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20話 うさんくさいやつ が あらわれた

少女の視点

彼に対する第一印象はズバリ『胡散臭い奴』だった。


いや、そりゃそうでしょう? 

放課後、いつも通りダンジョンに行こうとしていた私に、ただのクラスメイトがいきなり話しかけてきたかと思ったら『やぁ。こんにちは。いい天気ですね。少し商売の話をしませんか?』なんて言ってきたのよ?


これで胡散臭いって思わないほうがおかしくない?


まぁ、私の方にも余裕が無かったのは認めるけれど。


だって、ねぇ。


入学してから今まで何度も声を掛けられて、その都度パーティーを組んでダンジョンに潜ったんだけど、その途中で必ず『お前おかしいよ』とか『アンタなに考えているの?』とか『いい加減にして! 死にたいなら一人で死んでよ!』なんて言われてパーティーを追放されてきた経験があるから、どうしても声をかけてきた人を胡散臭いと思っちゃうのよ。


そんな事情も相まって、咄嗟に威圧染みた態度を取った私も悪いと思うけど、そもそも胡散臭いのが悪いと思うの。


で、私の威圧を受けて胡散臭い相手が逃げるか竦むかしたらさっさとダンジョンに行こうって思っていたんだけど、彼は何事もなかったかのように『これからいつも通りダンジョンに行くんだろう? でもその前に話を聞くだけ聞いてほしい。損はないと思うから。あ、ちなみにこれ、俺の名刺ね』って言いながら極々当たり前のことのようにアイテムボックスから名刺を差し出してきたわ。


あのときは「普通に懐から出せばよくない?」って思ったんだけど、あれは『自分のジョブは商人だ』っていう自己紹介の意味もあったみたいだから、決して無意味な行動ではなかった。


……あの場でやる必要があったかどうかは分からないけどね。

後からポーションとか契約書とか出してきたし。


名刺を受け取った私が最初に注目したのは、彼の名前……ではなく、その役職……でもなく、その肩書の長さだった。


だって【藤本興業株式会社営業部特殊素材調達課課長兼クラン龍星会探索班学園支部支部長】よ?

長すぎでしょう。

せめて二段にするとかなかったわけ?

お陰で支部長ってのはすぐに見つけられたけど、課長ってのを見落とすところだったわよ。


もしかしたら”その程度のことも見逃すような奴ならそれまで”って見切りを付けるための罠かもしれないけど、あまりいい趣味とは言えないわね。


ともあれ、私にとって重要なのはクランからスカウトが来たってことだった。


そこでダンジョンに行くのを後に回して話を聞くことにしたら、何故か喫茶店でケーキセットを奢ってもらえることになったわけだけど……久しぶりのケーキは美味しかったわ。

お代わり自由とか最高ね。


経費で落とすそうだから遠慮しなくて良かったし。

結局三つも食べた上に、お土産まで持たせてもらったわ。


これだけでも彼の誘いに乗ったかいがあると思ったわよ。


いえ、もちろん本題はスカウトであって、ケーキが本題ではなかったのだけれども。


それはまぁいいとして。


彼は色々と話してくれた。

特に衝撃をうけたのが、私がスカウトされない理由。

企業側の事情なんてこれまで考えもしなかったわ。


そりゃスカウトした学生が死んでしまったら風当たりも強くなるわよね。

一流企業ほどそういうのを警戒するっていうのも当たり前の話だし。


だから同級生とすらパーティーを組めていない私には企業からのスカウトが来なかった。

かつて一緒にダンジョンに潜った人たちが私の悪い噂を流していた……つもりはないのでしょう。


実のところ私としては今でも真剣にダンジョンに潜らない連中がおかしいと思っているのだけれども、それはあくまで私の事情。私が彼ら彼女らのことなんて考えてなかったのは事実だし。


周囲からの評価は甘んじて受け入れましょう。


いやいや、問題はそこじゃない。


スカウトよスカウト。


これだけ問題がある私を何故スカウトしたのかを聞いてみれば、何のことはない。藤本興業もまた賭けをしないといけないくらい追い詰められていただけの話だった。


最初は、私みたいな【侍】なんてレアジョブを持っているだけの小娘に頼らざるを得ない時点で企業としてはどうかと思ったし、なによりスカウトに来た松尾君があまりにも胡散臭かったため、スカウトを断ろうと思っていた。


でも、そんな私の考えはすぐに吹き飛ばされることになる。


契約金?


現金で一千万?


現金が嫌ならポーション!?

しかも今だけもう一本プレゼントぉ!?


