34話 賭け事で「ここで勝てばいい!」というやつは大体負ける
なんやかんやで時間は流れ、やってまいりました放課後の一五:二五。
指定された五分前ですが、すでに支部長は第三アリーナの真ん中にて準備運動をしています。
これで彼らは、唯一にして最後の勝利手段であった『遅刻を理由にして不戦勝を宣言すること』ができなくなりました。
最後まで油断せずに止めを刺しに行くスタイル。
最高だと思います。
支部長の容赦のなさに感銘を受けるのはいいとして。
通常決闘となればそれなりの観客がいるそうなのですが、今回の決闘は急に決まったこともあってあまり見物客はいません。
まぁ所詮は学生同士のお遊びですし、そりゃあ元々の予定がある人はそっちを優先しますよ。
あと、決闘するのが【剣士】と【商人】というのもあると思います。
こんなの、普通に考えたら私刑ですからね。
わざわざ時間を作って弱い者虐め――それも一年の五月という両方のレベルが低い状態のそれ――を観たいという人はいないのでしょう。
こんなものを観ている暇があったらダンジョンに潜るなりトレーニングした方がよっぽど有益です。
だからまともな人は観に来ないと思います。
結果として、この場にいるのはウチのクラスから二〇人くらいと、他のクラスから一〇人くらい。
あとは先輩らしき人が何人か。合計で四〇人前後でしょうか。
先輩の方はおそらく黒羽君の関係者……というよりは、噂のお姉さんの関係者でしょう。
決闘を見届けて、その結果を報告。
その後でフォローするなりなんなりするつもりなのかもしれませんね。
どっちのフォローをするのかは知りませんけど。
支部長はこう言っていました。
「弟の愚行を止めない時点で同罪」ってね。
私も同感です。
少なくとも、景品にされている私に声をかけてこない時点で生徒会長さんも向こう側。
せいぜい被害者面をしながら弟さんと一緒に堕ちて下さいな。
「は! 逃げずに来たみてぇだな!」
そんなことを考えていたら、時間一分前に黒羽君がやってきました。
支部長は彼より前に居たから”来た”のはそっちなんじゃないの? なんて思いましたけど、わざわざ突っ込んだりしませんよ。
無駄ですし。
「こうなりゃもうお前のはったりに意味はねぇぞ!」
「そう? それは残念」
支部長ってば、完全に聞き流していますよ。
その人は私たちに四〇〇〇万円をくれるお客さんなんだから、せめてもう少し丁寧に扱っても……いや、別にいらないか。
「はっ。余裕ぶりやがって! すぐに化けの皮ぁ剥いでやるからな!」
「それは怖い」
その人が被っているのは化けの皮じゃなくて、羊の皮ですよ。
剥いだら本物の化け物が出てきますけど大丈夫ですか?
私はそっちの方が怖いんですけど。
「ちっ! いいか、俺のレベルは五だ。お前如きが逆立ちしても勝てる相手じゃねぇんだよ!」
「へぇ。意外と鍛えているんだね」
支部長がけっこう本気で驚いていますが、わかりますよ。
一線で活躍する探索者の方々からすれば『たかだか五で何を偉そうに』と言われるかもしれませんが、学生で、しかも五月の時点で五もあれば十分上澄みです。
私はスカウトを受けた時点で六でしたけど。
彼と違って装備や指導の有利がない私の方が上でしたけれども。
「やろう……。いや、それもはったりか。ここまでくりゃ感心するぜ」
驚く支部長を見て少しは溜飲が下がったのか、黒羽君が少し冷静になりました。
今更手遅れなんですけどね。
「こんな奴に巻き込まれてお前も災難だったなぁ。……だが諦めろ。容赦はしねぇ」
「そうですか。お好きにどうぞ」
「へっ。そのすまし顔がいつまで持つか見ものだな!」
ドヤ顔を決めながらそう言ってくる黒羽君。
もうすでに勝った気になってますが、その自信はどこから来ているのでしょうか?
