73_エルヴィラは正しく生きたい(エルヴィラ視点)
フェリクス様のお側にいること、嬉しかったけれど、最初はルシル様のことも気になっていたの。
だけど、ルシル様はいつも離れにいらっしゃるし、人に囲まれて楽しそうにしていて。ほんの少しだけ、心の中で、『フェリクス様は大変なのに……』と思っていたのは否めない。
それにね、驚いたのだけど、いつもルシル様と一緒にいる男の子って、あの大賢者エリオス様なんですって!実は留学している兄が大賢者様のファンで、よく話を聞かされていたのよね。
見た目も年齢もほとんど知られていなくて、噂になるのはその人の逸話ばかり。
呪いに精通していて、どんな呪いでも解くのだとか、人々を救ってまわっているとか、王家に知恵を貸しているのだとか……私には難しくて分からないことも多かったけれど、その名にふさわしい功績を次々に残しているから、自由な振る舞いを許されているのだと聞いていたのよね。
それが、あんな幼い子供の姿で、まさかレーウェンフックにいらっしゃるなんて!!
ルシル様の周りには他にもたくさんの人がいるけれど、フェリクス様の側にはカイン様だけ。ルシル様も、もっとフェリクス様のことを気にして差し上げればいいのに!……なんて、思っていたけれど、二人の婚約についての真相を知って、悲しくなった。
それじゃあ、フェリクス様には、心に寄り添ってくださる人はいないの?
……ルシル様にそのつもりがないのなら、私がお側にいてあげたい──。
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「ララーシュ嬢、君の光魔法の能力も随分向上したな。上手く魔法が扱えないと悩んでいたことが嘘のようだ」
フェリクス様にそう褒められた時、私はとっても嬉しかった。
「!!っはい!今までありがとうございました。これからも、フェリクス様たちが安心して討伐を行えるように、精いっぱい私が──」
だから、それを言われた時、何を言われたのかよく分からなかった。
「これで、レーウェンフック以外のどこへ行っても、きっと君は大事にされ、上手くやっていけるだろう。よく頑張ったな」
「え……」
レーウェンフック以外のどこへ行っても?
それじゃあまるで、ここで光魔法を使うことはもうないみたいな言い方ではない?
なんだか嫌な汗が出てきて、慌てて少しだけ話をそらす。
「そ、そうですね!フェリクス様の呪いも、私が触れることでかなり軽減されているようですし、これからもきっとお役に立てます!」
「……いや、その必要はない。君には感謝しているが、ここ以外にもっとその能力を発揮できる場所があるだろう」
「でもっ」
そこで、私は初めて気がついた。フェリクス様が、困った顔をしている。
なんで?だって、私の側にいれば、体が軽いでしょう?私はフェリクス様を少しでも助けて差し上げたいだけなのに……。
そこに、淡い気持ちが存在するのは否定しない。だけど、なによりも私の力が役に立つのならば、少しでもその体を楽にしてあげたいという気持ちに嘘はない。
(呪い自体もそうだし、意に沿わない婚約で、きっと心も苦しんでいるはずだもの)
呪われ辺境伯の噂はもちろん私だって知っている。聞いてみてもはぐらかされるから、その詳しい内容は知らないけれど、いつもの不調が呪いの影響なんだろうなって、それくらいは簡単に想像がつく。私と一緒にいれば、その症状が緩和されることは証明済みだし。
だって、大賢者様がすぐ近くにいるのに、呪いを解いてくれていないって言うことは、きっと、大賢者様にも解けない呪いなんだってことよね?そんな強い呪いを少しでも軽くできる私の存在って、きっとフェリクス様にとって特別なはずでしょう??
フェリクス様は最初の時以外、手袋を外すのを渋るけれど……毎回強引にでも、なんとかするようにしていた。だって、絶対に体は楽になっているはずで、そうすることで良いことはあっても、悪いことなんてあるわけがないのに、私に対して遠慮なんてしないでほしい。
それなのに、フェリクス様は気遣う言葉ばかりを口にする。
「君をこれ以上レーウェンフックに置くことはできない。君の将来にも差し障るだろう」
「そんな、私は、大丈夫です!」
自分の呪いのことを一番に気にして欲しいのに!私の将来なんて、どうにでもなるもの。この力を使って、人々を助けることも、私にとっては幸せな未来だわ。それに、もしも、もしもの時には、フェリクス様のおそばに置いてもらえたら……。もちろん、ルシル様とフェリクス様が普通の婚約者同士なら、私だってこんなことを考えたりはしない。だけど、違うのなら、婚約なんて贅沢は言わないから、せめて役に立ちたい。
そうできるだけの力を、私は持っている!
