25話 鬼! 悪魔! 人格破綻者!
宝箱の中身はダンジョンを出るまでわからないので今は気にしないことにして。
やってまいりました。花金深夜の二二:〇〇。
夜も更け始めたこの時間にようやく予定していたレベリングのメイン目的地、二〇階層のとある地点――所謂ボス部屋――に到着した。
基本的に一〇階層までが上層、三〇階層までが中層で、四〇階層までが下層。四〇階層以降が深層扱いされているので、ここは中層の折り返し地点といったところ。
専業の探索者として生きていくならここから先が本番といえる。
「ここが、二〇階層のボス部屋……」
緊張のあまり思わず生唾を呑み込んでいる奥野には悪いが、ここに来るまでに俺と奥野のレベルはさらに二つ上昇しているので、ステータス上ここのボス程度に緊張する必要はないんだよなぁ。
いや、油断慢心して自爆するよりはマシだから敢えてなにもいわんけど。
俺がここをメイン目的地に設定した理由は、出現する魔物のレベルのこともさることながら、ここが所謂【階層ボス】が出現する階層だというのが大きい。
前に少し語ったかと思うが、階層ボスは討伐されてから再度出現するまで一定の待期期間のようなものが存在する。
その待期期間中は何故か他の魔物も出現しないこともあって、ボスの出現場所であるこのやや広い空間は休息場所にするにはもってこいの場所なのだ。
実際俺たち以外のパーティーも休息場所に使用してって……。
「あれ?」
「どうしました?」
「いや、キャンプ予定地に他のパーティーがいないなぁと思って」
「言われてみればそうですね。なにかあったんでしょうか?」
「ん~。この場合のナニカってのはボスが出現したってことなんだが……」
「なんだが?」
「ここのボスってそんなに強くないんだよなぁ」
確かにボスが出現したのであればここは安全地帯ではなくなる。
安全地帯じゃないなら休息場所にすることもないだろう。
だが、ここは所詮二〇階層。
ボスは二一階層から二五階層に出てくる赤鬼だったはず。
ここに赤鬼が出現したところで、二〇階層に到達できるようなパーティーならタコ殴りにしてしまえばそれで終わる。
多少強化されているので苦戦するかもしれないが、それでも複数のパーティーで挑めば無理なく討伐できる。
赤鬼なんてその程度の存在でしかない。
そして、ここを休息地点とするパーティーが一つということはありえない。
つまりボスが出現していたとしても、既に討伐されていなければおかしいのだ。
なんらかの事情があって負けたのだとしても、それなら逃げる探索者と俺たちがすれ違わなかったのがおかしいということになる。
「もしかして今日ここに来たのは私たちだけで、これから他のパーティーが来る、とか?」
「ありえない。とはいわないが、今日は金曜だからな。それに俺たちは放課後にダンジョンに突入して、さらに一五階層で三時間以上時間を潰している。この間に誰も到達していないとは考えづらい」
専業で探索者をやっている連中からすれば曜日は関係ないが、兼業でやっている連中にとっては曜日は欠かすことのできないファクターだ。彼らは仕事の関係上、金曜や土曜は泊りがけで潜ることが多い。
レベリングや探索前に休憩地点を確保するのは探索者の常識なので、今の時間この場所に誰もいないのは”珍しい”を通り越して”異常”だ。
確かに一五年後と比べて探索者の数やレベルは劣っている。とはいえ、それが影響を及ぼしているのは高レベルの探索者が必要な三〇階層以下の話。
逆に二〇階層前後は今が最も旬といっても良い時期だったはず。
なのに誰もいない?
何だこの違和感は?
「いやまて。そういえば……」
なんかこの時期に異常があったと聞いたことがあるような気がする。
それを聞いたのは、確かギルドに連行されてから半年くらい経ったころだったか。
なんでも、とある時期に二〇階層前後をメイン狩場にしている探索者が大勢帰還してこなかったことがあったらしい。
あまりに未帰還の探索者が多かったため、当時のギルドナイトに調査が依頼されたそうな。
当初ギルドナイトの面々は『中層ぐらいでごたつくような連中なんか放っておけ』と渋ったそうだが、結局ギルドから特別依頼が発令され、嫌々ではあったもののダンジョンへと潜ったそうな。
結論からいうと、大勢の探索者を帰らぬ人とした元凶は二〇階層に現れたイレギュラーな階層ボスだったらしい。
二〇階層を拠点としていた探索者はもちろんのこと、帰還途中の探索者たちも残らず狩られていたんだとか。
なんやかんやあったものの件のボスは無事討伐されたのだが、そのとき討伐されたボスというのが、本来二〇階層に出てくるはずがない魔物だったとか。
確かその魔物は……。
「多少強化された黒鬼、だったか?」
「えぇ!?」
黒鬼は本来三一階層以降に出現する魔物だ。
ただでさえ強敵なのに、それが多少なりとも強化されていたのであれば、二〇階層をメイン狩場にしている探索者では手も足もでまい。逃げることさえできずに蹂躙されるだろう。
どうしてその黒鬼が二〇階層に出現したのかは不明。
ただし、ダンジョンでは稀にイレギュラーなボスが出てくるということは世界中で確認されており、日本でも何度か同じようなことが発生していたので、最終的には『ダンジョンは数千回に一回くらいの割合でこういうことが起こる仕様になっている』と結論付けられていた。
なんでも”仕様”で片付けるのはどうかと思うが、ダンジョンは不思議の塊なのでこの件に関してだけはギルドが悪いとは言い切れない。この件に関してだけは、な。
ちなみに俺にこの話をしてくれた【大魔道士】の感想は『出現した理由は分からないけど、ドロップアイテムがそこそこ美味しい相手だった』とのこと。
え? 犠牲になった探索者についてはなにもないのかって?
