13話 最初は強く当たって後は流れで……とみせかけて再度強く当たる
あのあと、とりあえず場所を移すということで応接間っぽいところへ通された俺は、
「……ウチのヤツが失礼なことをした。本当にもうしわけねぇ」
「すんませんっした!」
と二人の男性から頭を下げられていた。
その様子は、例えるなら”大御所を待たせた若手芸人のような感じ”とでも言おうか。
文字にするなら平身低頭。もしくは誠心誠意。
少なくとも”入社を希望してきた学生を待たせた程度のこと”で見せるような態度ではないのはわかる。
彼らの態度から、どうやら小細工を弄した姑息なファーストインプレッションは成功と言えそうだ。
小細工と言っても、ただ『場所が場所だし今の俺は学生だし、最初に舐められないようにしよう』と思って装備でステータスを水増ししただけなんだが……彼らが思った以上に暴力に敏感だったのがな。
さすがに受付であんなことをされると困るが、今回は向こうが勝手に負い目を作ってくれたという想定していた以上の効果もあったからこれはこれでヨシ! としよう。
……今後は指輪一つにしとこ。
今後に備えた反省はあとでするとして。
いい加減そっちの方に話を進めたい。というか進める。
「謝罪は受け取ります。それで、そろそろ話を進めたいんですけど」
そう、俺がここに来たのは彼らに謝罪させるためではない。
あくまで入社試験を受けに来たのだ。
「あ、あぁ。もちろんだ。と言ってもな……」
「なんでしょう?」
「アンタはなんでウチに入りたいんだ? 言いつくろってもしょうがねぇからハッキリと言わせてもらうが、俺らとお前さんじゃあ実力に差がありすぎる。『束になっても敵わねぇ』なんて次元の話じゃねぇ。完全に次元が違う。そのくらいはわかってんだろ?」
そりゃ現時点で日本最強レベルだからな。
中層でウダウダしている連中には負けない自信はある。
こういう相手に対して過度な謙虚は嫌味になるから、事実は事実として認めたうえ相手に多少の花を持たせるのが交渉の肝なんだが、それ以前に自己紹介してなかったわ。履歴書もまだ出してねぇし。
「社員の皆さんを見たわけではないので自分の口からは何とも言えませんが、貴方が……あぁ。失礼しました。自己紹介がまだでしたね。松尾です。松尾篤史です。こちらが履歴書になります。よろしくお願いします」
「お、おう。そういえばそうだったな。こちらこそ失礼した。俺は但馬。ここの専務をしている。で、こっちのが美浦。これでも部長をやっている」
「お願いします!」
この人部長だったのか。
つーか部長がこんなに腰が低くてもいいのか? いや、おそらくだが自分たちでは勝てない相手だと理解しているからこそ、怒らせないために敢えてこうしているのだろう。
会社のために自分のメンツを捨てる、か。
……凄い男だ。
そんな凄い男に下世話な話をするのは気が引けるが、ここで誤魔化してもしょうがない。
「それで、入社を希望した動機でしたね。単純で恐縮ですが。お金が欲しいからですよ」
「金? アンタなら俺らと関わらなくてもいくらでも稼げるだろう? いや、むしろ俺らと関わった方が損をするんじゃねぇのか?」
正直、いや、これは慎重なのか。
おそらく専務は、俺が予想よりも稼げなかったとき「話が違う!」とキれるのを警戒しているのだろう。
不発弾のような扱いだが、現状ではそう思われても仕方がない。
つまるところ専務の方針は『入社希望を断りたいが悪感情を持たれたくない。だから誠心誠意接して帰ってもらう』といったところだろうか。
まぁ、自分に扱えない爆弾を抱えたくないというのは当たり前の話だ。
もしも俺が専務の立場だったら同じような態度をとっていたかもしれない。
だがしかし。誠に残念なことに彼らは俺の話を断れない。
もちろんステータスを笠に着て「俺が上でお前らが下だ!」なんて押し付けるつもりはない。
そもそもの話、彼らは勘違いをしているのだ。
俺は一方的に搾取するつもりはない。お互いに得のある話をしにきたのだ。
だから今はとにかく話を聞いてもらおう。
そうすれば彼らも納得してくれるはずだ。
「普通ならそうなんでしょうが」
「普通なら?」
「えぇ。実は自分のジョブ、商人系なんですよ」
「「はぁ?」」
「これを見てもらえば分かりますかね?」
「「……」」
掴みは上々、かな?
