83_突然ですが打ち明けます!
私の言葉に、エルヴィラが口をつぐむ。
「ルシル?一体ここで何を……」
後ろから突然そう声をかけられて振り向くと、エリオスの側に並んで、いつの間にか馬に乗ったフェリクス様が到着していた。その向こうには同じく馬に乗ったカイン様もいて、おそらく彼らもエルヴィラの覚醒に気づいてやってきたのだろう。
だけど、今はそれよりもエルヴィラとの大事な話の途中なのだ。私はフェリクス様たちをそのままに、もう一度エルヴィラに向き直る。
エルヴィラは「えっ、フェリクス様のことはスルーなの?」と戸惑っているけれど、気にしない気にしない。
「エルヴィラ様の言っていることは正しいと思います。だけど、私はそれでも私のやりたいことを貫きたい」
「……それが、フェリクス様を苦しめるとしてもですか」
視界の端で、自分の名前が出されたフェリクス様が肩を揺らすのが見えたけれど、私はエルヴィラから目を逸らさずに答えた。
「はい!フェリクス様には大変申し訳ありませんが、やっぱり私の中にはエリオスを見捨てる選択肢はないので、フェリクス様にはもう少し我慢してもらいたいです!ちなみに、たとえエリオスが自分のことは自分で守れたとしても、その気持ちは変わりません」
エルヴィラは固い表情のまま、じっと私を見つめる。
「どうしてそこまで、エリオス様のために心を砕くのですか?ルシル様とエリオス様には一体どんな関係があるんですか?…………婚約者であるフェリクス様の気持ちを、最優先で考えてあげればいいのに」
うーん、エルヴィラがそう思うのも当然だわ。彼女にとってエリオスはなんとびっくり子供の姿をしてはいるものの、噂ではよく語られる偉大な大賢者様でしかないわけで。一見なんの関係もなさそうな私がエリオスにこだわる理由が気になるのも無理はないわよね。最後の方は声が小さくてよく聞こえなかったけれど、少なくとも最初の質問には答える義務があると感じられた。
それに、ずっと思っていたけれど、実際のところ、最初から隠す理由なんて全くないのよね!ただちょっといつ言えばいいのかよくわからなくなってタイミングを逃していただけで。
ということで、私はバチッと今まで言っていなかった事実を打ち明けることにした。ちょうどフェリクス様やカイン様もいるし、タイミングがよかったわね!
「実は私、前世は世界一可愛がられたと言っても過言ではないほど愛された猫でして!色々あって何百年も生きていたんですけど、エリオスはその最後の飼い主だったんですよ。でもエリオスってこの通り子供だから、飼い主といえどまるで姉のような気持ちで。うふふ!だから私は姉として、エリオスが死ぬのを黙って受け入れるわけにはいかないんです!」
一気に捲し立てると、エルヴィラはかっと目を見開いて悲鳴のような声を上げた。
「待って!情報量がすごくて理解できない!」
「そうですか?ご要望であればあとでゆっくりお話ししますよ!今はとにかく、やることがありますからね!」
「ちょっと、ええっ!?あの、色々気になるけど、今ルシル様、エリオス様が死ぬって言いました!?」
「えっと、さっきからそう言ってませんでしたっけ?」
「聞いてませんよ!消し飛んでしまうとは言っていた気がしますけどあんなにサラッと言われて、危険に晒されるっていうのが命の危険だなんて思わないじゃないですか!」
エルヴィラは声を裏返して叫んでいる。
あらっ、ひょっとするとこれは私が悪かったのかもしれないわね。てっきりエリオスの死の危険のことをハッキリ伝えたつもりになっていたわ!
……だって、もうずっとずっと前から、悪魔と関わることは常に死と隣り合わせの危険を含むことが、当然だったから。
「危険っていうのが死ぬことだって知っていたら、私だって仕方ないとか言いませんよ……!うう、私はもっと正しい人間のはずなのに、なんだかとんでもなく邪悪になってしまった気分」
「ええっと、エルヴィラ様は全く邪悪ではないので、大丈夫ですよ!」
なんたって、もうすぐ聖女と呼ばれるようになる人ですからね!
項垂れるエルヴィラを励ましていると、エリオスの呆れた声が聞こえた。
「全く……リリーベルは昔から、興奮すると何を言いたいのか全く伝わらなくなるところがあるよね」
その言葉を拾ったフェリクス様が、呆然とした顔をしている。隣のカイン様も同じような顔をしていて、うっかり感心してしまった。主従ってやっぱり似てくるのねえ。一緒にいる時間が長いからかしら?犬や猫も、飼い主に似るというものね。もっとも、私が歴代の愛する飼い主たちに似ているかと言われれば、ちょっと首を傾げてしまうけれど。
だって、みんなちょっと変わっていたんだもの!
「リリーベル……ルシルの、前世の名前なのか……?まさか今の話は、本当に……」
フェリクス様がそうぽつりと呟いたのを聞いて、エルヴィラ以外にもきちんと前世の話が聞こえていたことがわかったので、私はすかさずお願いすることにした。
「ということでフェリクス様!大変心苦しいですが、お手伝いしていただけますか?多分、とっても痛くて大変で苦しいと思うのですが……」
言いながら、我ながらなんて非道なことを口にしているのかしらと思えてきて、思わず声がどんどん小さくなる。私の方こそとっても邪悪になった気分だわ!
さすがに痛くて大変で苦しいなんて、難色を示されるかもしれない。そうではなくとも、もっと詳しく、きちんと説明しろと言われるかもしれない。
そう思ったけれど、フェリクス様は一瞬も迷うことなく頷いてくれた。
「わかった。俺はどうすればいいんだ?」
あまりにもあっさりと承諾されて、聞いておきながら私は驚いてしまう。
「えっと、本当にいいんですか?」
「ああ。ルシル、あなたがしたいと思うことを俺は尊重したい。たとえそれが俺に不利益をもたらすものだとしても、俺はあなたの心を信じているから」
まあ、なんてことでしょう!フェリクス様が寄せてくれているのは、私への最大の信頼だわ。私は不覚にもちょっと感動してしまった。
予知夢の私は嘆いていた。バーナード殿下にも、フェリクス様にも最後まで見てもらえず、蔑ろにされた可哀想な自分のことを。
だけど今、目の前にいるフェリクス様は私を真っ直ぐに見つめて、私の心を信じていると言ってくれるのだ。
「ただ、正直状況は全く飲み込めていないから、できれば後で説明してくれ」
「うふふ!もちろんです!」
私は本当に幸せだわ!だから絶対、エリオスにも未来の幸せを味わわせてやらないといけないわよね!




