64_エルヴィラの目的
「サラ、フェリクス様やカイン様は?」
「それが、先程急遽討伐に出られまして……」
あら、最近は討伐の頻度も少なくなっていたのに、タイミングが悪かったわね。つまり今、本邸には使用人以外誰もいないということだ。
仕方ないので、私はサラに指示を出す。
「アリーチェ様をお部屋にお連れして、その後お客様をお迎えするから、手伝ってくれる?」
「は、はい!」
サラは少し困惑顔で、その目が「得体の知れない人物をお客様として迎えるんですか?」と言っていたけれど、本当は得体の知れない人ではないのよね。なんたって、相手はエルヴィラなんだもの!
エリオスは言っていた。フェリクス様の呪いは、大賢者と呼ばれ、呪いを解くのが得意だと公言するエリオスにも解けないものなのだと。そして、私にも解けないはずだと教えてくれた。つまりこうなってしまっては、フェリクス様の呪いを解くことができるのは、もはや予知夢通りエルヴィラしかいないということになる。
というか、そう考えるとエルヴィラって、私が思っている以上にすごい力を持つ聖女様なんじゃあないのかしら?
ただ、予知夢では、私が気がついたときにはエルヴィラはフェリクス様の側にいて、私が彼女に接触するのは燃え上がる嫉妬と憎悪が抑えられなくなってからだったのよねえ。
王城ではついエルヴィラの後を追いかけてしまったとはいえ、まさかフェリクス様より先にエルヴィラと出会ってしまうことになるとは思いもしなかったわ。
しかし、準備をしている間にも、エルヴィラはなおも大きな声で人を呼んでいる。
「誰かー!すみません、どうか、どうか助けてくださいっ……!」
その悲痛な声に、これはただ事ではなさそうよね?と思い、私は慌てて外に飛び出した。
エルヴィラは、駆け付けた私の顔を見ると、泣きそうに顔を歪めて、震える声で言いつのる。
「あの、馬が、私の馬が、怪我をして……!」
「その馬はどこにいるんでしょうか?」
エルヴィラが示した方を見ると、少し離れたところに怪我をした馬が弱々しく座り込んでいた。
なるほど、足に怪我をしているようね?
私はさりげなく、着ていたワンピースの胸元に手を突っ込むと、そこに闇魔法で作った空間を展開させて、中に入れておいた万能薬を取り出した。
「えっ!?そ、そのサイズの瓶、胸元に、どうやって入っていたの……!?」
後ろからエルヴィラの驚いた声が聞こえるけれど、私は聞こえていないふりをする。細かいことは気にしない気にしない!どうせ、エルヴィラは今、気が動転しているようだから、しまっている場所と薬の瓶のサイズ感がおかしいことも、すぐに忘れちゃうわよね!
弱った馬は、突然現れた私に少し怯えた様子を見せた。
「にゃーん、大丈夫よ、ほら、これを飲んだら、すぐに良くなるからね」
「え、にゃ、にゃーんって言った?」
だって、人語よりも猫語の方が、動物には伝わりやすいんだもの!
馬は声をかけながらゆっくり近づく私と目が合うと、あっという間に落ち着きを取り戻し、大人しく薬を飲んでくれた。
すぐに馬の体が淡い光を放ち、傷はみるみる消えていく。
「す、すごい、これが噂の万能薬……これがあれば、私は……いいえ、それよりも、興奮状態の上、私以外に懐かなかったギガゴンゴルドンが、素直に言うことを聞くなんて……」
この子、ギガゴンゴルドンって言うのね。エルヴィラったら、可愛い見た目のわりに、愛馬になかなか強そうな名前をつけるじゃないの!うふふ!そのセンス、嫌いじゃないわ?
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馬がすっかり回復したところで、私はエルヴィラを離れの部屋に案内した。
「突然、申し訳ありませんでした。私、ララーシュ伯爵家のエルヴィラと申します」
そうだったわ!ララーシュ家は伯爵家なんだったわね。予知夢の私はそんなことに全く興味がなかった上に、頭に血がのぼっていたからか、そんな情報は全く出てこなかったのよね。
私は王子妃教育で詰め込まれた、国内貴族の情報を頭の中に思い描く。
たしか、ララーシュ家の当主夫婦はとても人が良く、慈善事業に精を出しているのよね。実はエルヴィラはそんな夫妻の実の娘ではなくて、養女だったはずだわ。ララーシュ家の実の子供はエルヴィラの兄にあたる次期当主のご令息で、今は他国に留学しているんじゃあなかったかしら。そのご令息もとてもまじめで誠実ないい青年だという話を聞いたことがある。
光属性の魔法を持つエルヴィラは、ララーシュ家に引き取られたことで、大切に守られ、慈しまれ、心身ともに健やかに育ったのだと想像できる。
(もしも引き取られた先が悪どい家だったりしたら、きっとエルヴィラの力は、いいように利用されてしまっていたはずだものね)
それほど光属性魔法は貴重で、誰もが手にしたがる力だというわけなのだ。まあ、私としては、今ではあまり人気のないこの闇属性魔法の方が、ずっと便利だと思うのだけどね。
「私はルシル・グステラノラですわ。初めまして、ララーシュ様」
「どうぞ、エルヴィラとお呼びください。今日はレーウェンフック辺境伯様にお願いがあってきたのですが、途中で馬が怪我をしてしまって……それで、ええっと……」
「では、私のこともどうぞルシルと。今、レーウェンフック辺境伯は残念ながら不在のようで、私で代わりになりそうでしたら、お話をお伺いしますわ」
エルヴィラはとても緊張しているようだったけれど、意を決したように切り出した。
「あの!私、実は光属性魔法を使えるんですが、能力がなかなか向上しなくて……不躾なお願いなのは承知していますが、このレーウェンフックの地で、どうか働かせていただけませんか!?」
「まあ」
たしかに、エルヴィラはまだ覚醒していないのだから、今は能力が高くなくて当然だわ。
ところで、予知夢でもこんな風にして、エルヴィラはこのレーウェンフックの地にやってきたのかしら?
でも、もしもこれが予知夢通りの理由だとすれば、時期が少し早いのが気になるわよねえ。
そんなことを考えていると、まさにその答えをエルヴィラが教えてくれた。
「先日、王都で流行しかけた病が、このレーウェンフックの地で作られた万能薬によってすぐに抑えられたことは知っています。その際に、万能薬を飲んだ人は、持病や古傷まで治ってしまったのだと。……その、すごく都合のいいお話だとは分かっているのですが、私の能力が追い付かず、治癒が満足にできなかった場合でも、そんな万能薬があるこのレーウェンフックの地ならば、誰かの命を失ってしまうことにはならないと思って……それに、先ほど万能薬の効果を目の当たりにして、ますますその思いは強くなりました」
「なるほど」
どうやらエルヴィラやエルヴィラの周りは例の病にかかっていなかったようで、さっき初めて万能薬の効果を実際に目にすることになったらしい。
つまり、光魔法の訓練はしたいけれど、自分の失敗で誰かの命を危険に晒すリスクは避けたいということね。確かに、そう言われてみれば今のこのレーウェンフックほど光魔法の練習に適した場所はないかもしれない。この地が呪われているおかげで、万能薬の材料であるラズ草は山ほど生えているわけだし。
そして、予知夢の私はもちろん万能薬なんて作れなかったから、薬の効果に期待してこのタイミングでやってきたエルヴィラの登場が、予知夢よりも早いのも納得できる。
そんなことを考えていると、隣の部屋にいるはずのマオウルドットが念話を送ってきた。
『エリオスが、これはチャンスだってさ〜』




