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18話 トッポはすごかった

レビューいただきました。

ありがとうございます。

「こちらが契約書ね」


人間の感情には鮮度がある。


最初は「このご恩はこの命に代えてもお返しいたします!」ってくらい感謝していたとしても、そのまま放置してしまうと時間が経つにつれてその感情は風化していくものだ。


もちろん一宿一飯の恩を忘れず、ずっと忠義を保ち続ける人間もいるが、経営者が従業員にそれを求めるのは間違っていると言わざるを得ない。


なにが言いたいのかというと”釣った魚にも餌をあげましょうね”ってことだ。


ただ、厳密には今の彼女は釣り上げたものの、まだ甲板の上でピチピチ跳ねている状態である。


このまま飛び跳ねて海に帰ってしまう可能性もあるので、その前に少なくとも契約を結ばなくてはならない。それができて初めて釣り上げたと言えるのだから。


と言っても、特に阿漕な契約を結ぶつもりはないので、あまり心配はしていないが。


「簡単に解説すると、大まかな条件は五つ。『条件一。藤本興業、及び龍星会に最低三年所属すること。条件二、看板代として毎年既定の金額を支払うこと。条件三、ダンジョンに潜るときは必ず俺と潜ること。なおその際の取り分は六:四とする。条件四、他のクランからのスカウトはもちろんのこと、個人的なパーティーの誘いも断ること。条件五、情報漏洩の禁止。俺が『これは内密に』と言ったことは、絶対に言わないこと。これらを破った場合は藤本興業が被った損害を金銭に換算して請求します。これは自己破産とかでは逃げられないので注意しましょう』こんなところかな。以上の事柄を遵守するのであれば、こちらにサインを……」


「するわ!」


早いわ。


「いや、ここでされても困るのよ」


気持ちは分かるがめちゃくちゃ食い気味だな。


「なんで!? もう一本プレゼントは()()()()()なんでしょ!?」


あぁ、そうか。そういう方向に勘違いしたか。

これは騙されますね。


「落ち着いてどうぞ。今だけってのは、今回だけってことだから。とりあえず君はご両親に契約書を見せてきなさい」


その場で契約書にサインさせようとするのは悪い奴だって習わなかったのだろうか。

習ってなかったわ。だからあんな借金するんだぞ。


「は?」


「契約書には保護者のサインが必要なんだよ。君はまだ学生だからね。あと、君が一人でサインした場合、後で出るところに出られて『学生を騙してサインさせた契約だから無効!』なんて言われても困るし。そもそも就職することになるんだから、保護者の意見は必要だろう?」


藤本興業はコンプライアンスを遵守するホワイトな企業です。


「はぁ」


よくわかっていないようだが、まぁ学生さんならそんなものだろう。


法を守る者は法に守られる。

法を守らない者は法に守られない。


ギルドのように法を無視できるほどの権力があれば話は別――厳密に言えば彼らだって法の抜け穴を突いているだけで法を無視しているわけではない――だが、藤本興業程度の会社は法を守らないとヤバイことになるのだ。いや、マジで。


そんなわけで、今日のところは契約書を持たせてサヨウナラ。


なんか「すぐ戻ってくるから!(アイルビーバック!)」と未来から来た筋肉モリモリマッチョマンのロボットが言いそうなセリフを吐いていたような気がするが、両親との相談とか色々あるだろうし、なにより彼女は俺の連絡先を知らないので今日中に会うことはないだろう。


なんで連絡先を聞いてから移動しなかったのか。

そういうところだぞ。


俺も止めなかったけど。


俺としては明日までの短い時間であっても、家族一同冷静になってじっくり考えて欲しいのだ。


尤も、現物をちらつかせている以上、彼女らが選び取る答えは一つしかないわけだが、それでも、な。


『答えがわかりきっているなら今の段階で契約を交わしてポーションをあげればいいのでは?』なんて言われそうだが、こういうのには順序ってものがある。


他のクランに勧誘される前にいち早く契約を結ぶのも大事だが、それよりも大事なのは『自分で選んだ』って思わせることだ。それも自分一人ではなく両親も交えてのものなら言うことはない。


そうすることで所謂”騙された感”がなくなるし、それがなくなれば何かあった際に責任転嫁されることがなくなるし、なによりなにかしらの問題が発生した場合、本人だけじゃなくて両親にも責任(借金)を背負わせることができるからな。


一度囲った獲物を敢えてリリースするのも一つの交渉テクニックなのだからして。


そうして自分から囲いの中に入った獲物は、余程のことがない限り自分から囲の外に逃れることはない。


これが”釣った魚に餌を与えましょう”って話に繋がるわけだ。


「早くて明日の始業前。遅くとも明日の放課後には信頼できる仲間(忠実な部下)を一人GETできるな」


侍というレアジョブで、レベルも低くて、その上欲しいものが明確にわかっている。

それと、周囲に相談できるような相手がいないのもポイントが高い。


「あの様子なら、次なる実弾を見せれば今後一〇年は戦わせられるだろうよ」


実際彼女は例の店で一〇年以上働かされていたしな。


俺は借金の形に体を売らせるような連中とは違う。

せっかくいい(ジョブ)を持っているんだ。探索者として活用しないと勿体ないじゃないか。


しかし、あれだな。もともと考えていたとはいえ、社会的立場とパーティメンバーという、俺が目的を果たすために必要と考えていたモノをこんなにも早く、それも二つも手にすることができるとは思いもしなかった。


今も未来も含めて余程日頃の行いがよかったのだろう。


……十五年間、ギルドか自分の部屋かお店かダンジョンかコンビニにしか行ってなかったから悪事を働く暇がなかっただけのような気もするが、それはそれ。悪いことをしていないなら善人だ。


記憶の中にしかない悲しい事実はさておき。


今後もこの調子でメンバー(部下)を増やしたいのだが、その当てがないのが問題だ。


忠実な部下ってだけならその辺で虐められている商人を拾って教育(洗脳)すればいいだけなんだが、能力の低い奴を抱え込んでも意味がない。


最低でも基本職。できればレアな職業を得た人間を抱え込みたいのだが、そういうやつはこの時期普通にパーティーを組んでいるので、勧誘が難しい。


もちろんパーティーごと取り込むのはナシだ。


「情報が流出するからな」


俺の持つアイテムや情報には他人に知られてはならないモノが多すぎる。

社会人と違って情報面での危機管理が甘い学生に口止めをしたところで、絶対に外に漏れるだろう。

後から賠償請求するにしても、それはギルドや企業に情報が漏れた後のこと。


連中に知られた時点で”面倒ごとを避けたい”という俺の目的は果たされなくなってしまう。

それを避けるためには、極めて――それも俺が絶対に大丈夫と確信できるほど――口が堅い人間か、はたまた先ほどまで話をしていた少女のように、極限まで追い詰められているが故に行動を制限できる人間を見つけなくてはならないわけで。


「はぁ。どこかにいないもんかねぇ。レアジョブ持っててレベルが低くてパーティー組んでなくて人間不信を拗らせているけど簡単に買収できるやつ」


自分で口にしてみたが、どう考えても簡単に見つかるとは思えない。

大金を支払って求人広告をだしたとしても、該当者が名乗り出る可能性は極めて低いだろう。

だって怪しいし。


「その点奥野ってすごいよな。最後まで条件に合致してるもん」


ここまで条件が揃うなど、ある意味絶滅危惧種より珍しいのではなかろうか。


そんな彼女とこのタイミングで交渉することができた奇跡に感謝しつつ「明日までの短い時間に彼女が誰かに騙されていませんように」と心から願う俺氏であった。

閲覧ありがとうございました。


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