71_呪われ辺境伯フェリクス視点
ルシルが招き入れたエルヴィラ・ララーシュ嬢は、なし崩し的に俺の側で働く流れになってしまった。
とはいえ、それを受け入れたのは俺自身なので、文句は言えないが。彼女を拒絶せずに受け入れたのは、可能性を感じてしまったからだ。普通ならばズレるはずのない手袋、そこに触れたララーシュ嬢の指先、そして、それでも呪いがララーシュ嬢を傷つけることがなかったこと……。これが全て偶然ではなく、運命の導きだったとしたら?
こんな考えは馬鹿げているのだろうか。
大賢者殿の言葉が蘇る。
『もうすぐその呪いを解く力を持つ人が現れるよ』
彼女、なのかもしれない。俺の呪いを解く力を持つ人物。もしや、ララーシュ嬢がこのレーウェンフックで働くことを妙にルシルが勧めるのも、そういうことなのだろうか?ルシルも大賢者殿の発言に同調し、言っていたではないか。
『とんでもない力を秘めた人を、先日の王宮で見かけた』、と。あれは、ララーシュ嬢のことだったのではないか?
それを聞きたいと思うが、なぜかその後、ルシルと満足に話す時間が取れないまま、俺はララーシュ嬢を側に置き、カインとともに討伐に出る日が続いていた。
と、いうのも、少し減っていたはずの魔物の出現が、ここにきて急激に増えているのだ。
それに伴い、俺の呪いにもどこか変化があったように思う。
討伐を終えたあと、妙に体が重く、疲れている。ときには熱っぽく感じることもある。日が経つごとに目に見えて疲労を蓄積させていく俺に、ララーシュ嬢は言った。
「私の光魔法で、少しその疲れをとって差し上げることができるかもしれません。もしよければ、手を取ってもいいですか?あ、もちろん、その手袋もとってもらうことになりますが」
……一体、何を言っているのだろうか?
怪訝な顔をする俺に、ララーシュ嬢は慌てて付け加える。
「昔から、私が手を握ると、疲れが取れるとか、軽い風邪ならすぐに治ってしまうとか、屋敷で評判だったんです!あの、騙されたと思って、ぜひ!ほんのちょっとだけでいいので!」
そもそも、俺は人に触れられることが好きではない。小さな頃から長く呪いと付き合い、この手で人に触れてしまえば傷つけてしまう、という意識が刷り込まれているせいだろうか。もちろん、素手に触れなければ問題はなく、側にいるだけで影響を与えてしまうわけでもない。それでも、どこか自分の警戒心が、自分の近くに人が寄ることを嫌がっていた。
そんな気持ちが湧き上がらなかった相手はただ一人……ルシルだけ。
黙り込んだ俺の代わりに、カインがなんでもないようにとりなそうとする。
「ごめんね、エルヴィラ嬢。フェリクスは人に触れられるのが苦手なんだよ」
「え、そうなんですか。でも、治療のためですよ?ちょっとだけ私が触るだけで、楽になるはずなのに。私、お世話になっている分、少しでも役に立ちたいんですっ」
「あはは、そうかもしれないけど──」
「いや、いいだろう」
「えっ」
なおもララーシュ嬢を落ち着かせようとするカインの言葉を俺が遮ると、カインは驚いた声を上げた。それもそうだろう、自分でもなんの気まぐれだろうかと思う気持ちはある。
ただ、確かめてみたいと思ってしまった。……本当に、ララーシュ嬢が俺の呪いを解く力を持つ人物なのかどうか。はっきり言って、今のララーシュ嬢の力は極めて弱く、とてもじゃないが呪いを解くことができるとは思えない。なにしろ俺にかかっている呪いは、大賢者殿にも解けないものなのだ。
しかし、やはり、大賢者殿の言葉と、俺の素手に触れてもなにごともなかったことが気にかかる。
あれは、ただの偶然だったのだろうか。極めてほんの少し、ほんの一瞬だけ触れたくらいで、運よく無事だったに過ぎないのだろうか。それを、確かめてみたいと思ってしまった。
(ほんの少し、一度目と同じように、指先を触れるだけ。それで彼女に異変がないかどうか、確認するだけだ。それならば、少なくとも魔力を吸い上げるようなことはないだろうし、もし傷を負わせてしまうことになっても、ルシルの万能薬がある)
彼女の痛みを考慮しない考えに罪悪感もあるが、いずれにせよララーシュ嬢はどうしてもレーウェンフックの役に立ちたいらしく、このまま引き下がるとも思えない。それならば、一度だけ試してもいいのではないだろうか。自分勝手な考えだと分かってるが、もう引き下がれない。
俺は手袋を外し、ララーシュ嬢の差し出した手にほんの指先だけ触れようとした。
すると、何を思ったのか、ララーシュ嬢はそのまま俺の手を強引に握ったのだ。
「──っ!何をっ」
「ごめんなさい!でも、そんな風に顔色が悪いフェリクス様を、放ってはおけなくて。こうでもしないと、フェリクス様は私に遠慮して私の手なんて握らないでしょう?」
俺は、ララーシュ嬢に遠慮してその手を握らなかったわけでない!
焦って振りほどこうとして……気づいた。
「なぜ……」
「ねっ、温かくて、疲れが取れる感じがするでしょう?私、光魔法を扱う能力はまだまだだけど、魔法として放出しなければこうして癒すこともできるんですっ!」
なぜ、という俺の呟きを、癒しの力に驚いたのだと思ったのだろうか。ララーシュ嬢は嬉しそうに頬を上気させて顔を綻ばせた。俺が癒しを受けていることにどこかホッとしているようにも見える。彼女の行動が心からの善意だったのは本当なのだろう。
そして、その手に傷がつく気配はない。
本当に……彼女には、呪いが効かないのか。
それに、実際、ずっと蓄積するばかりだったなんともいえない疲労や熱っぽさが引いていくのが分かる。
「まさか……ルシルちゃん、このことを言ってたんじゃないだろうな……」
カインが驚き、呆然としたように何かを呟いていることにも気付かないまま、俺の心は一つの可能性に震えていた。
大賢者殿は、呪いを解く力を持つ人が現れる、と言った。それがララーシュ嬢のことならば、こうして、ララーシュ嬢の側にいれば、呪いは薄れていくのだろうか?このままレーウェンフックで光魔法の訓練を重ね、その能力を開花させる手助けをすれば、呪いを解くほどの力を覚醒させるのだろうか?
そうすれば、俺のこの永遠にも感じていた呪いは解けるのだろうか?
そうすれば──いつか、温度の感じない手袋なしで、傷つけることなく、ルシルの温かく小さな手に、触れることも出来るのだろうか?
ルシルの知らない裏側、つづきます!
前話のアリーチェのマオウルドットへの愛称、マオちゃまに変更しました!w
感想でマオちゃまに票をくださったmārjāraさま、はむこさま、ありがとうございます~!