おいおい正気か?
相手を誰だと思っている?
人格破綻者の代名詞としてしられるギルドナイトの大魔導士様だぞ?
魔物に負けた探索者に向ける感情なんてあるわけがないじゃないか。
万が一あったとしてもそれは同情とか哀悼ではなく『実力不足。鍛えてから本番に臨め』って感じの戒めくらいなもんだろうよ。
俺が知る限りあの人たちはそういう人間だった。
そして俺も――人間としてはどうかと思うが――探索者としては彼らの意見が正しいと思っている。
そもそも探索者は独立独歩を旨とする、自己責任が当たり前の個人事業主なのだ。
カジノのディーラーがイカサマをするように、ダンジョンは罠を仕掛けるモノ。そんなの常識だろう。
ルール無用のダンジョンに潜っている以上、イレギュラーが発生した程度で負ける方が悪い。
死ぬのが嫌ならイカサマをされる前に退くか、イカサマをされても勝てるくらい強くなればいい。
もしくはこちらもイカサマをするか、だ。
それを前提に考えると、今回のケースは非常に美味しいケースかもしれない。
整理しよう。
まず最初に、俺たちがダンジョンに入る前は地上でおかしな雰囲気はなかった。
この時点で、まだ地上に異常は伝わっていない。
今が週末ということもあるので、未帰還者がどうこういうのは週明けの月曜になってからだろう。
つまり、今日明日中にギルドナイトがくることはない。
次いで、ここに来るまでに帰還する探索者とすれ違っていないし、日頃キャンプ地として使われている場所にもその形跡が一切ないことから、元々二〇階層にいた探索者は全滅していて、彼らが持ち込んでいたテントやらなにやらはダンジョンに吸収されていると見ていいだろう。
次に、それを成したのは、イレギュラーなボスである可能性が極めて高い。
最後に、今の時間(二二:〇〇)から鑑みるに、これからこの場にくるパーティはいない。
もちろん下層から戻ってくる可能性もないわけでもはないが、今から戻ってくるくらいならとっくに戻ってキャンプをしているはずだ。それがいないってことは、ここにはこないか、もう負けたのだろう。
上記から導きだされる答えとしては。
「俺たちがイレギュラーなボスと戦うことになるかもしれんな」
「え? そ、それって、ま、まずいんじゃ……」
「いや、チャンスだ!」
「はいぃ!?」
なにを驚くことがある。
「ステータス上は問題ない。むしろイレギュラーだった方が通常のボスよりもレベルが高いから倒したときの経験値が美味しい。それに、だ」
「そ、それに?」
「噂ではイレギュラーなボスが落とすドロップアイテムは相当美味しいらしいぞ」
「え? 相当? ……そんなに美味しいんですか?」
「あぁ。もし出てきたのが黒鬼なら、金額にしたら数千万円。もしかしたら数億円に相当するようなモノを落とすかもな」
「数億円!?」
「おうよ」
少なくとも当時の大魔導士が『美味しかった』というほどだ。億単位は固いだろう。
最低でも数千万円する金棒は落とすだろうし。
「そんなドロップアイテムを落とす獲物がいて、それを他人に取られる心配がないんだ。これをチャンスと思わない探索者がいるか? いや、いない!」
「それは確かに! でも命あっての物種とも……あぁいや、支部長なら三〇階層に出てくる魔物にも負けない、のかな?」
なんとも他力本願なことを抜かしているが、まぁ今回は仕方がない。
せっかくここまで順調にレベリングをしたんだ。
こんなところで万が一のことがあっても困るし、そろそろ俺の強さを見せた方が教育によさそうだってのもある。
うん、倒す理由はあれど逃がす理由はないな。
「方針は決まった。ボスを探すぞ」
「はい!」
見せてやろう。探索者の装備とステータスの差が戦力の決定的な違いであるということを!
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