これで頷かない人間っているの? いるわけないわよねぇ!?


もちろん疑うことは簡単だ。むしろ疑うべきだ。

ギルドの買取額は五〇〇万円でも市場価格は少なくとも二〇〇〇万円する貴重品を学生が簡単に手に入れることができるはずがない。

簡単に学生に渡すはずがない。

もう一本プレゼントなんてありえない!


私の中にある常識はそう叫んだわ。


でも私が常識だと思っていたモノは、現物らしき試験管を目の前に見せられた途端に那由他の彼方へと消え去った。


目の前に欲しくて欲しくてたまらなかったモノがある。それも二つ。


私の中にある知識が「会社の名前とクランの名前が掛かっている以上、偽物ではないだろう」と囁きかける。


私の中にある感情が「別に対価を求められたわけじゃないんだよ? 三年間就職するだけでもらえるんだよ? しかもその期間は学生のままでいていいんだよ? どこに問題があるの?」と囁きかける。


反対に「お金を払うわけでもなければ体を要求されたわけでもない。ただ一般企業にスカウトされただけでコレだけのモノを貰えるのはおかしい」と囁く声も聞こえていたが、敢えて無視した。


だって、欲しいんだもん。


結局私は理性もなにもかもすっ飛ばして二つ返事で契約書にサインしようとしたけれど、それは向こうに止められてしまった。


その理由が『ご両親とお話しなさい』なんて真っ当な理由だったことに驚いたのはちょっと失礼だったかしら。


私を騙すつもりなら、冷静にさせる時間を与えるはずがない。

私を騙すつもりなら、両親に確認させるはずがない。


そこに考えが至った時点で、それまで胡散臭い奴と思っていた相手は尊敬に値する存在へと昇華していた。


手のひら返しが過ぎる? 当たり前でしょ。 ポーション二つよ? 手のひらくらいいくらでも返すわよ。


そうこうして言われたとおりにお父さんとお母さんに相談した結果、「()たちのせいで面倒をかけてごめんなぁ(ねぇ)」なんて謝られたけど、契約自体は真っ当だと判断してもらえたので、晴れて契約書にサインすることになった。


そして翌日、契約書と引き換えにポーションを貰おうと思ったんだけど……。


【今だけ特別! 貴女にだけ! ポーション四本セットを販売します! しかも、お値段はなんと二〇〇〇万円の大大大大サービス!  今なら利息無しの一〇年ローンも可能です! ただし限定商品なので現物限りの早いもの勝ち! 今だけ! 数量も季節も限定の大特価! ポーションが欲しいそこの貴女! このチャンスを絶対に逃すな!】


…………ありえないでしょ!?


ただでさえ品薄のポーションが四本よ、四本! 

買えば四本で最低八〇〇〇万円以上するのが、四本で二〇〇〇万円よ!?

数量限定よ!? 

早い者勝ちよ!?

現金が無くてもローンで大丈夫なのよ!? 

しかも利息無しなのよ!?


これほどの好機は二度とない!


そう確信した私は即座に予約をして、お父さんとお母さんのサインを貰いに行ったの!


お父さんとお母さんは怪しんだけど「騙されたんだとしても二〇〇〇万円くらいならなんとか……」とか「控えを取っておけば騙されたときに藤本興業を訴えられるのでは?」とか言って最終的には納得してもらったわ。


そうしてさらに翌日、私は彼と二つの契約を交わして、六本ものポーションを手に入れることができた。


お父さんとお母さんは最後まで疑っていたけど、結果は全部ホンモノ。


彼はちゃんと契約を果たしてくれていた。


お父さんとお母さんは無事に退院。まだまだリハビリは必要だけれども、探索者に復帰できる日もそう遠くないって話だった。


二人は復帰したら、ローンの返済も手伝ってくれるらしい。

まぁ、これに関しては、ね? 

元々二人を助けるためのローンだし。遠慮はしないよ。


でも、まさかこんなに早く家族そろって暮らせるなんて思ってもいなかった。


学生の身で二〇〇〇万円の借金があるのはどうかと思われるかもしれないけど、少なくとも適正価格よりはるかに安く、それもたくさんのポーションを譲ってくれた彼に対して隔意はない。むしろ感謝しかない。


だから、うん。

最初に胡散臭い奴とか思ってごめんなさい。

第一印象を引きずるのはよくなかったです。反省しています。

でもあのファーストコンタクトとあの広告みたいな契約書は普通に胡散臭いと思うの。


もし次があったらきちんと指摘させてもらうから。

これからよろしくね。支部長さん。

閲覧ありがとうございました。


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