27話 知っているのか〇電
誤字報告ありがとうございます
「早くいきましょう! 億がなくなっちゃいますよ!」
「……とりあえず落ち着こうか」
「アウッ!」
ドロップアイテムを求めて彷徨う心を熱く燃やしている奥野を指先一つで止める。
さっき一瞬現実逃避した俺がいうのもなんだが、ここは悪意の塊ことダンジョンだ。
ここでは冷静さをなくした奴から罠に嵌って腐食液で全てを溶かされたり、石にされて無残に飛び散る羽目になるのだ。
ドロップアイテムを回収しようとしたところを別の魔物に襲われるなんてよくある話で。酷いのだとドロップアイテムの直前に落とし穴が発生することだってあるらしい。
なおその落とし穴は下に繋がっているタイプではなく、底に猛毒が塗られた竹やりめいた罠があったり、各種ガスが充満しているタイプもあるんだとか。
最悪のパターンとして知られているのは、ドロップアイテムの影に宝箱が出現していたパターンだな。
あれはやばかった。ドロップアイテムが宝箱の蓋に引っかかっていて、少しでも動かすと宝箱の蓋が開くという、まるで死体に爆発物を仕掛けるかの如く悪辣な罠だった。
斃されたばかりの魔物の死体に罠しかけるんじゃねーよ。
自由自在か。
まぁ、実際のところはダンジョンの方にもなにかしらの制限があるようで何でもかんでも好き勝手できるわけではないようだが、それでも探索者の心の隙をついて悪辣な罠に嵌めようとするその手腕は、人類悪の結晶ことギルドと比べてもなんら遜色がないほどである。
結局どれだけ警戒してもし足りない。
それがダンジョンなのだ。
「だから、いいな? ゆっくりだぞ。ゆっくり」
「は、はい」
懇々とダンジョンの恐ろしさと悪辣さを教授したかいあってか、さっきまで期待に目を光らせていた奥野の目には、怯えと恐怖が宿っていた。
そうだよ。それでいいんだ。
俺たちのステータスがどれだけ高くても宝箱が開いたら死ぬんだからな。
「「……」」
警戒を解かぬままそろりそろりと近付いて、魔物や宝箱がないことを確認し、ようやく黒鬼さんが斃れた場所にたどり着いたのは戦闘が終わってから数十秒経過した後のことであった。
「これは……」
「魔石と金棒と、白い石が二つ、ですか」
「だな」
金棒はおなじみ【黒鬼の金棒】である。
これ単体でも武器として使えるし、溶かして他の武器の材料にすることもできるので、この時期であればそれなりのお値段がする。
大体一〇〇〇万円~二〇〇〇万円くらいだろうか。
これは専務さんに売ろう。
魔石とは、魔物を斃した後に残る石のことである。
特殊な加工をすることでエネルギーを放出する性質をもっており色んな用途があるらしい。
魔石は出現率がまちまちなドロップアイテムと違って魔物を斃すと必ず手に入るし、なにより小さくてかさばらないため、探索者にとっての収入源の大半を占めるブツとなっている。
価格は今だと赤鬼のが一個で一万円くらいで、黒鬼なら三〇万円くらいになるかもしれない。
魔石はギルドか専用の研究機関でないと買取してもらえないので、藤本興業でも買取はしてくれないだろう。足下をみられるがギルドに売るしかない。
ただ俺たちがこれを売ろうとすると面倒なことになりそうなので、専務さんにお願いすることになりそうだ。
その場合はこちらが手数料を支払う必要があるだろう。
勿体ないが仕方ない。多少の出費は我慢しよう。
ここまではいい。
問題は一緒に落ちている白い石だ。
この白いモノはケフィアですか?
