88_終わりはいつだってあっけないようなもの
「マオウルドットーーーー!!!」
【へっ!?オレっ?なになになに~っ!?】
マオウルドットの意識がきちんとこちらに向いたことを確認して、私はすぐさま作戦実行に移る。
「今からすっごくたくさん魔力をそっちに渡すから、受け取ってーーー!!!」
【はっ?どういうこと?】
怪訝そうな念話を受け取るけれど、それに対して返事をする余裕も、ましてやゆっくり説明する余裕ももちろんない。
本当は事前に話しておいた方がよかったのだとは思うけれど、これは本当に最後の手段だと思っていたし、まさか本当にこうすることになるとは思わなかったのだから、その辺の詰めの甘さは許してほしいところね!色々急展開すぎて時間もなかったし!
そんなことを思いながら、私は悪魔の魔力を引き込む先を、展開していた闇魔法で作った空間から右耳に揺れるイヤリングへと一気に動かす!
これは、エリオスがマオウルドットの封印を変換したときに、封印と繋げた赤い石のイヤリングだ。
この石に魔力を流せば、マオウルドットの封印が緩む──つまり、この石に流した魔力は全て、マオウルドットへと流れることになる。
誇り高きドラゴン、私の大好きな親友。
数ある未来、その一つに、人間──エルヴィラに消し飛ばされる可能性があった悪魔の魔力なんか、ぜーんぶ飲み込めちゃうわよね??
もちろん、イヤリングの石は小さい。さっきまで魔力を引き込んでいた闇魔法の空間は好きなだけ入り口を大きくできたけれど、この石はそうはいかない。つまるところ、とんでもなく繊細な魔力操作が必要になるわけで。
──予知夢の私には、無理だっただろうなあ。
怒りに我を忘れ、闇魔法を暴走させた私には、今みたいなことはきっとできなかったと思う。
リリーベルの頃の記憶を思い出し、予知夢の私よりもずっとずっと魔力操作の腕が上がっている私。おまけにリリーベルの頃に貰った魔力を取り戻し、予知夢や、エリオスの話、たくさんのヒントをもらった今の私だからこそ、できることだった。
額に汗がにじむ。
こんなに集中しているのは久しぶりで、視界がチカチカする。
それでも私は必死に、全身を押しつぶすほどの魔力をイヤリングから溢れてしまわないように、慎重に、瞬時に圧縮して、流し続けた。
【ぐ、ぐ、う、ぎぎぃ、ぎゃあああッ!!】
そして、耳を塞ぎたくなるほどの断末魔を最後に、あれほど大きく溢れていた悪魔の魔力が、一瞬にしてその場から消え去ったのだった。
辺りがシン……と静まり返る。
「や、やったの……?」
最初に声を発したのはエルヴィラだった。違う、エルヴィラくらいしか声を出せなかったのだ。
エリオスもフェリクス様もずたぼろの満身創痍、カイン様はあまりのことに放心状態、私だってもう今この瞬間、うめき声すらあげられる気がしない。
(さ、さすがエルヴィラ……光魔法覚醒者の余裕ってやつね!)
普通はさっきまでこの場に溢れていた悪魔の魔力にあてられて、平然となんてしていられないわよ!闇魔法に対して強い光魔法を持つエルヴィラだからこそ、あの距離で悪魔の魔力の影響を受けても平気で立っていられるのだということは明白だった。
しかし、私はそうも言っていられない。くたびれ果てて振り向くことも出来ないまま、私はなんとか声を出す。
「エ、エルヴィラ……とりあえずフェリクス様に、回復を…………」
「キャアッ!そうだわ!フェリクス様っ!」
結論から言うと、フェリクス様もエリオスも、無事だった。
終わってみればあっけないほどに、悪魔の気配も、呪いの気配もその場からは微塵も感じられなくなっていた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「フェリクス様が呪いの力を全て受け止めていてくれたから、どうにかなりました!ありがとうございます!」
その場にいる全員がエルヴィラの治癒を受けて、普通に動いたり話したりができるほどに回復したころ、私はまずフェリクス様にお礼を告げた。
本当に、フェリクス様が辛い役目を引き受けてくれたからこそ、私の思惑が上手くいったんだものね。そうでなければエリオスはすぐに取り込まれてしまっていただろうし、そうなれば私も一瞬で飲み込まれていただろうと思う。
「いや、あなたの役に立てて良かった。それに、呪いも……。本当に呪いがなくなったなどと、まだ信じられない」
どこか熱に浮かされたようにそう呟くフェリクス様。
それはそうよね。小さな頃からずっと呪いに悩まされ続けてきたフェリクス様。私は予知夢のおかげで、どんな風に未来が変わってもその呪いが解けると知っていたわけだけれど、フェリクス様にとっては突然『呪いが解けるかもしれない』と聞かされて、すぐに実際に呪いから解放されることになったんだもの。
「リリーベル、本当に、運命を変えたんだ……」
エリオスも、まだどこか呆然としているようだった。
運命を変えた、か……。
アリス様は、運命は変えられないと言っていた。実際、予知夢で私がその変わらない運命の部分だと思っていた部分──エルヴィラの覚醒と、フェリクス様とレーウェンフックの呪いが解けること、は実際にその通りになった。思っていた流れとは随分違った結果にはなったけれど。
(私は『エルヴィラがフェリクス様の呪いを解く』ことまで運命のうちだと思っていたわけだけれど……)
果たして、どこまでが運命だったのか。今となっては分からない。
私は本当に運命をねじ伏せることができたのか。はたまた、私が運命の部分を取り違えただけで、やっぱり運命の部分は変わらず、出来る限りの範囲で未来を変えただけに過ぎないのか……。
まあ、考えたって答えはでないんだもの!どっちだっていいわよね!
私の大切な人達は誰一人死ななかった!みんな生きている!それで十分だわ。
そう、思っていたのだけれど。
「きゃあああ!」
レーウェンフックの屋敷に戻っていた私たちは、辿り着く前に屋敷の方から聞こえてきた悲鳴に目を見合わせた。
(今のは……アリーチェ様の悲鳴だわ!!)




