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28話 禍福は糾える縄の如しって嘘だよね

「さて、証拠隠滅、証拠隠滅っと」


俺らを〇す……もとい、送迎するためにやってきた上忍を”石化させる”という形で返り討ちにしたわけだが、相手は腐っても世界最強の一角。石像と化したまま放置しておくと面倒なことになるのは確実なので、そうなる前に世界で最も安全な場所に収納しておかねばなるまいて。


そんなわけで収納、ヨシッ! 


これで上忍の末路を知る人間は、世界で俺と奥野の二人だけとなったわけだ。


ここでもし奥野が上忍を助けようとするなら色々考える必要があったのだが、幸いなことに彼女は自分の命を狙ってきた相手に情けを掛けるような腑抜けではなかった。


それどころか「え? それ、この場で砕かないんですか?」と、確実に止めを刺すよう促してくる始末。


うん。確かに彼女は無力化したが、あくまで石化しただけだからね。

死亡を確認するまで気を抜かないのは、探索者としても命を狙われた被害者としても間違っていない。


もっと言えば、この場で砕いてダンジョンに吸収されるのを見届けるまで気を抜くべきではないのだ。


それはわかるし、俺としてもそうするのが正しいと思ってはいる。

だがしかし。学生の目の前で探索者だったモノを砕くのはどうかとも思うわけで。

あぁ、それともう一つ理由があったわ。


「砕く前に、ちょっと実験に使いたくてな」


「実験、ですか?」


「そうだ」


俺の記憶の中に在る情報は『エリクサーであれば石化を治療することができる』ってだけで、詳細は何も知らないのだ。


部分的な治療が可能かどうか? とか。

エリクサーをどれだけ使うのか? とか。

砕けた部分と砕けた部分をくっけてからエリクサーを使うとどうなるか? とか。

その他にも色々確認しておきたい。

流石に非人道的な実験なので詳細は言えないけどな。


「あぁ。具体的な内容は言えんが、もちろんその後も彼女を生かして使う心算はない。間違いなく止めを刺すことを誓うし、なんなら砕いた彼女がダンジョンに吸収される瞬間を見せてもいい。だから少しだけ時間をくれないか?」


「そこまで言うなら……」


「すまんね」


今回の接触で多くのことを知った上忍は、最早生きているだけで俺たちの安全を脅かす存在となった。


彼女の性格上、石化を治療したところで感謝などしないだろうし、ステータスという暴力を前に出して脅迫したところで、俺らの手の届かないところに逃げた後で社会的な力を使って報復してくるだけだ。


説得による懐柔も不可能。

説得以前に、万全の彼女と交渉をして勝てる気がしないので、説得云々は最初から選択肢にない。


貴重品室に送る? 

すまんな、あれは嘘だ。


あの選択はあくまで彼女のメンタルに揺さぶりをかけるためのものであって、それ以上でも以下でもなかった。ついでに言えば、今の上忍が貴重品室(糞どもの娯楽)について知っているかどうかの確認でもあったが、答えは黒。


それどころか、あの様子では彼女も探索者だったモノを使って小遣い稼ぎをしていたかもしれない。


同じ穴の狢ってやつだな。


それを確信できた時点で、俺は彼女が何を選択しても石化させたあとで粉々に砕いてダンジョンに吸収させるつもりだし、その気持ちは今も変わっていない。


上忍死すべし、慈悲は無い。


尤も、慈悲を与えないのは上忍だけではないのだが、その辺は追々な。


とりあえずダンジョン探索を続ける雰囲気ではなくなったので、今回のレベリングは中止して地上へと帰還することにした。


「急に予定が空いたなぁ」


今日は金曜日で、現在の時刻は20:00。

ダンジョンに潜ったのが16:00頃だから、往復の時間を考えれば最短で上忍とぶつかったことになるな。


タイミング的には待ち伏せでもしていたか? 

それとも偶然見つけたから襲撃した?


まぁ、どっちでもいいか。

問題は予定していた時間をどうするか、ってことだ。


奥野に関しては、特に問題はない。


このまま龍星会の事務所に行って探索で得た素材を売り払い、分け前を給料として支払ったあとで休息をとるなり実家に帰るなり修行するなり、好きなことをして過ごすよう指示を出すつもりだ。


せいぜい降ってわいた休日を満喫して欲しい。

なにせウチはホワイトな職場だからな!


