19話 死んだ探索者は悪い探索者。
今更ではあるが【探索者】とは生き様ではなく職業を指す言葉である。
彼らがわざわざ死の危険がある穴の中に入る理由の半分以上は生活のためであり、残りは自己の強化に喜びを覚えた者がダンジョンに入り浸たるようになったり、ポーションを始めとしたレアなアイテムを欲している者が命を顧みずダンジョンへとその身を投じている。
このうち生活のためにダンジョンに潜っている者たちは、基本的に無理をせず中層あたりを狩場としているため、イレギュラーが発生しない限りは大きなけがを負ったりはしない。
代わりに大きな儲けもないのだが『無理をして死ぬよりはマシ』と割り切っているため、数が増えることはあっても減ることはない。
そんな彼らからすれば、死を恐れずに下層以降に向かう探索者なんて存在は、ただの愚か者でしかなかった。
探索者といえど、命は惜しい。
ダンジョンの中で死にたくなんてない。
地図もない穴倉の中を手探りで探索したくない。
ファーストペンギン?
鉱山のカナリアとなにが違う?
そういった思いが大半を占めていることや、先行者利益の代表格であるハイポーションの入手方法が公表されていないため、世界中にダンジョンが発生してから五〇年経った今でも、積極的に最深部を目指そうという探索者は極めて少なく、五〇階層を攻略したという探索者は現れていない。
重ねて言うが、誰だって命は惜しいのだ。
しかし、国内でさえ中層域――正確には二〇階層前後――で稼ぐ探索者が増加したため、その近辺で得られる素材がやや飽和状態となったことや、在庫の増加に伴い買い取り価格も下落の一途を辿っている現状を目の当たりにすれば、その安全志向も変えざるを得なくなっていた。
また探索者をサポートするために存在するギルドとしても、いつまでも中層程度で得られる素材を持ち込まれても困るわけで。
そのため、最近では下層に行こうとしているパーティーを優遇するような動きも見せていた。
これは、ギルドが抱える最強戦力であるギルドナイトが下層よりも深い階層に潜れるようになったからでもある。
ギルドとしては下層以降で得られるレアな素材は自分たちで独占したかった。
しかし彼らは先行者利益の旨味を知っている。
だからこそ、ギルドナイトを下層に留めておくことができなかった。
よってギルドは深層の探索をギルドナイトに任せ、下層は死にたがりの民間探索者に任せることとした。
軍や警察? 冗談をいうな。
民間の探索者がダンジョンに挑んで死ぬのは自己責任の範疇として片付けられるが、公務員がダンジョンに潜るとなれば、それは公務だ。
それで犠牲者が出たら、探索を命じた人間の責任問題になるではないか。
彼らはギルドナイトや民間の探索者が集めた情報を利用して安全第一をモットーとして下層や深層へ挑み、安全第一をモットーにレベルを上げて、安全第一をモットーとしたまま素材を回収すればいいのだ。
その上で犠牲が出たなら諦めもつく。
直属の上司を切り捨てて、次回以降は”より安全に”探索をさせる。
国やギルドの方針としてはこのような感じであった。
つまるところ、奥野の両親が加入していたパーティーや、龍星会の但馬が多少の無理をしてでも下層に挑もうとしていたのは、下層以降に進む探索者を優遇するというギルドの方針を掴んでいたからでもある。
ただまぁギルドが優遇するのは下層に挑みながらきちんと生還してきた探索者――この場合はちゃんと下層の素材を回収してきた探索者――であって、途中で失敗した探索者にかける情けなど持ち合わせていない。
奥野の家族? 実力が伴っていないにも拘わらず勝手に下層に挑んで勝手に死にかけた連中など知らないし、興味もない。
当たり前だ。彼らにとって大事なのはあくまで”希少な素材を持って帰ってくる探索者”であって、その途中で斃れた探索者などゴミ以下の存在でしかないのだから。
