72_カインは鈍い主人に頭を抱える(カイン視点)
「ハイハイハイ、そこになおれ〜!!」
「は?」
エルヴィラ嬢が帰った後、俺はすかさずフェリクスを立たせた。間の抜けた返事をしながらもなんとなく従ってぴっしり立っちゃうあたり、可愛いやつだよ本当に。
だけど、あれはいただけないだろ〜〜!
「なあ、あれってどういうつもりだったの?」
俺はたまらずフェリクスにたずねる。言い方に棘があるのは許してほしい。本当は今この場で頭を抱えてしまいたいくらいなんだからな。
しかし当の本人はどこか呆けた様子で、俺の言葉の真意を掴みかねているようだ。
「……あれとは?」
(うああ、そこからか〜〜)
俺の指摘がどこを指しているのか分からないってことは、自分の行動に問題点があることにも気づいてないってわけだ。
「あのね、お前がこれまで呪いを気にして人を寄せ付けなかったことは知ってる。そのせいで人の気持ちの機微を感じ取ることとか、自分の行動を客観視することが身についてないのも分かる。だけど、ちょっとは考えような」
寄せ付けなかっただけでなく、大抵の人間は呪いに加えて、フェリクス自身の見た目の威圧感に怯えていたせいで、近寄ってくる人間自体も少なかったしな。ただ、もう今までとは違うだろ?ルシルちゃんと言う婚約者がいる上に、フェリクスはそのルシルちゃんに好意を抱いてるだろ。長年一緒にいた俺の目を誤魔化せると思うなよ?まだまだはっきり自覚してないってことだけでも焦ったいのに、どんどん問題抱え込んでどうすんだよ!
しかし、フェリクス自身の気持ちを俺の口からはっきり言って自覚させるわけにはいかない。だってこういうのって自分で気づいてこそ意味があるだろって、俺は思うからさ。だからこそ、今の時点で問題には気づいてもらわないと。
俺は、フェリクスには幸せになって欲しいんだから。
そう思い、俺はフェリクスがいまいち理解できていない『あれ』の内容について話を向ける。
「あれって言うのはさ、エルヴィラ嬢の提案を受け入れた上に手袋まで外したことだよ!」
「ああ。……ララーシュ嬢は、俺の手に触れても呪いの影響を受けなかったな」
確かに、そうだった。あれにはもちろん俺だって驚いたさ。けどさ、違うから。
「今、それはどうでもいいから。問題はそこじゃないから」
分かっているよ。フェリクスは呪いが解けるかもしれないって可能性にばかり意識がいってるんだよな。大賢者殿の言葉については俺も聞いたから、それを加味してフェリクスがどう考えたかの予想もつく。
だから、そこは俺にとってはどうでもいい。考えたって、凡人の俺には分からないわけだし。
俺が指摘するのは、もっとこう、人の気持ちとかについてだ。
「エルヴィラ嬢、嬉しかっただろうな〜。お前が決してその手袋を外さないの、使用人たちに聞いて知ってたからな」
もちろん、呪いの内容については教えていない。そこまで親しくないし、親しくなるつもりがあるわけでもないしな。ただ、エルヴィラ嬢がしきりに不思議がるから、フェリクスの踏み込んではいけない部分として知らせただけだ。
「そうなのか?それにしても、何をそんなに嬉しいことがあるんだ?」
「お前さ、誰かが、誰にも言ってない秘密をお前だけに打ち明けてくれたらどう思う?」
「その誰かが秘密を抱えきれなくなったのなら、それを俺が聞くことになったのが偶然だとしても、少しでも力になってやれればと思うな」
……はいはい、俺が悪かったよ。気の抜けた善人め。いいことが全て「いいこと」だと思うなよ!
フェリクスはこんな見た目で、素直すぎるんだよ。ああ、ルシルちゃんがここに来たばかりの時、噂を鵜呑みにして酷いことを言ったことを思い出してしまって頭が痛い。どうしてよりによって、慣れないことするのがあの場面だったんだよ……あれで後悔と反省しちゃって、エルヴィラ嬢には強く出られないでいるし。
がくりと来たが、ここで矯正しはじめなければ、フェリクスが本当の意味で幸せになる姿を、一生見られない予感がする。それに、俺だってずっとお前の側にいられるかは分からないだろ?未来には何があるか分からないんだから。だから、いちいち俺が側でフォローしてやるなんてできないんだよ。自分でできるようになってくれなくちゃさ。
そう思い、気を取り直して質問を変える。
「じゃあ、ルシルちゃんが誰にも渡さない特別なお菓子をお前だけに分けてくれたら?」
聞くが早いか、フェリクスは少しだけ口角をあげた。なんだよその緩んだ顔。……お前も人間らしくなってきたよな。
「ルシルからの特別扱いか……悪くないな」
「そう、それだよそれ!普通はさ、自分だけに何かをしてもらったら特別扱いされてるって思うわけさ!お前がどんなつもりだったとしても、エルヴィラ嬢はフェリクスに特別扱いしてもらえたって思っただろうね」
「まさか、あれは治療の一環だったろう。おまけにあれだけ強引に申し出ておいて、こちらが受け入れたら特別扱いだと思うなんて……」
「普通なら、そうかもな。だけど、お前、タイミングが最悪だよ。俺がとりなそうとしたところを遮っただろ?あれで印象180度変わるって。まるでおまえが喜んで望んだみたいにも見える」
「…………」
フェリクスは黙り、難しい顔をして考え込んだ。
ああ、考えろ考えろ。じゃないと、このままのお前じゃあ、どう頑張ったってその初恋は実らないからな?
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──そんな感じで、生ぬるく見守っていたものの、思っていた以上にエルヴィラ嬢が曲者だった。
いや、曲者って言い方はよくないか。だって、彼女の行動は全て確固たる信念と善意のもとに行われているようだから。悪意なんてない。まあハッキリ言って、少しくらいは下心もあるんだろうけど、彼女はまごうことなき善人だ。
だけど、俺は思うんだ。『善人』が『いい人』であるとは限らないって。
世界も人間も、複雑にできているんだからさ。自分で自分のことが分からないなんてざらにある。フェリクスがいい例だよな。人の心がもっとシンプルで簡単なら、良いか悪いか、それだけでもいいかもしれないけど、残念ながらそうじゃない。
正しいことがいつも、誰にとっても正解だとは、限らないだろ。




