21話 オクスリで信頼と実績を積むのは間違っているだろうか?
あれ? 二〇万字超えている?
火曜。今日は奥野に普通の女子高生としての生活を送ってもらうためにダンジョン探索は休みとした。
俺はブラック企業の上司ではないからな。
休めるときにはしっかりと休んで欲しい。
あとご両親に、とりあえずポーションを二つ用意できそうだということを伝えて欲しい。
そう伝えたところ、奥野は休みを喜ぶどころか、どことなく不満そうな態度を見せてきた。
彼女の態度を見た俺は、確信した。
奥野の社畜化が危険域の一歩手前まで進行していたことを。
あぶなかった。
もう少しで華の女子高生をポーションの為にダンジョン探索を続ける社畜にするところだった。
そんなの、借金返済の為にダンジョンと店を往復していたあの頃の彼女となにが違うというのか。
もちろん俺が彼女の幸せを決めつけるのはいいことではない。
ダンジョンに潜ってレベリングするのが趣味ってタイプの人間もいることは知っている。
だが、彼女が好きであの世界にいたわけではないと知っている身としては、ダンジョン以外の趣味も見つけて欲しいのだ。
最低でも家族との触れ合いは大事にして欲しい。
せっかく助かったんだからな。
独りよがりの我儘であることは自覚しているが、別に誰が不幸になるわけでもなし。
このくらいの我儘は許してほしい。
そんなわけで、奥野には『報告』という任務を与えつつ実家に帰らせて、一人で新宿にある龍星会の社屋に来ている俺氏である。
用件はもちろん、黒羽の親父から貰った四〇〇〇万円の使い道についてだ。
「というわけで、彼女の両親がパーティーメンバーを癒すためにポーションを欲しがっていまして。黒羽さんから貰ったお金でポーションを買ってくれませんか? ギルドも学生には売らないかもしれませんが、龍星会になら売ってくれるでしょう?」
ハイポーションほどではないが、ポーションも貴重な品であることに違いはない。
一介の学生では金を積んでも売ってもらえない可能性があるし、なにより黒羽一家との因縁を知る連中に『松尾篤史がポーションを欲しがっている』という情報を与えたくない。
あと、現在下層に挑んでいる龍星会が回復手段を求めるのは自然なことなので、この取引に違和感を抱かれる可能性は低いと思われるのも、彼に購入を頼む大きな理由だ。
「そりゃ構わねぇが……」
「ん? なにか御懸念でも?」
但馬さん的にはどことなく不満そうな様子。
さて、なにが不満なのだろう?
金はこっちが払うし、彼らに買えないなんてことはない、と思う。
それなら”自分たちも欲しい”だろうか?
確かに、彼らだってポーションは欲しいわな。
手間をかけて手に入れたポーションを見たこともない奴に渡すくらいなら、自分たちで確保したいと思うのは当然のことだ。
というか、今回の件は彼らにとっては完全にタダ働きだ。
黒羽の親父とのコネができたと言っても、落ち目の役人とのコネがなんの役に立つというのか。
むしろ面倒ごとを抱えたと思っているのかもしれない。
そりゃ不満も溜まりますわ。
タダ働きのストレスを誰よりも知っている俺が他人にタダ働きを強要しちゃ駄目だよな。
ふむ。手数料でも支払うか?
そろそろ彼らにも餌が必要だろうし、なにか丁度いいモノがあっただろうか?
ルームの中にあるブツをリストアップしていると、但馬さんは顔を顰めたまま言葉を続けた。
「いや、アンタが決めたことにとやかく言うつもりはねぇんだ。だがよぉ」
「だが? なんです」
はっきり言いたまえよ。
「……ちょいとばかし入れ込み過ぎじゃねぇかなって思ってな」
「入れ込み過ぎ?」
「おう。簡単に話は聞いているが、いくら両親のためとはいえ、嬢ちゃんにポーションを八個も貢ぐってのはどうかと思うぞ?」
「貢ぐ? あぁ、そういうことですか」
今回の件も今までの件も、但馬さんからすれば俺が奥野の好感度を稼ぐためにせっせとポーションを貢いでいるように見えたのだろう。
うん。その気持ちは理解できる。
今回のも合わせれば俺が奥野に渡すことになるポーションの数は、合計で一〇個。
金額にして二億円相当にものぼる。
どう考えても一介の学生が無条件に渡していい額じゃない。
俺からすれば奥野が裏切らないよう今のうちから恩をきせているだけだし、奥野もそれを理解した上で受け入れているのだが、傍から見れば俺が貢いでいるように見えるのも理解できる。
で、但馬さんも若い男が若い女に貢ぐこと自体は”よくあること”と納得しているのだろう。
だが、なんでも程度が過ぎれば問題となるわけで。
いずれもっと貴重な品や現金を貢ぐかもしれない。
そのために危険な橋を渡ったり、最悪横領や盗難をしたりするかもしれない。
なにせ俺のジョブは世間一般で犯罪者予備軍として認識されている【商人】系のジョブだからな。
さらにレベル二五で習得する【収納】まで覚えているときた。
手を翳すだけで目の前の物品をアイテムボックスに収納できるこのスキルは、持っているだけで店への入店を拒否されたり、冤罪を押し付けられるスキルである。
そんな、ただでさえ怪しいジョブに就いている怪しい男がナニカしたらどうなるだろうか?
いや、ナニカしたという疑いをかけられたらどうすればいいのだろうか?
自分たちでその無実を証明できるのか?
無実でなかった場合、自分たちでその責任を負えるのか?
犯罪に走るのを止めることはできるのか?