いや、まぁ。おそらく支部長の職業と装備が根拠になっているんでしょうけどね。
ちなみに支部長。いつも着ているジャージでこの決闘に臨んでいます。
普段ダンジョンに潜る際にはその上に作務衣っぽいのを羽織っているのですが、今はそれすら着ていません。
武器もそう。その手に持つのは、いつも使っている木刀兼杖のナニカではなく、学校の購買で買える杖の中で一番安い杖。通称【初心者の杖】です。
つまり武器も防具も完全に初心者の装備なんですよねぇ。
入学したばかりの【商人】なら妥当なところでしょうけど。
対して黒羽君は、あれで意外と決闘を真剣に捉えていたのか、完全装備と言っても過言ではない状態です。
まず右手に購買に売っている中で一番高い片手剣である【黒鉄の剣】。
左手にこれまた購買に売っている盾で一番高い【黒鉄の盾】を装備しています。
着込んでいる防具は動きを阻害しない革鎧っぽい感じの鎧ですね。
あれは購買で見たことがないので詳細はわかりませんが、それなりのお値段がするのではないでしょうか。
その他にも靴とか籠手とかインナーとかアクセサリーにも気を使っているような感じがします。
恐らくは魔法防御に関係がある装備をしているのではないでしょうか。
もうおわかりでしょう。つまり、我々の目の前で行われる決闘は、初心者装備の【商人】と完全装備の【剣士】によって行われるのです。
そりゃ誰だって【剣士】が勝つと思いますよね。
私だって相手が支部長じゃなければそう思いますし。
当人が自信満々なのも頷けます。
そんな中、私たちが彼我の差を一切気にしていないような素振りをしているのは、私や支部長が『精一杯やせ我慢をしているから』とでも考えているのでしょう。
周りからもなんか哀れまれているような視線を感じますし。
ほぼほぼ間違いないと思います。
『普通』ならそうなんでしょう。
でもね。負けるのはそっちなんですよ。
だって支部長は『普通』なんかじゃないから。
なんならジョブが【商人】でさえない可能性まであります。
死にたくないから言いませんけどね。
だから私が心配するとしたら、支部長が殺人罪で捕まらないかどうかって感じなんですけど、そこのところ大丈夫でしょうか?
なんて心配をしているうちに時間は一五:三二分。
もう開始時間は過ぎているはずなのに、黒羽君は構えもしていません。
支部長が自分から攻撃をしないのは、多分後から「不意打ちなんて卑怯だぞ!」とか言われるのを防ぐためなんでしょうけど、黒羽君はなぜ動かないんでしょうかねぇ。
「いいか松尾。探索者に必要なのは口じゃねぇ、力だ! はったりが通じねぇ商人なんざ相手にならねぇってことを教えてやるよ!」
そう言っている暇があったら斬りかかればいいのに。
「あ、準備は終わった? なら始めてもいいかな?」
「もう始まってんだよ!」
おぉ、どうやら彼も決闘が始まっていることは自覚していたんですね。
それならここからが本番ってことですか。
「そう。じゃあまずはお手並み拝見の【マジックアロー】」
支部長が繰り出したのは、魔法使いにとって基本中の基本であるマジックアローでした。
「はっ! やっぱりな! 商人が剣士に勝つには魔法しかねぇ! でもって今の商人に使える魔法なんてそれくらいだ!」
確かに入学したての商人が使う分には不自然がない魔法です。
威力は、まぁアレですが。
あのときでさえアレでしたからね。さらにレベルが上がった支部長が普通に撃ったら彼の体に穴が開くどころか、そのまま消滅しちゃいそうですけど大丈夫ですか?
さすがに手加減はすると思いますけど。しますよね?
「マジックアローは使い手の魔法攻撃力と精神力で威力や速度が変わる! そしてステータス値はジョブとレベルで決まる! お前のレベルがどれだけあるかは知らねぇが、俺には及ばねぇ!」
あぁ。レベル五ですもんねぇ。凄いですねぇ。
「行け」
黒羽君が言い終わるのを待った上で、支部長はわざと速度を落としたマジックアローを射出しました。
「その大きさ、威力を高めるために溜めたな? 確かにそれが当たればやべぇかもなぁ! だが肝心の速度がない! そんな見え見えの攻撃が当たると思って……ボベラッ!!」
「あ」
解説付きで自信満々に回避しようとした黒羽君でしたが、喋っている最中に支部長が密かに出していた小さいマジックアローが黒羽君の横っ面に命中。思いっきり吹っ飛ばされてしまいました。
”吹っ飛んだ”ってことは支部長もちゃんと手加減しているということなので、死にはしないでしょう。
っていうか『わざと大きめの魔法を見せて敵の注意をそちらに向けて、本命の小さくて速い魔法を不意打ちでぶつける』なんて魔法使いなら当たり前にやることだと思うんですけど、黒羽君はそれを考慮していなかったんですかねぇ?