いいえ。スキルオーブです。
「スキルオーブ!?」
「あぁ。間違いない。スキルオーブについてはどこまで知っている?」
二つあるのは、イレギュラーなボスを斃したのが俺と奥野の二人だからだろう。
「えっと、ジョブに関係なくスキルを得られる貴重なアイテムで、売却価格は余程の外れスキルでなければ一億円以上する超レアもの……ですよね!」
「うん。そうだね。説明ありがとう」
性能よりも価格を強調するのはどうかと思うが、間違いではない。
レベルアップ以外でスキルを覚える手段はこれしかない――魔法は別途魔導書と呼ばれるものがある――ので、貴重品であることは確かだ。
しかも当時のギルドナイトが『美味しかった』というくらいだから、中身も相応に美味しいのだろう。
尤も、当時のギルドナイトは五人だったので、ゲットしたスキルオーブは五個。
それを全部自分たちで使ったか、はたまた何個か売り払ったかは知らないが、少なくとも悪い結果にはならなかったのだろう。
それはいい。
だが、ここで問題が一つ。
自分たちで使うか、それとも誰かに使わせるか、である。
もちろんギルドに売るという選択肢はないので悪しからず。
自己の強化に使えるなら使いたいところだが、今後のことを考えると俺だけ強くなってもしょうがないからな。ただ奥野はさっさと売って金にしたいと思うかもしれない。
その場合俺が買い取った方がいいのだろうか。
「な、中に入っているスキルはどんなスキルなんでしょうか!?」
「ん? あぁ、そうだな」
用途はともかくとして、どんなスキルが得られるかわからないと判別しようがないからな。
奥野も期待しているようだし、さっさと鑑定してみよう。
え? 鑑定を使えるのかって?
そら使えますよ。旅人ですから。
旅人はギルドの研究者たちから『商人の上位互換である可能性が高い』と言われたジョブである。
一人でなんでもする必要があるためか、ステータス上の数値だけでなく、スキルも戦闘・魔法・補助と一通りの習得することができるのだ。
……これで上位職があれば完璧だったんだけどな。
いや、上位職がないからこそ他のギルドナイトたちから嫉妬を買って殺されるようなことがなかったと考えたら悪いことではなかったのだろうが。
連中のことはまぁいいや。とりあえず。
「【鑑定】」
白い石を摘まんで観てみると、ぼんやりと文字が浮かび上がってくる。
そこには確かに【『雷撃』のスキルオーブ】と書かれていた。
「おぉぅ」
そうきたか。
あの人たちはここでこのスキルを手に入れたのか。
……どうしよ。
「えっと、ヤバイやつだったんですか?」
石を眺めながら固まっていると、奥野が心配そうに声をかけてきた。
あぁ、うん。そうだよな。鑑定した直後にうめき声をあげて固まったらそう思うよな。
美容室で髪を切っているときに、突然美容師さんが「あっ」って言ったようなもんだしな。
そら怖いよ。
実際俺が手に持つコレはそういう意味ではヤバくはないのだが、ある意味ではとてもヤバイ代物だ。
というのもこのスキル、俺を除くギルドナイト全員が所持していた便利スキルなのだ。
スキルの効果は単純で『各種行動に雷属性を宿らせる』というものである。
剣に使えば攻撃に雷属性が付いた上で切れ味が増す。
矢に使えば同じく属性が付与された上で貫通力が増す。
盾や手甲に使えば防御と同時にカウンターで相手にダメージを与えることができる。
索敵系のスキルに使うことで電磁波的な何かを発し、魔物や罠を発見できるし、攻撃魔法に上乗せさせることで一つの魔法に二つの属性を宿らせることができる。
おわかりいただけるだろうか。この汎用性の高さを最大限活用したからこそ、ギルドナイトは後に世界最強と謳われるパーティーに成長することができたのである。
実際このスキルがないと五〇階層のボスは攻略できないと思うし。
いや、もちろんレベルを上げまくればいずれは勝てるようになるだろうけど。
……さて、どうしようか。
個人的な感情としては、ギルドナイトが五〇階層を攻略できようができなかろうがどうでもいい。
しかし俺の目的を考えると……あれ? 別にどうでもいいのか?
あまり目立つと警戒されると思っていたが、警戒されたからなんだって話だよな?