―――
それだけの実力があって商人? なんの冗談だ? と思ったが、目の前でアイテムボックスを見せられては否定することもできねぇわな。
いや問題はそこじゃねぇ。
問題は松尾とか言ったか、こいつがアイテムボックスの中から取り出したブツだ。
この、青い水が入った試験管のようなモノ。
俺の目が確かなら、これは間違いなく……。
「ポーション、か」
「えぇ」
「……そうかよ」
それはダンジョンに潜っているヤツなら誰でも知っている。
それは現在ダンジョンから得られる恩恵の中で最も単価が高いブツ。
それは振りかければ外傷を癒し、飲めば内臓の病気を癒す魔法薬。
ダンジョンがこの世に出現してから半世紀経った今でもその原理は欠片も解明されておらず、企業や研究者が血眼になって研究しても劣化版ですら造れていない貴重品。
ギルドが定めた買い取り額は五〇〇万だが、競りに出せば二〇〇〇万は固い代物である。
そんな貴重品をこの場で出してきた理由は? 簡単だ。
さっき本人が言ったじゃねぇか。金が目当てだってな。
「これを俺らに捌かせる。それが狙いってことかい?」
「そうして頂けると助かります」
「えぇ!?」
美浦がうるせぇが、気持ちはわかる。
こんな貴重品、いくらでも買い手がいるんだ。
俺らに回さねぇで自分で売った方が儲かるってのはガキでもわかる話だ。
だが、それはあくまで自分たちで売れる心当たりがある俺たちだからこそ言えることだ。
……ようやく分かったぜ。コイツの狙いは俺たちの力、それも直接的な暴力ではなく組織力。もっと言えば、俺らの持つ販路が狙いだったってな。
「どうやら専務さんはご理解いただけたようですが、一応説明しましょうか?」
「あぁ。頼まぁ」
ここまできたらほぼ間違いはないだろうが、一応確認はしとくべきだろうよ。
美浦に聞かせる意味でもな。
「簡単な話なんですけどね。まずギルドに売るのはありえません。あそこは最低価格でしか買い取ってくれませんからね」
「代わりに品質保証やら個人情報の保護やら煩雑な手続きをやってもらえるが?」
「それで一五〇〇万円も持っていくのはぼったくりでしょうよ」
「違いねぇ」
ポーションに限った話じゃねぇが、連中はきれいごとを言って誤魔化しているだけで、実際は探索者の足元を見てぼったくる悪徳商人だからな。少しでも目端が利くなら連中を信用しねぇのは当然だ。
「ギルドには持ちこまない。ですが自分にはこのポーションを買い取ってくれる相手に心当たりがありません」
「そりゃそうだ」
貴重な品だからこそ品質の保証が重要になる。
いきなり現れた学生が「ポーション買ってください」といったところで、なぁ。
もちろんそれなり以上の企業であれば各々でダンジョン産のブツを鑑定する要員を抱えている。
だからそいつらに鑑定させれば真贋の判定自体はできる。
だがここで問題がある。まずは鑑定するために預けたブツをそのまま返してくれるかどうかって話だ。
端的に言って、預かった企業が『これは偽物だった』と言って偽物とすり替えて返してくる可能性があるんだな。そうなったら話はお終いだ。
文句を言おうが突っぱねられるし、実力行使に移ろうとすれば官憲やギルドに通報される。
最終的には『偽物を売りつけようとした探索者が処罰された』なんてことになる。
個人と企業では社会的な信用が違いすぎるからな。
結局探索者は企業にブツを奪われた挙句、名誉すら貶められるってぇわけだ。
これはポーションに限った話ではなく、そこそこ珍しい素材ならよくある話。
こういうことがあるから、今じゃ探索者の大半が損することを覚悟したうえでギルドに持ち込むんだ。