そういう面で見れば、最近になってようやく下層に挑むようになった――しかもちゃんと生還してきている――クラン龍星会は、ギルドにとってありがたい存在になりつつあった。
だからこそ、とでも言おうか。
決闘騒ぎから数日後の日曜日。
ギルドの役員である黒羽林太郎は、自分の娘である輝夜から”弟が龍星会に所属している探索者に迷惑をかけた”と知らされたとき、思わず息子を殴りつけていた。
「この、馬鹿者が!!」
「ぐわっ!」
ギルドはその職務から職員や役員に対して最低でもレベルを二〇以上にすることを義務付けている。
当然林太郎もそのルールに従ってレベルを上げているため、レベル五程度でしかない黒羽弟からすれば完全な格上の存在となる。
そんな格上の存在から殴られた黒羽弟はそのまま気を失う……なんて贅沢なことは赦されなかった。
「貴様は、自分が、なにをしたか、理解しているのかッ!?」
せっかく死にたがり共が自分から『死にに行く』と言っているところを邪魔したのだ。
それで臍を曲げられて困るのは誰か? ギルドだ。
その原因を作ったのは誰だ? 目の前の馬鹿だ。
「ぐっ! がっ!」
髪を掴まれて殴られ続ける黒羽弟。
死んでいないどころか、気を失っていない時点で相当手加減されているのだが、それは彼にとって何の救いにもなっていなかった。
「お前もお前だ、輝夜!」
「も、申し訳ございません! 私が気付いたときにはすべて終わった後でして、なんとかフォローしようとしたのですが……」
「それが原因でお前も足を掬われた、と?」
「は、はい……」
輝夜からすればとんだとばっちりである。
内心では(そこの馬鹿がしたことを怒られても困る)と考えていたのだが、林太郎が怒っているのはそこではない。
「自分でなんとかしようとするのは悪いことではない! それで失敗することもあろう! だが動く前に一報さえ入れなかったのはなぜだ!? なぜその報告が支払い期限ぎりぎりの今日になった!?」
「そ、それは……」
林太郎が輝夜に対して怒っているのは、偏に報告が遅れたことであった。
「決闘騒ぎがあった月曜は仕方がない。翌日の火曜もこの馬鹿が仕出かしたことの情報を集めていたとすればまぁいいだろう。だがその後は? 水・木・金・土! この四日間、お前はなにをしていた!?」
もっと前に連絡を貰っていれば打てる手もあった。
馬鹿正直に現金を渡すこともなく、話し合いで終わらせることもできたかもしれない。
だが期日ギリギリに知らされては駄目だ。
素直に頭を下げてくる以外にない。
なぜわざわざ自分を追い込むような真似をしたのか?
林太郎が怒る中、輝夜はかねてより用意していた言い訳を口にした。
「せ、生徒会の引継ぎ資料を作成していました……」
弟の仕出かしたことの処理と生徒会長としての責務。
ギルド関係者の子供としてどちらを優先するかと問われれば、後者であることは自明の理。
そもそもの話、決闘騒ぎを起こしたのも、それに負けて嘲笑と多額の負債を抱え込んだのは弟であって輝夜ではない。
本来、報告だって輝夜からではなく当事者である弟がするべきことだ。
「それで、支払い期日の前日になって『あの件はどうなっていますか?』などと口走ったわけか!?」
「も、申し訳ございません! すでに報告をしていると思い込んでおりまして……」
輝夜が林太郎に報告をしなかったのも、日曜の夜になってようやく確認したのも、すべては当事者である弟が話をしているだろうという思い込みからであった。
まぁ自分からこの話題に触れたくなかったというのも多分にあるが、どちらにしても『まさか報告さえしていなかったとは。ここまで馬鹿だとは思っていませんでした』と告げれば、悪いのは全部弟となる。
言い訳としては十分であった。
「ちっ!」