さっきの戦闘で俺のレベルは二一になった。
これにより補正を含まない全ステータスの平均値は現時点で四一〇。合計すれば三二八〇。
対するギルドナイトは一番レベルが高い剣聖が今四五くらいだったか。
ならステータスを算出するには――剣聖は前職が剣士だったので――剣士のステータス×三〇に剣聖のステータス×15を足せばいいわけだ。つまり。
剣聖 剣士 合計 俺
STR(攻撃力) 300 (20) 300(10) 600 410
DEF(防御力) 150 (10) 180 (6) 330 410
VIT(体力) 225 (15) 240 (8) 465 410
MEN(精神力) 150 (10) 180 (6) 330 410
SPD(敏捷) 225 (15) 210 (7) 435 410
DEX(器用) 210 (14) 210 (7) 420 410
MAG(魔法攻撃力) 75 (5) 0 (0) 75 410
REG(魔法防御力)120 (8) 90 (3) 210 410
合計 1455(97)1410(47)2865 3280
※カッコ内は一レベルごとの上昇値
こうなる。
さすがにSTRとVITでは勝てないが、他はほぼ互角。魔法に至っては圧倒している。
これに全能力+一〇〇の指輪を二つ装備すれば、平均六一〇。STRですら剣聖を上回ることとなる。
もちろん補正分があるのでこんなに簡単ではないだろうが、少なくとも一方的に負けることはないはずだ。
しかもこれはあくまで”今”のことであって、明日レベルアップする分は含まれていない。
俺の記憶が確かならば、現在ギルドナイトは休息中。
次に彼らがダンジョンに潜るのは月曜以降なはずなので、邪魔は入らない。
さらに、レベルが四〇を超えているギルドナイトがレベルを上げるのと、未だ二一の俺がレベルを上げるのでは、圧倒的に俺の方が早い。
彼らがレベルを一か二上げているころには、俺のレベルは三〇くらいになっているのではなかろうか。
いや、なかろうか、ではない。三〇まで上げるのだ。
そうなれば俺の平均ステータスは五九〇。これにステータス上昇の指輪を二つ装備して最大七九〇。
ここまでいけばギルドナイト全員を敵に回しても勝てる。
尤も、余程のことをしない限り学生相手にギルドナイトが全員で仕掛けてくることなどありえないので、こんな心配はするだけ無駄かもしれないが、一応な。ギルドが絡むとどうなるかわからんし。
ともかく、だ。
そこまでいけば警戒されようが関係ない。
怖いのは社会的な圧力だが、それも藤本興業を強化すればなんとでもなる。
それこそ政府の高官に直接喧嘩を売ったりしない限りは大丈夫だろう。
つまり、俺たちがこのスキルオーブを使ったところで問題はない。
むしろギルドの手先であるギルドナイトが弱体化するんだから、俺にとっては万々歳ではないか。
「よし、使おう」
「え? いきなりどうしたんです?」
リスクとリターンを勘案した結果、ノーリスクでハイなリターンを望めることに気付いた俺は、なんだかよくわかっていない奥野を尻目に、さっさとスキルオーブを使用したのであった。
尚、奥野にスキルの内容を教えた上で「使わないなら二億で買うぞ」と伝えたところ、目を丸くして「二億ですか!? 円ですよね? よくわからないところのよくわからないお金じゃないですよね!?」とめっちゃ食いついたものの、最終的に自分で使うことになった。
曰く「二億円は惜しいですけど、このスキルにはそれだけの価値があるんですよね? それを他の人に使われるのはなんか勿体ない気がします」とのこと。
まさか彼女が目先の金を振り切って自己の強化に充てるとは……この展開は俺の目を以てしても読めなかったが、そもそも彼女が探索者の沼に嵌っていくのは俺にとってもいいことなので、そのまま使ってもらった。
これでまた一つ目的に近づいたぞ。
「よし。それじゃあボス部屋に戻って寝るか。ボスは倒したから安全だしな」
「そうですね。明日に備えて休みましょう!」
こうして自己の強化とパーティーメンバーの強化に成功した俺は、明日のレベルアップに備えて休息をとることにしたのであった。
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