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32話 一周回っていい奴に見えて……こない

前回に引き続き交渉? 回。

「決闘、ねぇ」


説明しよう。


【決闘】とは、探索者学校だけに存在する、生徒間で問題が発生した時に両者の承諾のもとで行われる、野蛮極まりない問題の解決方法である。


まず探索者が通う学校には『探索者の世界は弱肉強食。我を通したいなら力を示せ』というモットーのようなものが存在する。


そのため生徒同士の意見が衝突した際にはこれを行い、勝った方の意見を採用するというルールがあるのだ。


今回の場合なら、決闘を申し入れた黒羽君が『自分が勝ったら○○しろ。代わりに自分が負けたら○○してやる』って感じの条件を提示して、それを俺が認める、もしくは俺の方から『それなら俺が勝ったら○○しろよ』と条件を付けて、それを黒羽君が認めたら決闘が成立することになる。


戦い方に関しては基本なんでもあり。

剣士なら剣を、槍使いなら槍を、魔法使いなら魔法を使って戦う。


勝敗を決める条件は、どちらかが負けを認める【降伏】と、ダウンしてから一分経過しても戦闘継続の意思を見せなかった場合に適用される【KO】、審判に戦闘継続が不可能と判断される【TKO】の三つのみ。


一応『気絶した者への追撃はできるだけ控える』という暗黙のルールはあるものの、死んだふりをして相手の隙を突く者もいるため、止めを刺すこと自体はむしろ推奨されている。


なお、気絶云々を判断するのは審判を任された教員である。


気絶と死んだふりを見間違えた結果、生徒に大けがをさせたり、万が一死なれたりすると審判の責任問題になるため、審判には止めの攻撃を防ぐ権利が与えられている。


当然、審判の助けを借りた時点で【TKO】扱いとなり、助けられた側の敗北となる。


一見公正なルールのように見えるが、装備品などの関係上、何の伝手もない生徒よりも先達から装備や情報を、時には訓練もつけてもらえるギルド関係者が有利な仕様となっている。


また、教師がギルドの職員であるためギルドと関係のある生徒を優遇する――具体的には、ダウンしただけの相手を戦闘不能と見做して強制的に試合を終わらせたりする――こともあるそうな。


これらに関しては何度か『訓練や知識はともかく、装備は共通の装備で競うべきではないか?』とか『審判の行動に基準を設けるべきでは?』といった感じで制度を改定するよう申し入れがあったようだが、学校側は、審判の贔屓については『生徒の安全のため』と、装備などに関しては『ダンジョンで全く同じ装備、全く同じ状態で戦うことなど有り得ない』と言って突っぱねており、現在に至るまでルールの改定はなされていない。


「いや、ダンジョンで探索者同士が戦うことを前提にすんなよ」と思うかもしれないが、そもそもこの決闘制度自体が一般の学生に対して『ギルドに逆らうと碌なことがない』と刷り込む為に行われるセレモニー的な側面があるので、ギルドの出先機関である学校がギルド関係者に有利なルールを改めるわけがないというのが実情である。


ギルドに公正だの公平だのを期待してはいけない(戒め)。


色々と語ったが、要するに学生間で行われる()()だ。


当然のことながら、決闘によって解消できるのは【学校の中】という極めて小さな社会に於ける諍いだけ。その上にある大きな社会のルールをどうこうできるものではない。


つまり万が一決闘で黒羽君が勝ったところで”ギルドの関係者がクランの自治権に介入しようとしている”ことがうやむやになるわけではないのだ。


というかこの場合、謝罪すれば赦すと明言している俺に対し、謝罪どころか決闘なんてローカルルールを持ち出して無理やり押し通そうとしているのだから、彼や彼の関係者に対する非難の的が増えることはあっても減ることはないわけで。


詳細を知ったら彼の父親はブチ切れると思うのだが、その辺について彼はどう考えているのだろうか?