困り果てた顔のフェリクス様は、少し迷うようなそぶりを見せた後、小さくため息をついた。
「……俺は、どうやら人の機微に疎いらしい。どう言えばいいのか、言うべきかどうかが分からないから、自分の気持ちだけを正直に言う」
この瞬間まで、私は少しだけ期待していた。馬鹿な私。
「俺のそばにいてほしい人は、ルシルただ1人だけだ。君が善意で言ってくれているのは分かるが、俺がルシル以外をこれ以上そばに置きたくない。ルシルに誤解されるかもしれないことも、正直に言えば恐ろしい」
……私が、ルシル様のいる離れに行った時のことがよぎった。フェリクス様が離れに現れた時、ルシル様は、フェリクス様が私を迎えにきてくださったのだと思っていた。ううん、私もそう思ったの。どうしてそんな風に自惚れることができたんだろう?
あの時のフェリクス様、どこか焦っていた。顔色も悪くて、私はてっきり、体調が優れないから、私の力を求めて私を探してきてくれたのかと思ったの。
今更気づいた。フェリクス様はあの時、ルシル様に会いに行ったんだ。それなのに私がいて、誤解されて、傷ついていたんだわ。
私の行動が、フェリクス様を苦しめていたの……?
私は、今までずっと、家族に深く愛されて生きてきた。家族だけじゃない。使用人にも、屋敷に来るお客様にも、みんなに愛されて可愛がられてきた。私が望んだことは、そのほとんどが叶えられてきた。だから、勘違いしてしまったのかもしれない。
なぜか、私は思っていたのだ。フェリクス様も、私のことを好きになってくれるんじゃないかなって。だって、今まで私の周りにいる人たちはそうだったから。私を嫌う人なんて1人もいなかった。誰かに好かれないことなんて、想像もしたことがなかった。
なんて恥ずかしい勘違いなんだろう??
フェリクス様が気遣っていたのは、私ではなくて、最初からルシル様の気持ちだったんだわ……。
「で、でも、ルシル様はフェリクス様のことを、なんとも思っていないようで……」
違う、こんなことを言いたいわけじゃない。こんなの、ただの嫌な女の負け惜しみか、悪意のこもった意地悪みたいじゃないの。そうじゃなくて、私は、私は、そんな風に相手を傷つけることを、言うような人間じゃないはずなのに……。
だけど、フェリクス様は、自分の口から溢れ出た言葉に焦る私には気が付かずに、どこか満足げに微笑んだ。
フェリクス様はいつも基本的に無表情で、疲れた顔か、難しい顔くらいしか見たことはない。初めて見たその笑顔に、私は思わず息をのむ。
「そうだな。ルシルは俺にあまり興味がない」
「へっ?」
まさかその表情から、そんな言葉が飛び出すとは思わなくて、変な声が出てしまった。
「俺が最初から間違えたんだ。今もずっと間違え続けている。もう遅いかもしれないが、ようやく気付けたのだから仕方がないよな。……いつか、カインが後悔すると言っていた意味がやっと分かった」
フェリクス様は、私に話していると言うよりは、自分の気持ちを整理しているように見えた。
思わずカイン様の方を見ると、『やれやれ』とでも言っているような顔で、フェリクス様を見つめている。
そっか、ここには、私の知らないことがたくさんあるんだわ。
「言葉にすること、伝えようとすることの大切さを、君のおかげで理解できた。本当に感謝している。もしも君の望むものがこの場所で得られなかったのならば、本当にすまなかった」
違う。私は、『光魔法の向上のために』って言って、ここに来たんだもの。欲しかったものは十分すぎるほど得られている。ただ、少し、勘違いしてしまっただけ。
だって、私は善意のつもりだったけれど、フェリクス様にもカイン様にも、一度だって求められてはいないんだもの。
湧き上がる恥ずかしさを押しこめて、今までお世話になったお礼を言って、私はいつもよりもうんと早い時間に、レーウェンフックを後にしたのだった。
この後、第二部の起承転結の転に入っていく予定です……!