「一応、追撃しておこうかな」
余りの迂闊さに首を捻る私とは裏腹に、油断も慢心もしていない支部長は見せ札として出した大きめのマジックアローを黒羽君が吹っ飛んでいったところに向かわせました。
当たったら本当に死にそうですけど、支部長なら大丈夫でしょう。
「っ!!!!!」
ここで黒羽君が『実はさっきの攻撃はわざと当たったふりをしただけで、攻撃自体は無傷でいなしていた。吹っ飛んだところを見て油断していればそこを突いたが、追撃をされてしまった。まずは追撃として放たれたマジックアローを避けて反撃だ!』
なんてことをしてくれば少しは見直したかもしれませんが、当然そんなことはなく。
ちゅどっ!
と着弾音がしたところに目を向けてみれば、そこには倒れ伏す黒羽君の姿がありました。
どうやら追撃のマジックアローは彼に直撃させず、近くに着弾させたようですね。
でも最初の魔法が着弾したと思しき右頬は鈍器で殴られたかのようにべっこりしており、さっきまでのドヤ顔は見る影もありません。
四肢は脱力、目も完全に白目を剥いています。
一応呼吸はしているようなので死んではいないのでしょうが、誰がどう見ても気絶しています。
これが死んだふりだというなら相当なものですけど、さすがに無理があるでしょう。
でも支部長は油断しません。
「ダウンだね。決闘のルールに則り一分待とうか」
審判である教師が介入して決闘自体をうやむやにする前にダウンを宣告し、介入を封じました。
これで教師が動けば反則負けか、TKOが確定。
もちろん一分経ったらKOです。
もし支部長がただの商人であれば教師が介入したかもしれませんが、支部長の後ろにはクランの存在がありますからね。下手に介入すれば責任問題になります。
ギルドの職員でしかない彼が黒羽君のためにその危ない橋を渡るかといえば、当然そんなことはなく。
「お、一分経過したね。でも一応あと一〇数えようか」
「じゅーう。きゅーう。はぁーち。なぁーな。ろぉーく。ごぉーお。よぉーん。さぁーん。にぃーい。いぃーち。……ぜぇーろ。はい、終わり。見ての通り、決闘は俺の勝ちで問題ありませんね?」
「あ、あぁ。そうだな」
わざとゆっくりカウントすることで『カウントが早かった!』という逃げ道まで封じました。
これには教師もなにも言えませんね!
「決闘が終わりましたので、あとは保健室にでもどこにでも連れていってあげてください」
「わ、わかった!」
「あぁそれとなんですが」
「な、なんだ?」
「俺と奥野さんは、明日と明後日学校を休みますので。よろしくお願いします」
へ? 休むんですか?
おや、まぁ支部長がいうなら別に構いませんけど。
「……何故?」
「いや、彼の痴態を知ったお姉さんが、生徒会の権力を使って決闘そのものを握り潰そうとするかもしれないじゃないですか。その前にクランに報告しないと、ねぇ?」
あぁなるほど。そういうことですか。
確かに圧力とかかけてきそうですね。
でも圧力をかける相手がいなければなにもできない、と。
本当に容赦しませんね! さすがです!
「……そうか」
クランへの報告と聞いて教師が苦虫を噛んだような顔をしましたけど、ギルドを巻き込むなら報告は必要ですよね。
まぁ黒羽君が一週間以内に四〇〇〇万円を支払えばなにも問題はないんですけど。
決闘で負けて、お金を払って、それから謝罪して、か。
はてさて、彼はこのあと一体どうなることやら。
ちなみに翌日。
連絡が徹底されていなかったのか、生徒会が校内放送で私たちを呼び出したそうです。
当然私たちはいませんので意味はなかったのですが、放送を聞いたクラスメイトたちには『生徒会長が圧力をかけて弟の不祥事を揉み消そうとした』と思われたらしく、友人や先輩にそのことを伝えてしまったんだとか。
それからなんやかんやで噂は広がり、さらに翌日には学校中で噂になっていたそうです。
たった二日休んだだけで生徒会長が窮地に追い詰められているという事実に驚愕を隠せません。
これが生徒会長の自爆なのか、はたまた支部長がここまで読んでいたのかは不明です。
不明なんですが、どちらにせよ私には損がないのでこの件に関しては深入りしないことにしました。
好奇心は猫を殺す。私はまだ死にたくありませんからね。
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