林太郎からしても、自分に報告をするべきは馬鹿息子の方だし、馬鹿息子が迷惑をかけたという見ず知らずの小僧や小娘よりも、引継ぎの相手である同僚の子息を優先するのはなんら間違った行為ではなかった。
一度は逸れた矛先が再度黒羽弟に向く。
「つまり、全部この馬鹿のせいかッ!」
「がはっ!」
自慢の娘が失脚したのも、自分がこれから”死にたがりども”の巣窟に行って頭を下げなければならないのも、四〇〇〇万円もの金を放出しなくてはならないことも、この汚点が後の権力争いに於いて大きく足を引っ張ることも。全ては目の前にいる馬鹿息子がしでかしたこと。
そう思えば握る拳にも力が入るというもの。
ただ、どれだけ馬鹿を殴りつけたところで話が改善されるわけでもなく。
「ふぅー」
自分を落ち着かせるために溜息を一つ吐き出した林太郎は、ぼろぼろになった馬鹿には目を向けることなく、未だに恐縮している輝夜へと声をかけた。
「コレに関してはもういい。お前は滞りなく引継ぎが終わるように動け」
「は、はい!」
「お前が生徒会長でなくなるのは痛いが、今回の件は飽くまでコレの不始末であってお前の汚点ではない。ならばなんとでもなる。これからの学校生活で多少の面倒ごとは降りかかってくるかもしれないが、すべてを黙って受け入れる必要はない。これまでどおり反論すべきは反論し、潰すべき敵は潰せ」
この業界、舐められたらそこでお終いである。
また、馬鹿な弟に足を引っ張られはしたものの、輝夜の能力自体は同年代の連中と比べても頭一つ抜けていることに違いはない。
故に、勘違いした馬鹿が絡んできたらそれを潰して”わからせる”のだ。
黒羽輝夜は貴様ら如きに舐められるような存在ではないということを。
「……はい!」
林太郎の言葉を正しく理解した輝夜は、自分が赦されたことと、自分がすべきことを理解した。
自分の鼻を明かした気になっている同級生どもなどどうでもいい。
絡んできたら、生徒会という柵がなくなった自分がどんな存在か思い出させてやろう。
ただ、一つだけ懸念がある。
それは……。
「あの、この馬鹿と決闘をした後輩にはどう接したらよいのでしょうか?」
決闘自体は真っ当なものだった。
というか、決闘を吹っ掛けたのも賭けに乗ったのも馬鹿であって向こうではない。
それどころか、向こうはずっと『やめておけ』とか『謝罪すればそれで赦す』と告げていたことも知っている。
足を掬われた切っ掛けではあるものの、それをやったのは仲間だと思っていた同級生であって、後輩ではない。
親しく接するのもおかしいし、かといって復讐するのも違うだろう。
どうしたものかと悩む輝夜に対し、林太郎の出した答えは単純にして明快。
「……関わるな。その子供の相手は私がするから、お前は不干渉を貫け」
元々学年が違うのだ。
その上で生徒会長まで辞めるのであれば接触する機会などそうそうあるものでもない。
一々絡んで面倒ごとを引き起こすくらいなら不干渉でいい。
もし、向こうが絡んできたら、そのときはそのとき。
舐めてくるなら潰せばいいし、そうでないなら関わらない。
淡白とも言えなくもないが、社会なんてそんなものである。
「わ、わかりました」
ここまで明確に指示を出されれば、学生気分が抜けていないが故に(馬鹿に代わって謝罪したほうがいいかしら?)なんて考えていた輝夜とて理解できた。
これはもう子供の遊びではなく、大人のビジネスなのだ、と。
この日、帰宅していた輝夜が”念のために”と思い林太郎に確認を入れたことで、黒羽家は最悪の事態を脱することができた。
もちろん、それなりの代償を支払うこととなったが、その代償は林太郎が想定していたモノよりもかなり軽減されたモノとなった。
輝夜が自身の行いの成果を知るのは、この日から僅か数日後のことであった。
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