14話 交渉は続く
「一応後で確認させてもらうが、アンタ程の実力者が持ち込んできたんだ。偽物ってことはねぇだろう。だがどうやってこれを? ……まさか盗んだってわけじゃねぇよな?」
「御冗談。ギルドが保管している分は当然として、これから納品される予定のモノでさえ順番が決まっていると言われているコレが盗まれたら今頃界隈が大騒ぎしていますよ」
「……だろぉな」
ハイポーションは、一五年後の世界でもけっこうな高級品として扱われていた。
ましてダンジョン探索があまり進んでいない今のご時世であれば、その価値はあのときとは比較にならないほど高い。
実際、その効能が故に病症を抱えた個人はもとより、軍や医療機関や企業の研究機関といった様々な組織もハイポーションが市場に流れるのを今か今かと待ち望んでいるそうな。
その熱量は月に一度しか行われない特売に並ぶ主婦が宿すそれに勝るとも劣らないと言われている。
主婦が凄いのか企業とかが凄いのか、これはもぉわかんねぇな。
まぁいいけど。
「ギルドには?」
「当然、見せていません」
ギルドの買取額は一億円だが、市場に出た際の販売価格は一〇億円以上。
過去に行われた競売では二〇億円を超えたケースもあるという。
これだけ聞けばギルドに売るのは馬鹿臭いと思われるかもしれないが、ギルドを通さない場合はリアルに『ころしてでもうばいとる』をされるので、ハイポーションを手に入れた探索者の大半がギルドに卸すことにしていた。
例外は軍や警察、もしくは直接企業や研究機関に納める伝手がある探索者や、世界中から狙われても撃退できるほどの強者――それこそ当時のギルドナイト――くらいのものだろう。
もちろん今の俺にはそれだけの力はない。
だったら素直にギルドに売れよ、という話になるのだが。
「今の自分では買いたたかれるか盗まれるか偽物と交換されるかした上で、入手手段を問い詰められる可能性が極めて高い。わざわざ貴重品を卸してそんな扱いされるのも馬鹿らしいでしょう?」
ギルドは信用できない。
特に扱う商品が高額なときほど、持ってきた探索者に社会的な力がないときほど、奴らは信用してはならない。
「……俺らはいいのかい?」
なにを言うかと思えば。
「え? 死にたいんですか?」
ギルドは半官半民の巨大組織だ。当然絶大な権力を有している。
そのため彼らの内部で隠蔽やら何やらをされた場合、こちらの意見が通ることはまずない。
暴力で推し通るなんて以ての外。どう頑張っても探索者は泣き寝入るしかない。
しかし藤本興業は違う。
「受付を含めて一〇七人でしたか。それくらいなら俺でもヤれます」
「……なるほどな」
探索者としての人数や実力もさることながら、なにをするにしても誰が主導となっているかもわからなければ、預けた時点でモノがどこにいったかすらわからなくなるギルドと違って、こちらは誰が騙したのかもわかるし、誰が嘘を吐いたのかもわかる。もちろん盗まれたモノがどこにあるのかもわかるし、なにより落とし前を付けるべき責任者が誰なのかもはっきりとわかっている。
その上、ギルドと違って社会的な信用も薄いときた。
もし俺が彼らを潰したところで、非難する者はいないだろう。
むしろ探索者界隈では『落ち目のクランがガキに潰された』って感じの笑い話になるんじゃないか?
つまり、彼らが俺からハイポーションを奪うためには死を覚悟しなくてはならないというわけだ。
彼らは会社の利益のために命を賭けることを厭わない集団なのかもしれない。
実際、目の前にいる専務さんはそんな感じの人だ。
だが、それは今か?
普通に扱うだけで莫大な利益を生む取引だぞ。
リスクを負う必要がどこにある?
損得勘定以前の問題だろう。
この程度のことが分からないとは思えないんだが……あぁそうか。
利益が確定していないからリスクとリターンの計算ができないのか。
なら話は簡単だ。
「俺には五億。残りはそちらで構いませんよ」
「……そりゃ俺らが貰い過ぎってもんだろ。二〇〇〇万のポーションを一〇〇〇万で売るのとはわけが違う」
「その分そちらもリスクを負うでしょう?」
「リスクって言ってもな。最低でも五億、いや、一〇億のアガリと比べりゃ微々たるもんだ」
そりゃ馬鹿正直に競売にかけたりはしないだろうよ。
おそらく懇意の政治家や企業のお偉いさんに売るんじゃないか?
それならリターンに対するリスクは最小限で済むしな。
だが、それができるのは藤本興業が今まで蓄積してきた実績と信頼があるからだ。
「専務さんにとってはそうかもしれませんが、俺にはそうではありませんからね」
ぽっと出の学生に五億円も支払う企業や政治家なんていない。
悲しいけどこれが現実だ。
だからこそ、俺はその信頼と実績で固められた看板を利用したいわけだし。
ついでに自分が使うことになる看板が今以上に綺麗で頑丈になればいうことはない。
そもそもの話、ギルドに売れば一億円にしかならないモノを五億円で買ってもらえるなら俺にとっても十分なんだが。
「つってもなぁ」
どうにも納得してもらえない様子。
もしかしたら右から左に流すだけで五億以上の儲けが出ることに据わりの悪いものを感じているのかもしれない。
それか、職業柄貸し借りに五月蠅い感じがするので、俺に借りを作る――俺は貸しと思っていないが、向こうが一方的にそう考えている可能性はある――のが嫌だという可能性もある。
まぁ、気分次第で自分たちを殲滅できる相手に借りなんて作りたくないわな。
こういう場合はコチラが折れた方が話は早い。
幸い、お願いしたいこともあるしな。
「納得できないなら一つお願いをしてもいいですか?」
「なんだ? 言ってみろ」
食い気味にきたな。やっぱり貸し借りの関係が嫌だったか。
それなら尚更このお願いは有効だろうよ。
「俺を役職に就けてくれませんか? 班長とか主任とか」
「役職ぅ?」
「えぇ。はい」
「そんなん欲しいならいくらでもくれてやるが、なんだってそんなモンが欲しいんだ? アンタほどになれば役職なんざ邪魔なだけだろ?」
「いやいや、大事ですよ。役職って」
アルバイトよりも正社員。正社員よりも管理職。
管理職の中でもより上位になれば、周囲の対応もそれに準じるものとなる。
そう。現時点で偉い人には分からないのかもしれないが、役職は飾りじゃない。
俺が何よりも求めている社会的な立場を補強してくれる大事な肩書なのだ。
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