「へっ。ビビったか? さっきまでの減らず口はどうしたよ? えぇ?」


あぁ、何も考えていないな。


形勢逆転したと勘違いしている黒羽君とその取り巻きたちには悪いが、もう少し付き合って貰おうか。


「ちなみに、君が勝ったら何を望むんだい? もしかして”今回のことはお父さんに内緒にして下さい”とかかな?」


これならまぁ、決闘する意味はあるかもしれない。

もしもこれを主張するなら彼に対する評価を上方修正しなくてはならないのだが。


「は?」


どうやら考えもしていなかったようだ。

まぁ知っていたけど。


「これじゃないのか。じゃあなんだろう。”お姉さんに内緒にして欲しい”とか?」


「今姉貴は関係ねぇだろうがっ!」


「そうかな? そうかも」


確かに弟の罪を姉が被るのは違うか。

俺からすればコイツを野放しにしている時点で同罪なのだが。


「……俺が勝ったらてめぇと奥野にはクランを辞めてもらう! その上で俺らの奴隷にしてやる! 真っ先に土下座謝罪させてやるぜ!」


「は?」


今どき奴隷って、頭が悪すぎないか? 

周囲の連中も止めないのはどうなんだ?


「君たち、馬鹿なの?」


「あぁ!?」


おっと、つい言葉にしてしまった。

でもまぁこのままいくか。


「現代日本に奴隷制度なんて人権の侵害を認めるような制度は存在していない。学生同士のお遊びで法律に触れるような報酬を強請るのを馬鹿と言わずになんて言えばいい?」


ついでに言えば、彼の要求を認めるということはギルドの出先機関である学校が奴隷制度を認めているということになる。


そのことが流布されただけでどれだけバッシングを受けることになるのか、理解できていないのだろうか?


誰かが言っていたが『社会は探索者の味方ではない』のだ。


むしろ超常の力を持つ探索者を縛るために画策している人間の方が多い。


故に探索者は人畜無害な鉱夫であることを求められているというのに、この阿呆は。


「学生のお遊び、だぁ?」


「そこから? 本当に君は馬鹿なんだね」


「あぁ!?」


「ともかく、奴隷云々は犯罪だ。決闘の仲介役となる学校やその上位機関であるギルドが認めるはずがない。だから、そうだな。”自分が勝ったら奥野せらと松尾篤史はクラン龍星会を脱退し、自分のパーティーに入ること”くらいにしておきなよ。それならギリギリ許容範囲内だ。土下座云々はその後にすればいい」


「……ちょっと待て」


「はいはい」


なにやら取り巻き連中と話し合いを始めたが、このくらいが妥当なところだと思うぞ。

クランの脱退は個人の意思で可能だからな。

それを強制する時点で問題なんだが、わざわざ指摘するのも面倒だ。

乗るならそれでよし、乗らないならそれでもいいさ。


「……こっちの条件はそれでいい」


おいおい。俺が言うのもなんだが、相手の出した条件を鵜呑みにするとか、正気か?

あとソッチが敗けた時の条件は? こっちの言い分に従うつもりか?

もう少し考えろよ。


いや、考えることができないからこうなっているんだろうけど。


まぁいい。向こうから条件の提示がなかった以上、俺は俺で条件を付けさせてもらうだけだ。


「そっちが勝ったらそれでいいよ。で、俺が勝ったら……そうだな。奥野さんをスカウトするのに使った契約金を支払ってもらおうかな?」


「あ? そりゃ、どういう意味だ?」


わからないか。

そうだろうねぇ。


自分でも無理筋だと思うし。


だが屁理屈でも理屈は理屈。

ギルドの流儀で押し通らせてもらうぞ。


「まず、俺が負けたら俺と彼女は龍星会を脱退することになるだろう?」


「あぁ。そうだな」


「その場合、龍星会が彼女をスカウトした際に支払った契約金が無駄になるじゃないか」


「まぁ、そうかもな」


「決闘の報酬は等価が基本だ。それを前提に考えれば、君が勝てば彼女をクランから脱退させて自分のパーティーに引き抜くことができる。それなら負けた場合は? 対価の秤になにを載せれば釣り合いがとれると思う?」