だが、コイツはそれを嫌がっている。
かかる労力よりも金を取ったわけだ。
それはいい。俺だって独自の販路があるならそうするからな。
「ちなみにだが、アンタはコイツでいくら欲しい?」
「そうですね。一〇〇〇万でいいですよ」
「ほう、半額でいいってか? 金が欲しいってわりには無欲なもんだ」
「ギルドの倍、ですよ?」
「そうとも言うな」
一〇〇〇万やるから代わりにウチが品質の保証や個人情報の保護をしろってことか。
随分便利使いしてくれるが、その程度であれば。
「……悪くねぇ」
ポーションは金にもなるが、それ以上にクライアントが喜ぶ品だ。
信頼は金じゃ買えねぇからな。
これを捌かせてもらえるのは俺たちにとってもありがてぇ話だ。
そのうえで、こいつはこう言っている。
『俺ならこれ以外にもいいブツを持ってこられますよ』ってな。
あぁ。確かにこれだけの実力者なら三〇、いや、四〇階層にだっていけるかもしれねぇ。
それはつまり、コイツがいれば、今はギルドが独占している貴重な素材を俺たちで捌けるようになるってことだ。
見えたぜ、光明ってやつがな。
「決まりだ。これからよろしく頼む」
問題はコイツをどう扱うかだ。
新入社員にしては規格外が過ぎる。
美浦じゃ手綱を握れねぇだろう。
美浦だけじゃねぇ。他の連中にも無理だ。
そもそもコイツは適当なヤツの下につけたら駄目だ。
俺の知らねぇところで諍いを起されて他所に行かれたら困るしな。
それに、こいつにはまだ秘密がある。
学生なのに、それも商人なのにここまで強ぇ理由がわかってねぇ。
もしそれがわかれば、もし俺たちも同じことができるなら、俺は、俺たちはもっと上にいける。
もちろん、すぐに全部話してもらえるとは思っちゃいねぇ。
時間をかけて、信頼関係を築いて、話はそれからだ。
差し当たってはこのポーションだな。
最初の一歩で躓くわけにはいかねぇ。
しっかりと捌いてウチが信頼に値する組織だってことを理解してもらうぜ。
ま、ポーションならいくらでも買い手がいるから余裕なんだがな!
……そう思っていた時期が俺にもあった。
「あ、ポーションを売れる販路があるなら、これも一緒にお願いします」
「は?」
松尾がそういって差し出してきたのは、液体が入った試験管のようなモノだった。
それはダンジョン探索者なら誰でも知っている。
なんならさっきまで目の前にあったモノと同じモノだ。
しかしその中身が決定的に違った。
「……水色?」
そう、俺らが知るポーションの色は青だ。
水色なんて見たことがねぇ。
いや正確には、見たことはねぇが聞いたことはある。
「まさか……ハイ・ポーション?」
「げぇ!?」
それはダンジョンに潜っているヤツなら誰でも知っている。
それは現在ダンジョンから得られる恩恵の中で最も単価が高いブツの上位品。
それは振りかければ四肢欠損すら癒し、飲めば内臓を活性化させて人体を五歳若返らせると言われる魔法薬。
ダンジョンがこの世に出現してから半世紀経った今でもその原理は欠片も解明されておらず、企業や研究者が血眼になって研究しても劣化版ですら造れていない貴重品のさらに上。
ギルドが定めた買い取り価格は一億円。
だが競りに出せば一〇億円は固い超貴重品。
世界中の金持ちが求める魔法薬だ!
「おぉ。正解です。よくご存じですね」
よくご存じですね。じゃねぇよ!
そんな貴重品をこんなところに持ってくるんじゃねぇ!!
咄嗟にそう叫ばなかった俺は本当に偉いと思う。
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