答えは否。彼らには俺の無実を証明することも、俺の犯した罪の責任を取ることも、俺を止めることも
できはしない。
では俺を解雇すれば解決するのか? と言えば、それもない。
大前提として但馬さんが『このままでは俺たちに先がない』と判断したからこそ、俺を懐に入れたのだから。
実際、俺が齎す稀少なアイテムがなくなれば彼らは以前の状態に逆戻りすることになる。
そうなれば龍星会はAランククランどころか、衰退の一途を辿ることになるだろう。
最悪、報復で従業員が全員殺されかねない。
それらの可能性を考えれば、彼らに俺を切り捨てることはできない。
切り捨てることができないなら厚遇するしかないのだが、異性に大金を貢ぐようなガキを厚遇し続けるのは難しい。
俺のことを知る但馬さんや美浦さんは我慢できても、他はそうもいかない。
そもそも新入りの部下が上司である幹部社員に我慢を強いる時点で健全な組織とは言い難い。
健全でない組織は遠からず瓦解する。
龍星会は、俺からすればいくつかあるクランの一つに過ぎないが、但馬さんからすれば人生を捧げてでも護らねばならないモノだ。
断じて一人のガキの気分で壊されていいモノではない。
しかし、俺の行動を止めることもできない。
故に忠告という形にしたのだろう。
誰よりも龍星会を大事にしているからこそ、但馬さんは俺に”常日頃からせめて自分たちが信用できる行動をとっていて欲しい”のだ。
間違っても”女に貢いで犯罪に走るような阿呆”と思われるような行動をとって欲しくないのだ。
だから、たとえそれを指摘された俺が不機嫌になろうとも、今、ここで諫めるべきだと判断したのだ。
自らの安全を顧みず、組織のために動くことができる。
まさに滅私奉公。凄い、漢だ。
前にも誰かに似たような感想を抱いたような気もするが、称賛に値する大人が多いのは悪いことではないので、問題はない。
で、さすがの俺もそんな称賛に値する大人に軽蔑されるのは嫌なので、いまのうちに但馬さんの誤解を解いておこうと思う。そのために必要なブツもあることだしな。
「俺は彼女に貢いでいるつもりはありませんよ。別にどうでもいいから渡しているだけです」
「……そうか。アンタがそういうならそれでいいさ」
完全に信用していない。
まぁ、若い男がそんなの簡単に認めるわけないもんな。
わかるぞ。でも事実だ。それを教えよう。
「ポーション如き、いくつ使ってもお釣りがきますから」
ルームから取り出しますは、前にも見せた水色の液体が入った試験管。
その数三つ。
「そ、そりゃぁ!」
「一つで一〇億円なら三つで三〇億円。ね? 二億円じゃまだまだでしょう?」
世の中を渡るのに最も重要な要素は暴力ではない。信用だ。
あの腹の中が腐っている外道どもが蔓延るギルドだって、社会的信用があるからこそ暴力を維持できる。
そして信用を得る方法は利害を一致させることと、信頼と実績を積み重ねること。
あとは、わかるね?
「政治家先生でも官僚でも。大企業のお偉いさんでもいい。欲しがっている人はいくらでもいるでしょう?」
「おいおい、アンタ、もしかして……」
一般にハイポーションの入手方法はダンジョンを周回して、魔物が落とすのを待つしかないとされている。
前回俺が持っていたのも、たまたま浅い階層で見つけただけ。
但馬さんはそう思っていたかもしれない。
だが、こうして纏まった数を見せられれば、嫌でもわかる。
自分の常識が間違っていたのだ、と。
ハイポーションを得る手段は存在するのだ、と。
「えぇ。知っています」
「……ッ!」
故に、俺はそれを肯定する。
「前回の一度だけではない。継続してハイポーションを用意できる組織にどれだけの価値があるか。お偉いさんから龍星会がそんな組織だと認識されれば、この先龍星会が得られる利益がどれほどのモノか。理解できない、とは言いませんよね?」
「お、おう」
今はまだ漠然としたものかもしれない。
当然だ。いきなりハイポーションが三つも手に入るなんて想定しているはずもないからな。
だが、この人ならすぐに見えるようになるはずだ。
明確なビジョンってやつが。
「前にも言いましたが、俺は組織の運営に興味なんてないんです。だからそちらは但馬さんにお任せします。代わりに……」
「……アンタがやり易い環境を作れ、だろう? わかっている。さっきの忠告モドキも撤回する。忘れてくれ」
「忠告モドキ? なんのことやら。あ、これらの処理は但馬さんにお願いしてもいいですか?」
「あ、あぁ。取り分は前回と同じ半額で大丈夫かい?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
うんうん。さすがに二回目ともなれば話が早い。
入手手段を聞いてこないところもグッド。
やはり取引相手は勘のいい大人に限る。
それに、今回の処理で彼らが得られる利益を鑑みれば、手間暇に対する手数料としては十分なはず。
信用は実績を積み重ねて初めて得られるモノ。
黒羽の親父が迅速に動いたせいでギルドの信用を落とすことには失敗したが、俺の信用を高める――少なくとも同級生に貢ぐ男ってイメージを払拭することは――できた。
トータルでプラス。今後のことを考えれば、悪くない。
「……俺も少しは強くなったと思ったが、まだまだ底が知れねぇ。いや、前よりも遠くなったような気がするぜ」
ん? なにやら但馬さんから妙な視線を感じるような?
察するに、三〇億円相当の現物を前にして慄いているのだろうか?
まぁ気持ちはわかる。
そりゃ普通なら一個一〇億円相当の貴重品を三つも預けられたらそうなるよ。
そんな貴重品を前に緊張している但馬さんに俺から言えることはただ一つ。
「……割っても補填はしませんからね」
もう渡したからな。管理はそっちの仕事だ。
『売れなかったからゼロ』なんて絶対に言わせねぇぞ。
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