79_リリーベル、聞いてくれる?(エリオス視点)
リリーベルに出会った頃の僕は、自分のことを話したがらなかったのを覚えている?
あれはさ、リリーベルといるのが楽しくて、幸せで、だからそれ以外のことはどうだってよくて、リリーベルが関係していない部分の自分のことなんて、心の底からどうでも良かったからなんだけど。
これから話すことは僕の出生も関係してくるから、今更だけど聞いてくれるかな?
リリーベルが生贄になって、そのおかげで召喚された悪魔に願いを叶えてもらう約束をして、僕は間接的にリリーベルの魔力の恩恵を受けることになったんだよね。リリーベルは予知夢を見られたし、記憶力も良かったでしょう。だから、リリーベルと出会うよりもっともっと小さい頃の、普通なら成長とともに忘れていくはずの記憶も、僕は忘れなかった。やがて時間が経って、その記憶がどういう意味だったのかを理解できるようになった頃、自分に起こったことや置かれた状況の全てを理解する羽目になったんだ。
ちなみに、予知夢については、すぐに見られたわけじゃないんだけどね。あれはまた特別な力だから。
僕は、とある貴族家の次男として生まれた。次男って言っても、兄は同い年だ。僕は双子だったんだから。
でもね、本当に馬鹿げたことだけれど、その家には『双子は忌むべき存在』っていう風習があってさ。というか、昔はどこもそうで、僕の家はそれが特別強く信じられていたって言うべきかな。
ほんの赤ん坊の頃に、よく耳に飛び込んできていた。
『早く、処理しなくては』
『この家が呪われてしまう』
『しかし、どう処理したものか……』
『それなら自分に伝手がある──』
もう分かったかな?僕は、自分の家族、親だった人に、売られちゃったみたいなんだよね。
それも、秘密裏に悪魔の生贄になるような存在を集めている、公には出来ないような存在のもとに。
賢いリリーベルならなんとなく察したかもしれないけれど、僕が生まれた家はなかなかの高位貴族だったらしい。そうでもなくちゃ、そんな裏に生きる組織なんかと繋がることはできないよね。貴族なんて、大抵は汚いことに手を染めてるやつばっかりだよ。それはこの何百年もの間にすごくよく身に染みた。
とにかく、高位貴族の生まれだった僕はなかなかの魔力持ちで、とてもいい生贄になると喜ばれていたっけ。
実際に生贄に捧げられるまでに時間があったのは、ただ運が良かっただけだよ。
力のある権力者の大きな願いを叶えるタイミングで、力のある悪魔に上質な生贄を捧げられるよう、僕は『飼育』されていたんだ。
そして、リリーベルに出会った……。
その一点だけを見るなら、僕は家族だった存在に感謝しかない。だけど、僕が悪魔の生贄で、その身代わりになったせいでリリーベルがいなくなったことを考えると死ぬほど腹が立つし苦しくなるから、感情って厄介だ。
いけない。リリーベルが絡むと、すぐに余計なことまで考えちゃうな。
悪魔の願いの叶え方は悪趣味だった。僕はてっきり、すぐにリリーベルを返してくれるのかと思っていたのに。まさか僕の時を止めて、リリーベルが生まれ変わるまでの長い長い時間を待たされることになるとは思わなかったんだもの。
それでも、こうしてリリーベルには会えたんだから、悪魔には感謝の気持ちもあるんだ。こんなことを言ったら、正しいリリーベルには怒られちゃうかもしれないけれど……僕の中では、悪魔に対してとっても複雑に色んな感情が取り巻いていて、ちょっと説明しづらいんだよね。
とにかくそうやって悪魔に願いを叶えてもらうことになって。代償を払うことになったってさっき言ったと思うけど、代償を払うのは僕だけじゃなかった。『僕の血』が、存在が、全て代償みたいなものだった。普通なら、命が絡む僕の願いはあまりにも大きくて、並みの悪魔じゃあ叶えられなかったみたいなんだけど、そこはリリーベルの生贄としての質の良さと、代償が僕をとりまく広い範囲で支払われることで実現されたんだ。
分かりにくいかな?ごめんね、こんなことを誰かに説明するのは初めてだから……僕が理解できたのは、自分自身が代償で、肌で、血で、その事実をなんとなく感じることができたからだからさ。
分かりやすく言うと、代償を払うのは、僕と、僕の血族だった。
僕はすぐに孤児になり、名前も与えられなかったけれど、本来の姓は『レーウェンフック』。フェリクスは、僕の双子の兄のずっとずっと後の子孫ってことになるね……。
だから、このレーウェンフックの地とフェリクスが呪われているのは、僕と、僕の家族だった人たちのせいなんだよ──。
長い時間を経て、僕の願いは叶えられた。悪魔が僕の時を止めるために使った大きな力は、僕自身に呪いと共に返される。僕は最初から、願いを叶えてもらった後に、悪魔に取り込まれて死ぬことが決まっていたんだ。
けれど、そのままそれを受け入れていては、同じく代償を払い続けているレーウェンフック……フェリクスだって、ただではすまない。
そこで、エルヴィラ・ララーシュの出番だよ。彼女が光魔法を覚醒させて、呪いの全てを悪魔ごと力尽く消し飛ばすことで、僕が悪魔と共に消し飛ばされるだけで済む。それも、僕が生きている間じゃないとダメだよ。僕が死ねば、僕の分も悪魔は強くなっちゃうからね。今は僕の願いを叶えるために、ちょっとばかり弱っているから、ギリギリ人間のエルヴィラの力でなんとかなるってところかな。
つまりエルヴィラがいないと、きっと被害は僕とフェリクス、レーウェンフックの地だけじゃ済まなくなる。なんたって、相手はリリーベルを喰らった悪魔なんだから、すごく力が強いのは想像できるでしょう。
せっかく生まれ変わったリリーベルを、僕はもう巻き込みたくない。
これで、フェリクスとレーウェンフックの地は呪いから解放されて、ハッピーエンドだ。
ええ?ハッピーエンドでしょう?だって、僕や僕の家族だった人たちは自業自得だけれど、フェリクスはとんだとばっちりだもの。
フェリクスのことが嫌いだったのは、ただの僕の八つ当たり。だって、フェリクスはこれからもリリーベルのそばにいられるんだ。僕にはないリリーベルとの未来が、あいつにはあるんだもの。僕のせいで呪われたフェリクスのことをそんなふうに思うなんて、自分がすごく嫌な奴だってわかっているよ。
でも、感情って、頭でわかっていたってどうにもできないでしょう?
今まで黙っていてごめんね。どうせ死んじゃうなら、本当のことを話してリリーベルに怒られるのも嫌だったし、少しでも楽しい思い出だけもらって、幸せなまま、消えてしまいたかったから──。
ああ、こんなに長い時間たくさんの子孫にあたる人間を苦しめてしまった。
だけど、もうすぐさよならだから。だから。
ひどく悪い行いをしてしまった僕のことを、どうか許さないで、大好きなリリーベル。




