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閑話_アリーチェのほどけた心

閑話、アリーチェ視点

 



「ルシルお姉様ー!アリーチェが遊びに来たわ!」


 そう言いながら部屋に飛び込むと、ルシルお姉様は満面の笑みで立ち上がり、私を歓迎してくれる。それが嬉しくて、私は飛び込むようにルシルお姉様に抱きつき、スリスリする。


 すると、ルシルお姉様は優しい手つきで頭を撫でてくれるのだ。


「ふふふ、アリーチェ様、本当に甘えん坊なんですから」


 そう言うルシルお姉様の声は本当に優しくて、まるで女神様みたいだわ!

 だけど、私はわざと聞いてみるの。


「ルシルお姉様は、そんな私は嫌い?」

「まさか!アリーチェ様は可愛くて魅力的で、大好きな私のお友達です!」


 絶対に自分を否定したりしないと分かっていて、こうして愛情たっぷりの返事をねだることが、こんなにも幸せなことだなんて、ルシルお姉様に出会うまで、私は知らなかった。


 ちなみに言っとくけど、ルシルお姉様が私を甘えん坊にしたのよ?今までは、人に甘えるなんて絶対に出来ないと思っていた。だって、甘やかしてくれる人もいなかったんだから、甘え方なんて知るわけがなかったのよ。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 お姉様に出会う前の私にとって、家の中は穏やかな地獄だった。


 決して虐げられるわけではない。食事を抜かれたり、嫌なことや酷いことを言われるわけでもない。

 だけど、私を見る目に宿るがっかりした落胆の色と、諦め、興味を失くしていく空気は、私の心をじわじわと蝕んでいった。


 だってね、今思えば、ある意味これはとても残酷なことだと思う。

 もしも、何かを言われるのなら。もしも、何かをされるのなら。文句も言えた。戦うこともできた。

 だけど、そうじゃないから、『何もない』から、自分を守るために何か行動に移すことだってできやしない。


 特別なお兄様と、特別なお姉様の後に生まれた『普通』すぎる私。


 お兄様やお姉様が目の前でこれでもかと褒めたたえられる中で、私のことは見えなくなってしまったんじゃないかと思うほど、誰にも気にかけてもらえなくて、その空気がいたたまれなくて、上手く息ができなくて……。

 ひょっとして、私がいじけているだけなのかもしれない。そう思う気持ちもあるから、余計にこの気持ちのやり場がなくて、苦しかったの。



 ──けれど、今はもう違う。


 ルシルお姉様に出会って、私の心がじくじくと痛み続けることはなくなった。


 だって、今までならば心が痛んで泣きたくなっていたような場面で、頭の中に、必ずルシルお姉様の声が聞こえてくる気がするんだもの。



 例えば、お兄様が優秀な研究結果を残し、褒めたたえられている側で。


『まあ、アリーチェ様!いつも元気なアリーチェ様が、そうして真面目にペンをとっている姿、とっても知的でドキッとしてしまいますね!可愛い!』


 きっと、ルシルお姉様だったらそうやって、なんだか全然やっていることと関係のないことを褒め始めるんだわ。自由なのよね、お姉様って。初めてそういう風に褒められた時に、驚いた私が「普通、この勉強の成果とか、理解度なんかを褒めるものじゃないの?」って聞いてみたら、なんのためらいもなく言い放たれた。

『私、普通じゃないのかしら?可愛くて素敵!と思ったから、そのまま口に出しただけだったんですけど……ごめんなさい、何も考えていなくて、つい言ってしまいましたわ』


 ……何も考えていなくて、思ったままを口にしただけ。そして、それが、私のことを褒めるような言葉だった。

 その時に私が受けた衝撃は、なかなかうまく言葉にできない。



 例えば、お姉様が魔法を使い、困っている人を助けたのだと賞賛されている側で。


『アリーチェ様といると、とっても元気になれるんですよね。アリーチェ様はお話が上手で、こうして話しているのが楽しすぎるからかしら?ああ、一緒にいるだけで楽しいって、幸せですね!』


 きっと、ルシルお姉様だったら、そんな風に持て余した私の時間を、『楽しくて幸せな時間』に変えてくれる。でもね、気づいているのよ。私が話をするのが上手なんじゃなくて、ルシルお姉様がどんな話の中にも面白さを見つけてくれるからなんだって。

 でも、ある時驚いたことがあって。ルシルお姉様、私の話はいつも熱心に聞いてくれるから気づかなかったけれど、時々全然人の話を聞いていないときがあるの。たまーにレーウェンフックに来る、ちょっと嫌な感じのどこぞの貴族の嫌みな話とか、後で聞いたら全く覚えていないんだもの!なんでも、興味がないことはすぐに忘れちゃうし、ついつい聞き流しちゃう時があるんだって。

 ……私の言ったことは、どんなくだらないことでも、覚えていてくれるのに。


 ルシルお姉様にとっては、きっと些細なこと。だけど、私は、泣きたくなるほど嬉しかった。


(大事にされるって、こういうことなんだわ)


 そこにいるだけで、認めてもらえて。賞賛の言葉なんてなくても、尊重されていると思える。


 今までの私だったら、心がじくじくと痛んでしまっていたような場面で、今は心の中で笑ってしまう。


(ふふふ!ルシルお姉様なら、きっとこんなことを言いだすんだわ。だって、本当に、自由で突拍子もないんだもの!)



 もう、心がやたらと痛むことはない。自分の価値を探して、不安に飲み込まれそうになることもない。


 家の中を、地獄だと感じることもない。相変わらず、家族にとっての私は期待のされない、『普通』の子供で、何ひとつ、前とは変わっていないのに。


 変わったのは、私の心。ルシルお姉様のおかげで、私の心は自由になれた。



(それに、私には特別な力もあるんだから!って思うようになって、なんだか家族の皆を出し抜いているような気分なのよね!)


 そんな風に思う私って、嫌な子かしら?

 不安になって、ルシルお姉様にそう聞くと、満面の笑みが返ってきた。


「うわあ!出し抜いている!そう思うと、ワクワクしますね!」


 ……そっか、こういうことで、ワクワクしても、許されるんだ。



 ルシルお姉様は、自由で、気まぐれで、愛嬌たっぷりで、とっても甘やかし上手。

 だけど、あまりにもそうだから、時々なんだか猫みたいって思うのよね。いつも猫と話している姿を見るからかしら?

 というか、どうして猫と喋れるのよ?本当にお姉様ってば魅力に溢れてて、すごく不思議な人だわ!


 ……ルシルお姉様って、ひょっとして、前世が猫だったとかじゃないのかしら?


(ふふふ!なーんてね!)




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パワー型つよつよ聖女の新連載もよろしくお願いします(*^▽^*)!

【異世界から勇者召喚するくらいなら、私(ダメ聖女)が世界を救います!】
― 新着の感想 ―
[一言] おぉ♡ アリーチェちゃん!鋭い!(笑) …真面目なお話…昔…いつも感謝していて愛してるヒトに…その心のウチを伝える…勇気?って言ぅか…テレちゃってた…って言ぅか…で ……伝える間もなく…
[良い点] アリーチェ様って何か好きなものを見つけたらとことんだろうから、やりたいことを諦めて見つられなかったのも、勿体ない なんなら、英雄の使った魔法式とか憧れだけでなく疑問を持ち掘り下げていったら…
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