「……つまり、奥野の代金を載せろってことか」


「そういうこと。それができて初めて君の出した条件が認められるんだよ」


代金って言い方はアレだが、今は彼に理解させることが大事だからな。

勝手に景品扱いした彼女には悪いが、後でなにかしらの補填をするから勘弁してほしい。


「もちろん、それが嫌なら条件を緩めればいい。そうだな。”自分が勝ったら俺に土下座しろ”くらいなら対価も安く済むよ?」


その場合はこっちも謝罪を求める程度の要求しかできないが、そもそも現時点で彼の父親から色々と強請れることが確定しているからな。


俺としては何の問題もない。


さて、彼はどうする?


「……契約金ってのはいくらだ?」


お、掛け金を確認する程度の頭はあったか。

それは重畳。

掛け金を言わないままだと取引自体が成立しないからな。


「ポーション二本。市場価格なら四〇〇〇万円だ」


「はぁ!?」


「もちろん君に現物は求めない。薄めたポーションとかギルドが研究しているポーションモドキを渡されても困るしね」


本物だとしたら横流し品だろう? 

子供の遊びに付き合って犯罪者にされるのは御免だ。


「ポーションなんてハッタリだ! 証拠はあるのかよ!」


取り巻き君、それは悪手だぞ。


「はい、契約書の控え。彼女だけじゃなくご両親のサインもある。もちろん彼女も同じものを持っている。仲介役がそちらも望めば開示しよう」


「……マ、マジかよ」


マジです。

大人を舐めてはいけません。


「さて、ここまで話せば君たちにも彼女の価値は理解してもらえたと思う。で、どうする?」


「……」


「話は簡単だ。条件を飲むか、条件を緩めるか、決闘をやめるか。それだけだ」


「おすすめは決闘をやめることだね。君が謝罪するだけで全て収まる」


「お父さんならまだしも、普通の学生でしかない君に四〇〇〇万円なんて用意できないだろう?」


「別に恥ずかしいことじゃない。だって君は普通なんだから。いや、優秀なお姉さんだって四〇〇〇万円は用意できないさ」


「だから謝罪しよう? 俺たちだって鬼じゃない。誠心誠意謝れば今までのことは水に流してあげるよ」


「散々阿呆なことをほざき、散々無知を曝け出し、その上で自分から決闘を申し出ておきながら尻尾を撒いて逃げてもいいじゃないか。だって君は普通なんだから」


「これから学校生活を送るにあたって、周囲の連中に馬鹿にされるかもしれない。でもそれは事実だから仕方がないね」


「なに、たった三年我慢すればいい。その後は素知らぬ顔で探索者をやればいい。社会に出てから一年もすれば誰も君のことなんて覚えていないよ」


「ここで四〇〇〇万円失ってご家族に迷惑をかけるよりよっぽどマシだ。そう思うだろう?」


「三択だ。ボールは君の手の中に在る」


「どうする? どうしたい?」


「あぁ! もちろん今すぐ決める必要はないさ。自分で決められないならお父さんやお姉さんに相談してきてもいい。というか、そうするべきだ。いやぁごめんね。君に決定権があるって思い込んでいたよ」


「時間もないことだし。とりあえずは決闘をやるかやらないか。保留するかしないかだけでも教えてくれないかな?」


「ただ、俺たちも暇じゃない。明日までに明確な返答がないなら今回の件はギルドに報告して終わりにしよう」


「そのときは君のお父さんが大変なことになると思うけど、まぁ親の責任ってことで諦めて貰うしかないね」


「さぁ、どうする?」


「さぁ」

「さぁ」

「さぁ」


「君の決断を聞かせてくれよ」


閲覧ありがとうございました


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