを始めたばかりの彼女に、ボーナスをもらえるほどの働きができるわけないだろ。


「……いいのか?」


「えぇ。幸いお金には困ってませんし。そもそも、同じ組織に所属しているのに、こっちが一方的に多く貰うのは不健全でしょう?」


というか、龍星会に依頼がきた理由が理由なので、多くもらうのはいたたまれないと言いますかなんと言いますか。


「そうか、わかった。奥野のお嬢さんへの報酬には色を付けさせてもらう……恩に着る」


着なくていいです。

いや、謙遜とか嫌味じゃなく、マジでいらないです。


閲覧ありがとうございました

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