87_弱くても強くても、誰かに頼って全然いい
猫ちゃんたち3匹以外は私のことを本気で心配してくれているようだけれど、心配いらないと伝えることも出来ない。そして、悪魔から発されるあまりに強い魔力に誰もその場から動けず、立っていることさえままならないようで、呪いの影響を受けていないエルヴィラも、顔だけあげて膝をついたフェリクス様に寄り添うように座り込むような形になっているし、カイン様も猫たちを抱き込んでその場にかがみこんでいる。
そんな中で私はその瞬間を待っていた。悪魔が見えない一線を越えて、この状況を一瞬で覆すことができるようになる、その時を。
(あとちょっと、あとちょっとだわ……!うぅ、それにしても、本当にとんでもなく強い魔法をぶつけてきちゃって!!さすが、人への擬態が不完全とはいえ、リリーベルだった私を生贄として喰らって、エリオスの魂を何百年も縛り続けてきただけあるわね!)
しかし、逆に言えば、そんな悪魔が『人への擬態は不完全であること』がポイントなのだ。
──ヒントはたくさんあったのよ。
例えば、そもそもこの悪魔が魔法陣を使って召喚された悪魔だということ。
上級悪魔は、そんなものなくとも人間の世界に来ることができる。もちろん、どんな時でも好き勝手に、とはいかないようだけれど、魔法陣に応える悪魔はせいぜい中級がいいところ。つまり、魔法陣から召喚されたということは、私を取り込む前のこの悪魔は、そこまで強くなかったはずだっていうことの証明になる。
次に、この悪魔がすぐにエリオスの願いを叶えなかったということ。
悪魔は悪趣味だから、私を取り込んで強くなって、良い気になって……それで、エリオスの心を弄んで楽しんでいたんだと思うけれど、それが裏目に出たわね。だって、魂を縛り続けるのにもエネルギーがいる。おまけに相手は、いまや『大賢者』と呼ばれるほどのエリオスよ?
エリオスを取り込んでしまえば、もったいつけて焦らしていた分、使っていたエネルギーの何倍もの力を手に入れることができるでしょうけど、今、この悪魔の力はかなり少なくなっている状態のはずだと推測できる。だから、人への擬態も完全ではない。
そして、だからこそ、私にとってはラッキーだった。この悪魔がもう少しせっかちで、食いしん坊で、「人が嫌がることをするよりも、自分の欲求を満たしたーい!」なんてタイプだったら、きっと私はこの悪魔には敵わなかったもの!
もっと言うなら、この悪魔は予知夢で、人間であるエルヴィラに消しとばされたのだ。いくらエルヴィラが聖女と呼ばれるようになる力を持っていたって、本当に強い悪魔だったらそう簡単にはいかない。
これらのことによって、私はいけると判断した。
さて、それじゃあ、何をどういけると思ったかと言うと。
(それは……こうよ!!!)
悪魔が私に向かって放つ魔力がどんどん強くなっていく。私の弱い光魔法の防御では完全に防ぐこともできず、肌がピシピシと刻まれる。
そして、その時はきた!!!
ブワリと一気に魔力の圧が強まったその瞬間、ついに悪魔の闇に飲み込まれる直前に、私は光魔法を解除して──
一気に闇魔法で空間を作り、そこに魔力を引き込んでいく!
【ナ、ナニ!?】
突然魔力を引き摺り込まれるような感覚に、悪魔がたまらず戸惑った声を出した。
ふっふっふ!魔力はある程度の強さを放出すると咄嗟に引っ込めることが出来なくなるからね!これでどんなに慌てても、悪魔は魔力を私にぶつけることを止めることができないまま私に魔力を吸われちゃうってわけよ!
この悪魔の今の強さは、元々リリーベルを取り込んだことによって手に入れた部分が大きい。そして、今の私はリリーベルの頃より、人間になったことでアリス様からもらった魔力を何倍も上手く使えるようになっているし、ルシルとしての潜在能力の分、前よりずーっと闇魔法が得意なの!!
私の予想では、このまま悪魔が乾涸びてしまうまで、悪魔の力を私の闇魔法で吸い込み尽くしてしまえるはずだった。
これはフェリクス様の呪いから着想を得たのよね!フェリクス様は手で触れた対象の魔力を、ミイラのように乾涸びてしまうまで吸い上げてしまうと言っていたもの。
(ふふん!この悪魔めっ!自分がかけた呪いと同じような方法でやっつけられるなんて、いったいどんな気分かしらー!?)
──けれど、予想以上に悪魔の力が強大で、吸い込みきれない!それどころか、このままでは逆に私が飲み込まれてしまう……!
【うふ、うふ、うふ!ば〜か!】
私の思惑がうまくいかないことを確信して、悪魔が再び嬉しそうに笑う。子供のように無邪気に、遊びに夢中になるように、心の底から楽しそうに。
(うーん、エルヴィラの大体の力を見て、頑張ればいけるって思ったんだけど……)
予知夢でのエルヴィラの覚醒のきっかけは、私の闇魔法の暴走だったけれど、今回は大型でとても危険な魔物との対峙だった。
きっと、あの魔物よりも私の魔法暴走の方がよっぽど強力で、きっかけが弱かった今回のエルヴィラの覚醒は、予知夢よりも強くなかったんだわ!!!
(これはうっかりしていたわ!大体悪魔の力をエルヴィラを基準にして考えちゃっていたから、私が思っていたより悪魔の力が強いのね!)
私はここからどうするべきかを考える。もはや濁流のような悪魔の魔力に包み込まれて、視界は真っ暗で何も見えない。けれど、後方でフェリクス様の苦しそうな声と、エルヴィラの悲鳴が聞こえた。
フェリクス様、無理させてしまっているわよね……。
予知夢の通り、エルヴィラが覚醒の勢いで悪魔を呪いごと消し飛ばしてしまっていれば、彼がこんなに苦しむことも、痛い思いをする必要もなかったのに。
私が運命をねじ伏せたいと願ったばかりに、フェリクス様を苦しめている。
だからこそ、私はなんとしてでもこの悪魔をやっつけて、フェリクス様とレーウェンフックを、呪いから解放する義務がある。
これは……仕方ない……万が一のときにはって考えていた、プランBに移行するしかないわね……!!!
アリス様が一度だけ言っていたことを思い出す。
『アタシの可愛いリリーベル。アタシは美しくて、誰よりも強くて、最高の存在で、リリーベルという何よりも大事で愛する存在もそばにいる。幸せだわ。だけどね、そんなアタシにもひとつだけ後悔していることがあるのさ』
『そうなの?それはなあに?』
『もっと、人に頼る生き方をしてもよかったかもしれないなってね』
『ふうん……?』
あの頃は、毎日が幸せで、全てがうまくいっていて、おまけに呑気な猫だった私には、今思えばいまいちピンときていなかったなあ。
だけどアリス様は、いつだって大事なことを教えてくれていたね。
あんなに無敵だったアリス様だって、そう思っていたくらいなんだもの。
弱っちい私は、大好きな人たちを、全力で頼るよ。
悪魔に集中していて、念話だけで言葉を飛ばすのが難しいので、私はすうっと息を吸い込むと、思い切り叫んだ!
「マオウルドットーーーー!!!」
【へっ!?オレっ?なになになに〜っ!?】




