48_とんでもない勘違いに驚きです
「さっきから何を言っている……?」
先に耐え切れなくなったのは、私ではなくフェリクス様の方だった。でも、そりゃそうよね。あと2秒遅かったら私も同じように突っ込んでいたと思うわ。
しかし、バーナード殿下はそんなフェリクス様を蔑むように見る。
「いいから貴様は彼女を放せ。彼女は貴様のような下種な男が弄んでいいような人ではない!そもそも、ルシル・グステラノラはどうした?王家主催の夜会に、婚約者を放って堂々と別の女性を伴うとは、恥を知ることだな!」
私は驚きに耳を疑った。
え、ええ〜〜!?バーナード殿下がそれを言うの!?王家主催だろうがなんだろうが、場所も選ばずミーナ様をそばに置いて、私のエスコートなんてほとんどしなかったくせに!?
とんだブーメランだわ……言った本人に戻ってきて刺さるどころか致命傷、バーナード殿下はブーメランの名手ね!
私は脳内でたまらず大騒ぎしていたのだけど、フェリクス様はとても冷静にバーナード殿下に答える。
「彼女はここにいるが……?」
「なにっ!?あの悪女もこの会場に来ているのか!?おのれルシル・グステラノラめ、よくも俺のいる夜会に来られたものだ……!」
「……???」
フェリクス様は心底訳がわからないとばかりに不思議そうな顔をしているけれど、私はさすがに察しましたよ。
バーナード殿下、まさかの私がルシル・グステラノラであると分かっていませんね……!?
そんなことがあり得る?と思うけれど、実際あり得ているのだろう。信じられない。たしかに私はバーナード殿下の前ではいつだってレイシアのおかげで派手セクシー系お姉さんっぽい美女、通称戦闘モードの姿でいたけれど。それにしたって何年婚約していたと思っているのかしら?こんなに間近で顔を見て、話までしているのに分からないなんてある??あるのよね!さすがバーナード殿下!
どうやって真実を突きつけてやろうかと考えていると、もう一人、ややこしい人がこの場に参戦してきた。この空気によく飛び込んでこられたなあなんて、呑気なことを思ってしまう。
「殿下!この女性です!レーウェンフックでも辺境伯が連れ歩いていたのは!!」
「なに!?例の話か!領地でもすでに囲っているのか……!許すまじ……!」
そう、カネリオン子爵だ。
(ハッ!そういえば、カネリオン子爵も私がルシルだと気がついていなかったんだったわ!)
つまり、やはりカネリオン子爵がレーウェンフックに来たのは、バーナード殿下の命令で私の様子を確認するためだったのだろう。そして、その時の報告をバーナード殿下にばっちり上げているんだわ。フェリクス様が私という婚約者を放って、別の女性を堂々と連れ歩いていたって。もちろん、それは私だったのだから、とんだ勘違いの報告なわけだけど。
「いや、いい機会だ!あの悪女に、俺の愛する天使を害したらどうなるか、釘を刺しておいてやろう!──おい!ルシル・グステラノラ、どこにいる!」
「はい」
ここにきて初めてきちんと名指して呼ばれたので、素直な私はすぐに返事をする。
しかし、バーナード殿下はきょろきょろと周囲を見渡している。うーん、こんなに目の前ではっきりと返事をしているのに?人間、思ってもみないことはなかなか認識できないものらしい。
ひとしきり周りを確認した後、バーナード殿下は苛立った様子で、もう一度私を呼んだ。
「ルシル・グステラノラ、さっさと出てこい!」
「はい!」
もうね、そろそろ限界ですよ。だってこの夜会、一応祝いの場なわけでしょう?それなのにバーナード殿下がさっきから大声で怒ってばかりいるから、雰囲気は最悪だし、周りも少し前から何事かとずっと注目しているわけで。
ただでさえ私もフェリクス様も、残念ながらあまり評判がいいとは言えないのに、そんな中でこんなふざけたことの中心にポンッと置かれてしまった形で、ますます印象が悪くなったらどうしてくれるのかしら?
別に、何を思われても構わないけれど、それでも当然、受ける必要のない悪感情は受けないことに越したことはないのだ。
そう思い、私は一歩前に進み出ながら、今度は元気よく返事をした。また聞こえなかったらいけないので。
そんな私を、バーナード殿下は優しい眼差しで見つめる。
「おや、どうしたんだい?大丈夫だ、私がきちんとルシル・グステラノラに言って聞かせてやるから」
「そうですか。では、どうぞ聞かせてください」
「え……?」
何が何やらよくわからないようで、困惑しているバーナード殿下に向かって、フェリクス様が私の肩を抱き寄せながら、端的に説明してあげた。
「ご挨拶が遅れました、殿下。殿下のおかげで、ルシル・グステラノラ嬢と──あなたの言葉通り天使のように可愛く優しいこの人と婚約することが出来ました。感謝申し上げます」
「まあ、照れますわ、フェリクス様」
フェリクス様、ナイスアシストです!どうやらフェリクス様もさすがにこのおかしな状況がなぜ起こっているのか、気づいたらしい。
私を見つめながら、婚約のお礼をバーナード殿下に言うなんて。とんでもなく皮肉が利いていていいわね。
そのために見つめられ、見せつけるために甘い言葉で褒められた私は、役得でしかなくてご満悦ですよ。
口から出まかせだとわかっていても、魅力的な男性に褒められるのは嬉しいものだからね。
「は……何を、たちの悪い冗談を……」
そう言いながらも、どこかでそれが真実だと気づき始めているのか、バーナード殿下は驚きと混乱で、目を見開いて言葉を失っている。
その後ろには全く同じ顔をしたカネリオン子爵。なんだか2人、似てきたんじゃあないかしら?
すると、そのタイミングでよく通る低い声が聞こえてきた。
「私の夜会で、また問題を起こしたようだな、バーナード」
騎士を伴い王族席の方に入場したエドガー王太子殿下が、いまだに事実を飲み込めていない様子のバーナード殿下を、冷たく見ていた。
しかし、次の瞬間その厳しい表情が笑みの形に変わる。
……とんでもなく美しく、そして私の目には胡散臭くしか映らない、極上の作り笑顔だけれど。
「まあ、いい。今まではお前の暴走に頭を悩ませることも多かったが、今日でそれも終わるのだからな」
「兄上……?」
(手間が省けてちょうど良かった、なんて、エドガー殿下の心の声が聞こえてきそうだわ)
きっと、バーナード殿下がおおっぴらにこんな茶番を繰り広げていなければ、今のようなセリフはもっと人のいないところで言うはずだったのではないだろうか。
「ルシル・グステラノラ侯爵令嬢、ならびにフェリクス・レーウェンフック辺境伯、こちらに来てくれるか」
「仰せのままに」
私は矮小な一臣下ですからね。もちろん、バーナード殿下とは違って、王族らしくとっても腹黒そうなエドガー王太子殿下には、逆らいませんよ!