で、俺自身はどうやって時間を潰そうかと悩んでいたのだが、そんなある種贅沢な悩みは龍星会に着いた時点で解消されることとなった。


「あ、松尾くんと奥野の姐さんじゃねぇっすか」


龍星会の事務所を訪れた俺たちに声を掛けてきたのは、一見すれば強い者に媚びを売るチンピラにしか見えないものの、実際は俺たちが所属している探索者クラン龍星会の幹部にして、親会社である藤本興業の部長も務めている正真正銘の幹部社員、美浦さんであった。


「いやぁ。いいところで会いましたわ。少しでいいんですけど、これから時間あります?」


「まぁ、はい。大丈夫です。奥野は……」


「私も大丈夫です!」


「だ、そうです」


「そうですかい。それはよかった。それじゃあお二人の用事が済んだら上の会議室に来てもらえますか?」


「「了解です」」


時間外労働? 日夜ダンジョンに潜って戦う探索者にそんな概念はねぇ。

動けるうちは働くのが探索者ってもんよ。


美浦さんの態度から面倒事の匂いがプンプンするが、俺とて龍星会に所属する身。

まして相手は上司だ。向こうが頭を下げてきたのであればその言葉を無下にするわけにはいかないのだ。


無論「今日は終わった」と思ったところに仕事を入れられて思うところがないわけではないが。


「はぁ」


”良いことは一人でやって来るが、面倒なことは友達を連れてやってくる”とは誰の言葉だったか。


思えば俺の人生って後者ばっかりなような気がする。


良いことだけ来てほしいとは言わないが、せめて交互に来て欲しいと思うのは贅沢なのだろうか。


「……そろそろお店に行きてぇなぁ」


お店、それはタダ券はなくとも現金があればなんでもできる大人の社交場。


上忍を排除したことでギルドナイトの探索速度も落ちるだろうから、少しくらい羽を伸ばす時間をとってもいいだろう。うん。気を張り過ぎても良くないからな。そろそろ緩めよう。


懸念があるとすれば俺の年齢だが、藤本興業の系列ならその辺も配慮してくれる、はず。


そうと決まればあとで美浦さん、いや、但馬さんに相談してみようかな。


―――


迎えた週末金曜日。


今回は両親からの邪魔が入らなかったので支部長と二人でダンジョンに潜っていたら、ギルドナイトの一員として名が知られていた弓聖に襲撃された……と思ったら、その弓聖は偽物で、正体は上忍で、フラッシュバンで目をやられて転がっているうちに襲撃犯である上忍は支部長があっさりと叩きのめした挙句石化させてアイテムボックスに収納していた。


自分でも何を言っているのかよく分からないが、全部事実だからしょうがない。


怒涛の展開にも程がある。もう少し遠慮してください。


とは言え、ここで思考停止に陥ってしまえば支部長から『無価値』と思われかねないので、精一杯頭を働かせて「それ、どうするんですか?」と聞いてみたところ「実験に使った後に砕いてダンジョンに吸収させるから、少し時間をくれ」と言われた。


どうやら支部長は、この場で襲撃犯を始末しないことに私が不満を抱いたと勘違いしていたようだが、私としては支部長の判断に文句を付けるつもりはないんだよね。


流石に「生かして性欲処理に使う」なんて言われたら反対したと思うけど、そうじゃないみたいだから一安心って感じかな。


「あ、松尾くんと奥野の姐さんじゃねぇっすか」


で、ダンジョン探索を切り上げて地上に戻った私たちを待っていたのは、上忍の関係者……ではなく、龍星会の幹部である美浦さんだった。


この人、支部長は”くん”なのに私のことは”姐さん”なんだよね。


いや、まぁ、支部長が偉くて怖いのは紛れも無い事実だから遜るのは当然だと思うんですけど、支部長におんぶにだっこな私にまで遜られても困ると言いますか、なんと言いますか、もう少しこう、遠慮をして欲しいと言いますか。


そんな感じの事を支部長に相談したら「痛い思いをしたから覚えたんだろうよ」なんて苦笑いしながら諦めろって言われましたけど、私は別になにもしていませんよね?


あと支部長、お店ってなんですか?

なんか支部長を一人にしたら駄目だって気がするんですけど、当然私も連れて行ってくれるんですよね?



閲覧ありがとうございました。



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