68_エルヴィラが訪ねてきました
「ルシル~!朝飯まだ?」
「僕もおなかすいた」
朝も早くから、マオウルドットとエリオス、小さな二人が私の部屋に突撃してくる。
「うう~ん、私、もう少し寝ていようと思っていたんだけど」
今まで、私は離れに一人で住み、起きたいときに起き、食べたいときに食べるという、侯爵令嬢や王子の婚約者として王都で過ごしていたときからは考えられないほど自由な生活をしていたのだけど、ここ最近はマオウルドットやエリオスの腹時計に生活時間を決められつつある。
でも、お腹が空いて飼い主を起こしたくなるのは、リリーベル時代にたくさん経験しているから、気持ちは分かるのよね。それに、私が作った料理を美味しい美味しいとたくさん食べてくれるから、なんだかんだ嬉しいのだ。
「にゃーん!」
「みゃおーん」
「うにゃっ」
ベッドで一緒に丸くなっていたジャックたちも、次々と私にじゃれつきながらにゃんにゃんと騒いでいる。
「みゃあ?あなたたちもますます遠慮がなくなってきたわね?」
マオウルドットやエリオスという、猫ちゃんたちにとっての新顔が私に全く遠慮しないものだから、『え?起こすのってありなの?』と言わんばかりに、ジャック、マーズ、ミシェルも以前にもましてご飯を催促するようになってきた。うーん、でも、猫ちゃんなんてわがままならわがままなだけ可愛いんだから、とっても罪深いわよね!いとかわゆし!
ちなみに半分精霊化している(らしい)猫ちゃん3匹のご飯は、マシューやヒナコが作ってくれていた私用特製ご飯を、エリオスのアドバイスを受けて魔力をすこーしだけ込めて作ったものだ。精霊化しているから、本来は魔力だけでも十分生きていけるらしい。というか、精霊化って何よって感じじゃない?私、エリオスに聞くまでそんなこと知りもしなかったのだけど。きっと、エリオスを除いたリリーベルの飼い主たちも、知らなかったんじゃないかしら?あの人たち、自分が興味を持ったことじゃなければ、普通の人が当然知っているような常識だって、知らないことがあったものね。
まあ、私もあんまり人のこと言えないけど。うふふ。
とにかく、本当は魔力だけでもいいらしいけど、だからと言って食べる楽しみをとりあげるなんて選択肢はないのだ。だって、食べることは幸せそのものだものね!
そうやってみんなでワイワイ食事を楽しんで少しした頃、いつも通りにサラが離れにやってきた。
ただ、いつもとは違って、どこか困った顔をしているような??
「あの、ルシル様。エルヴィラ様がルシル様にお会いしたいとおっしゃっているのですが……」
「あら!そうなの?もちろん大歓迎よ!こちらに来るのかしら?」
「はい。よろしければ応接室にご案内します」
「分かったわ、よろしくね、サラ」
エルヴィラは本邸の方に毎日通っているから、遠目でその姿を見ることはよくあるものの、直接話をする機会は彼女がここに最初に来た時以来だわ。ちなみに私は、毎日通うならば、本邸に部屋を用意してあげたらどうかしら?とフェリクス様に提案にしたのだけど、そうはしなかったらしい。
よく考えれば、彼女は家族に溺愛されて表にあまり出ていなかったと言っていたし、そんなの家族が許さないわよね。妙な噂が立ってしまっても良くないし。きっとエルヴィラに断られてしまったんだわ。私ったら、最近は貴族社会からあまりに離れた生活をしているからって、気軽な気持ちで軽率なことを言ってしまって、良くなかったわよねと反省する。
久しぶりに間近で顔を合わせたエルヴィラは相変わらず可愛くて、まさに聖女やヒロインと言った呼び方が似合う印象だった。だけど、どこか表情が固いように見える。前回の時は緊張しているみたいだったけど、今はそういう感じでもなさそうよね……どうかしたのかしら?
そう思っていると、エルヴィラはサラが淹れてくれたお茶を一口飲み、少し言いにくそうに口を開いた。
「あの……私、両親に聞きました。ルシル様とフェリクス様の婚約は、元々ルシル様と婚約していた第二王子殿下から、罰として命じられたものだったと」
「まあ、そうですわね」
エルヴィラがどういう話をしたいのかがちょっとよく分からなくて、とりあえず事実を肯定した。
毎日楽しくて、きっかけについてはついつい忘れそうなってしまうけど、この婚約って、たしかに元々は私への罰だったわね。
それよりも、エルヴィラの呼び方が『レーウェンフック辺境伯様』から『フェリクス様』に変わっているじゃないの!あの時は初対面だったみたいだから仕方ないとは思っていたけど、すごく他人行儀で気になっていたのよ。ちゃんと仲を深めているようでよかった〜!
なんて思っていると、エルヴィラは顔をくしゃりと歪めた。あら!?いつの間にか目もウルウルとしていて、今にも泣き出してしまいそうよ!?
「そんなのって……そんなのって、あんまりです」
エルヴィラは震える声で続ける。一瞬、私が望んだわけではないとはいえ、はたから見れば、嫌がるフェリクス様の婚約者の座に無理やり収まった形の私を責めているのかと思ったけれど、どうもそういう雰囲気ではないようだ。
「聞きました!罰で命じられたなんて言っているけれど、ルシル様はそんなふうに罰を与えられるようなことは何もしていなかったって!それなのに、結局撤回されることもなく、婚約が結ばれて……ルシル様もフェリクス様も望んでいなかったのに、ひどすぎます」
そう言われて、私は考える。
うーん、たしかに、あらためて第三者から言葉で聞くと酷すぎるわよね。私はこのレーウェンフックでとっても楽しく過ごしているし、大好きなお友達もたくさんできて幸せだけど、それは結果論でしかないわけだし。
正直、リリーベルの記憶を取り戻した私は、どこででも楽しく暮らしていけるけれど、普通のご令嬢なら泣き暮らしていたっておかしくない気がする。
というか、どうやらエルヴィラは私やフェリクス様の気持ちを思い、心を痛めているらしい。私たちの婚約の経緯を知り、居ても立っても居られなくて、私に会いにきてくれたようだった。
どうせ私は暫定婚約者なだけだから、気にしなくてもいいのよ!と思うけれど、そんなことは言えないものね。
それにしても、エルヴィラと一緒にいる時間が長いんだから、フェリクス様やカイン様の方からうまくそこのところを伝えてくれたらいいのに〜!なんて思ったものの。そこで、あの二人はひょっとすると、本気でこのままフェリクス様は私と結婚しないといけないと思っている可能性があることに、今更ながらに気がついた。
(うーん。これはどうにかして、私はフェリクス様の婚約者の地位にしがみつくつもりはないのだと、それとなく伝えたほうがいいかしら?)




