50_思惑通りに進む夜会
フェリクス様と共に壇上にあげられると、エドガー殿下は段取り通りに私たちの功績を大勢の前で称えた。
「病がすぐに収束したことで、大きな被害はなかった。だが、それは結果論であり、ルシル・グステラノラ侯爵令嬢の助けがなければ、恐らくそのうち死者も出たことだろう」
何人もの息をのむ声が聞こえる。
確かに、レーウェンフックで同じ病に罹った人に比べて、王都の人達の症状は比較的軽めだったとはいえ、時間が経てば重症化していった可能性が高い。現に、バーナード殿下は錯乱状態に陥る程悪化していたわけだものね。
そういえば、どうしてバーナード殿下だけあんなに病の症状が重かったのかしら??
そんなことを考えていると、視界の端でバーナード殿下がガクリと膝を突くのが見えた。
彼のすぐ側に立ちすくんでいるカネリオン子爵も、目を見開いて私を凝視している。うわあ、驚いてる驚いてる!
でもね、私がいくら今までと化粧も衣装の雰囲気も違ったって、ここまで私だと気付かなかったのは、あなたたちくらいのものですよ。多分。
「そんな、俺の天使が、ルシル・グステラノラだったなんて……」
そんな呟きが微かに聞こえてきて、私は心の中で苦笑する。
そうですよー、あなたが天使と呼んでなんの気の迷いか愛を乞おうとしていたのは、この私、ルシル・グステラノラですよー!
なんだか可哀想なほど打ちひしがれているようだけれど、こればっかりはどうしようもない。バーナード殿下、こんな夜会で、他の貴族たちが山ほどいる中、盛大にやらかしたわけだからね。ほら、何人かは笑いをこらえるようにバーナード殿下を見ているわ?
そりゃそうよね、私を庇って私を罵っていたわけだもの!
これはきっと黒歴史になること間違いなしだろうけれど、どうか気を確かに、強く生きて行ってくださいと願うばかりだわ!
「──この功績に、見合う褒美を与えると約束する。ルシル嬢、君の希望は後でゆっくり聞かせてもらおう」
「光栄でございます」
この場で褒美を言えと言われなくてよかったわ、とほっと息をついたものの、こちらを見ているエドガー殿下の意味深な微笑みで、私の願いが人前で言いにくいことだと察してあえてそうしてくれたのだと気付く。エドガー殿下、お腹が黒くてちょっと怖いけど、やっぱりこういう、人を見る目はとっても優れているのよね……。
ああ、エドガー殿下、どうかバーナード殿下にも少し分けてあげてください!
「さて、それから、残念な知らせと喜ばしい知らせがある。ここしばらく、国王陛下の体調が優れない。今回の病に罹ることはなかったのが幸いだと言えるが、この機会に陛下の退位が決定した。これが残念な知らせだ」
周囲がシン……と静まった。小さく「は?父上が?そんなまさか」と呟いている声が聞こえるが、その気持ちもわかる。だって国王陛下、とっても元気だもの。むしろ、「私も飲みたい!」とねだられて私が渡した万能薬を飲んで、ここ数年で一番健康的で元気なはずだわ。ひょっとしたら持病の一つでもあったのかもしれないけれど、どちらにしろ今は消え去っているはずだ。
残念な知らせの内容がこうなれば、次に続く喜ばしい知らせは一つしかない。
「そして、喜ばしい知らせは、陛下の退位に伴い、正式に私が王位を頂くことに決まった。正式な式典と公布はこれからになるが、どうか皆の力を貸してほしい」
会場が、ワッと沸いた。
口々に祝いの言葉がエドガー殿下に投げかけられている。もちろん、内心は色々と思うことがある人もいるだろうけれど、おおむね雰囲気はいい。
はあ、やれやれ。これで私の役目は終わりよね?早くレーウェンフックに帰って、ランじいと野菜を作ったり、サラとお菓子を作ったり、猫ちゃんたちと日向ぼっこしたりしながら、ゆっくりダラダラ過ごしたい。
その前に、大賢者エリオス様の件を、もしも知っているなら知る限りのことを教えてほしいと、エドガー殿下にお願いしないといけないけど。
盛り上がる会場を後にした私とフェリクス様は、そのまま別室に案内される。
さあやっと本題よ!と思ったのだけれど、なぜかその部屋にはバーナード殿下とカネリオン子爵まで待っていた。
んんっ?どういうこと??
「ルシル、あなたはこちらに」
「あら、フェリクス様、ありがとう!」
フェリクス様はさりげなくバーナード殿下から離れた位置に私を座らせてくれた。本当、よく気がつく優しい人よね!
バーナード殿下はそんなフェリクス様をじとりと見ていたけれど、さすがに口は開かなかった。
遅れて入ってきたエドガー殿下は、またもや美しい作り笑いを浮かべながらソファに座る。
「さて、ルシル嬢。あなたに褒美は何がいいかを聞く前に、はっきりさせておかなくてはいけないことがあってね。申し訳ないが、先にそれを終えさせてもらうよ」
「はい」
頷くしかないので、頷いておいたけれど。一体これから何が始まるのかしら?ここにバーナード殿下とカネリオン子爵が呼ばれていることを考えても、きっとこの二人に関係があることよね?だけど、二人の顔を盗み見てみても、何が何やらわからないといった表情に見える。
それに、この二人に何か話があるのだとして、どうして私とフェリクス様まで同席させられているの?
「この話は、少なからず君たちにも関係があることだからね。きっと聞いておいた方がいいと思ったんだ」
私の心を読んだかのように、ニコニコと同席の理由を教えてくれるエドガー殿下。
ますます、一体なんの話だろう?さっき、私を私と気づかずに夜会会場で騒ぎを起こしたこと?と思うも、なんだかそれだけではないような空気だ。
すると、柔和に見える笑みをスッと消したエドガー殿下が、バーナード殿下とカネリオン子爵に向き直った。
「今回の病の件で、お前たちの処分が決まったよ。バーナードは王族から除籍、カネリオン子爵は貴族籍の剥奪と罰金刑だ。ルシル嬢が薬を作り出してくれてよかったね。死人が出ていれば、最悪死刑もあり得たのだから」




