第二十二話 合格、ですよ
「‥‥しつこいわね」
リリムが、再び戦闘態勢に入る。
突き飛ばされた女性も、すぐに立ち上がって男を睨みつける。
「これで貸し借りなしよ」
リリムは女性を見ずに、しかし余裕を込めて言葉を放つ。
女性もリリムを見る事なく、無言で男を一心に睨みつける。
それはほんの1秒か2秒の間、しかし、時が止まったかのような感覚を、堂本は感じた。
先に、男が動いた。
『大地の咆哮!!』
男が先ほどと同じ呪文を唱える。
三人のいる地面にヒビが入る。
三人は同時に後ろに向かって逃げ出す。
しかし、瞬時に男に回り込まれる。
『土束千縛!!』
女性が先ほど男を捕らえた呪文を唱える。
しかし、今度は男を捉える事ができず、逆に男は呪文を唱えている隙をつき、女性の目の前まで一瞬で移動した。
「危な」
堂本が注意する間もなく、男の拳が女性の腹目掛けてヒットした。
女性は数メートル吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
リリスは瞬時に女性の事を頭から追い出し、男を倒す事だけに集中をする。
しかし、堂本はそれができなかった。
堂本の視線が女性の方に向いたその瞬間に、男は堂本を狙った。
「御主人様!!」
リリスが咄嗟に堂本を突き飛ばす。
その瞬間、先程まで堂本がいた場所、つまり今リリスがいる場所に男の拳が叩き込まれた。
リリスはそのまま後ろに吹き飛ばされる。
「リリス!」
堂本が叫ぶが、リリスは反応しない。
「次はお前の番だ」
嫌らしい笑みを浮かべたまま、男は、ゆっくりと堂本の方を向いた。
「ようやく、お前だけだな」
その時、ようやく堂本は男が初めからこれを狙っていた事に気づいた。
男は堂本が魔術の扱いや戦いそのものに慣れていない事に気づいたのだろう。
だからこそ、速攻をしかけ他の二人を先に戦闘不能にした。
堂本は、それを理解すると同時に男の姿を眼に映し、今自分が何をすべきか考える。
(この人の魔法は、自身の体を強化する魔法‥‥)
それは、男自身が告げた事だ。
(次は、速度を上げて、こちらに突っ込んで来る‥‥)
さきほどまで、彼はスピードを上げる以外の事をしてきていない。
つまり、攻撃そのものは単調だ。
(でも、僕には、その攻撃を防ぐ術は‥‥ない)
堂本は、この世界で魔法と呼ばれるものをなんとなく理解し始めていた。
魔法というものを使うには、前口上のような詠唱や呪文の名前が必要だという事。
今までの魔法使いは、ほとんどがそうだった。
だからこそ、堂本は男の魔法を防げない。
(僕はこの魔法の‥‥使い方を知らない)
今まで、堂本は誰かの唱えた魔法をそのまま使ってきた。
しかし、男が使っているこの魔法は、唱えたところを見ていない。
(なら‥‥)
堂本が構える。
男はそれを待っていたかのように動いた。
男は圧倒的な速度で一直線に進んで来る。
『土束千縛!!』
堂本は女性が男は捕らえたあの呪文を唱える。
堂本の目の前から、土を出来た綱が現れる。
突っ込んできる男をそのままその綱で捕らえる―――はずだった。
しかし、男は綱に捕らえる直前に、地面を強く蹴り、跳躍した。
男はそのまま堂本を飛び越える。
男はニヤリと笑い、地面に着地する。
次の一歩で勝負が決まるという、確信に満ちていた。
男が一歩進もうとした、その瞬間だった。
再び足元の土が綱となり、男の体を捕縛した。
「なっ‥‥」
男は絶句し、堂本は、安堵の表情を浮かべた。
堂本は一呼吸おいて無言のまま男に近づく。
捕らえた男は、抵抗せずにただ堂本を睨みつける。
堂本は男の側に寄る。
その時、堂本の背後から女性とリリムが起き上がる音がした。
「二人共、大丈夫ですか?」
堂本は振り返って二人に声をかける。
その瞬間、捕縛された男はその綱を強引に引きちぎろうと、一気に魔力を開放した。
「御主人様!」
リリスが堂本に向かって叫ぶ。
堂本が後ろを振り返ると、大地に伏せられていた男が綱を引きちぎり、起き上がろうとしていた。
リリムが、堂本を守るために傷ついた体を無理やり動かそうとした時だった。
堂本が男に向けて手をかざす。
『白き稲妻』
堂本の手から放たれた一撃は、男を直撃した。
すると、男の体は、白い煙になって、消えてしまった。
「‥‥え?」
3人はあっけにとられる。
しばらくすると、パチパチと乾いた拍手の音がした。
「合格、ですよ」
そこには、柳井の姿があった。




