9話 このご時世ではありふれたお話
「あの、えっと」
「……」
「が、頑張ります! なんでもします!」
「……はぁ」
はい、終了。
と言いたいところだが、これは多分俺が悪いな。
いきなり面接させられて「はい、PRして。あぁ、君の事情は知らんから喋んなくていいよ。なにができるかだけ教えて」なんて振られたら誰だってこうなるよ。
面接にもプレゼンにも慣れていない学生さんなら尚更な。
だから、俺のため息を聞いて絶望している切岸さん。
まだチャンスはあるぞ。
「……俺が悪かった。質問の仕方を変えよう」
「え、え?」
「あぁ、その前にとりあえず忠告だ」
「ち、忠告?」
「そう、忠告。女の子が簡単に『なんでもする』なんて口にするもんじゃない。下手な相手にそれを言うと、変な書類にサインさせられて借金を背負わされた挙句に変な店で働かされることになるぞ」
奥野みたいにな。
「み、妙に具体的ですね」
「具体例がいくらでも転がっているからな」
奥野とか奥野とか。
身近にいる被害者についてはさておくとして、話を続けよう。
「こっちから君になにができるのかを質問する。それに答えてくれ。できたら正直にな」
「は、はい!」
これで形は整ったが……さて、なにを聞いたもんか。
興味がない相手に質問するのって難しいよな。
会社の人事を担当する人って凄ぇわ。
あ、そうか。
会社の求人だと思えばいいのか。
なら最初は入社を希望する動機だよな。
「では、ポーションを欲しがる動機から教えてくれ。さっきは必要ないと言ったが頼む」
彼女個人にアピールポイントがないならこれしか聞くことないんだよなぁ。
それに『なんでもします』って言いだすほど欲しいんだろう?
なら動機がそのまま意欲に繋がっているんだから、聞かないよりは聞いた方がいい。
「えっと、少し長くなるけど構いませんか?」
「どうぞ」
聞かなきゃ話が進まないなら聞くしかないでしょう。
「実は……」
いささか面倒くさいと思いつつ彼女の話を聞いてみたところ、以下のことが判明した。
一・彼女の実家は探索者向けの装備を製造している家族経営の工房である。
二・少し前まではそんなに競合する場所もなかったのでコンスタントに稼げていたが、最近は若い技術者が増えており、売り上げが落ちていた。
三・それでもどうにかしようと頑張っていたのだが、主だった解決策は見いだせず。そうこうしているうちに最新の研究結果や大量の素材と大量の人員を擁するギルドの系列店が増えてきて、ますます追い詰められていた。
四・親父さんは原材料費を抑えるために自分でダンジョンに潜っていたが、先日怪我をしてしまった。
五・親父さんの怪我が治らないと新たな装備が造れない。
六・今はこれまでの貯えを放出してなんとか暮らしているが、それにも限界がある。
七・というか、このままだと再来月には不渡りを出してしまう。
八・怪しい金貸しから金を借りるかどうかという話まで出ている。
九・だから一刻も早くポーションが必要。
ざっと並べるとこんな感じである。
これを聞いたときは「またギルドか」と言いたくなったが、今回の件に関してギルドはそんなに悪くない。あくまで普通の商売をしているだけだからな。
いや、ギルドにはこういう中小企業を潰してシェアを独占しようとしている節があったわ。
なので彼女の実家が置かれている状況は半ば連中が想定している範囲内にあるはずだ。
なんだやっぱりギルドが悪いんじゃねぇか。
流石はクソの中のクソだ。
さっさと滅べばいいのに。
連中が関与しているとなれば銀行にも手を回しているだろうから、新たな融資は受けられまい。
そもそも工房の主である親父さんが怪我をしている時点で融資は無理だろう。
なら、怪しい金貸しとやらにもギルドが関わっている可能性は高いな。
こんな状態の工房に金を貸そうとする時点で怪しい。
狙いは土地か建物か、はたまたその両方か。
あいつら、自営の工房を潰して、そこに自分たちの子飼いの技術者を入れるくらいのことは平気でやるからな。
もしかしたら彼女目当てって線もあるかもしれないが、彼女が融資額に見合う金額を稼げるかどうかは微妙なところ。
そうなると狙いは土地と建物?
現時点で無理な借金をさせたりしていないってことは、向こうも準備不足?
いや”黙っていても潰れていそうな工房が気付いたら自滅しそうになっていたからついでに手を出した”ってところだろうか。
……ありそうだな。
まぁ、ギルドやら金貸しやらの狙いは後で考えればいい。
今問題にするべきはそこではない。
問題は……。
「それ、ポーション渡しても抜本的な解決には結びつかないのでは?」
「うっ!」
子供なら親父さんの怪我を治したいだろう。
それはわかる。
だが、親父さんの具合がよくなろうとも、もとから悪い経営状態が改善されるわけじゃない。
もしかしたら「お父さんが元気になったら全部なんとかしてくれる!」なんて思っているのかもしれないが、そんなのは幻想だ。
大人だからってなんでもできるわけじゃない。
特に金についてはな。
それで『ポーションをもらえたらなんでもします!』ってのは、ハイリスク・ノーリターンってやつだろう。
こっちとしてもポーションを渡して「はいサヨウナラ」ってわけにもいかない。
どこかで二〇〇〇万円分の利益を得なければ公平な取引とはいえないからな。
ではどこで利益を得るかって話になるのだが。
「担保になるのは土地と建物だけ、か。んー。ポーションを渡して金銭の融資をしても溶かして終わりそうだな」
「うぅ……」
切岸さんも自分たちがどん詰まりであることは自覚しているのだろう。
だが、改善案まではないようだ。
これについては一五の学生さんなんだから当たり前の話なのだが。
しかしこれで土地と建物を貰ってもなぁ。
本職の土建屋である藤本興業なら利益を得ることもできるだろうが、俺の利益にはならんしなぁ。
あぁ、いや。待て。
まだ担保になるものがあったわ。
「差し支えなければ切岸さんのジョブとレベルを教えてもらえるかな?」
残された担保。
それは意外でもなんでもなく、彼女の身柄。
とはいえ、流石に怪しい店に売ろうなんて思っていない。
ただ弱みを握れる相手で、裏切る可能性が低いことから、龍星会に勧誘する価値があるだけのジョブならあるいはって話だ。
「えっと、ジョブは鍛冶師、です。レベルは……二です」
どうもレベルが低いことを恥じているようだが、この時期であれば当たり前なので問題はない。
というか、俺にとっては低い方が都合がいいので、素直に好都合だと喜ぼう。
なので重視する点はジョブである。
「鍛冶師、鍛冶師か」
ふむ。悪くないかもしれんね。
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