45_急展開ですが、結果的に問題ないです
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バーナード殿下の様子が落ちつき、ゆっくりと眠りについたのを確認して、私たちは退室することにした。
そのまま共に退室したエドガー王太子殿下と一緒にまた別の部屋に案内されると、ソファに向き合って座る。すると、エドガー王太子殿下は私を見つめ、にっこりと笑みを浮かべて言った。
「ルシル嬢、本当にありがとう。あんなのでも王族だからね。自分も罹っている病で王族の身に何かあったとなれば、民の不安は計り知れない。助かったよ」
「それは、よかったですわ」
前々から気付いていたけれど、エドガー王太子殿下はバーナード殿下のことを『弟』と呼ぶことはまずない。公式の場で状況に応じてそう示すことはあるけれど、きっと兄弟などと思っていないのよね。
そんなことを思いながら何気なくエドガー殿下の次の言葉を待っていたのだけれど、飛び出してきたのはさすがに予想だにしなかったものだった。
「これで、あらゆる想定の中で一番穏便に、私が王位に就くことができそうだ。いや、思ったより早くそうすることができるのは、まさに君のおかげだね」
「は?」
思わず間抜けな声が出て、慌ててその口を噤む。
今、エドガー殿下は何と言ったかしら?王位に就く?いいえ、そりゃあ、王太子殿下なのだから、いつかは王位に就くのだし、それ自体は何も驚くようなことではない。エドガー殿下は優秀で、臣下のみならず民の人望も厚いと聞くし、バーナード殿下は楽したいばかりで王位になど興味はないようだったし、その座を脅かすような要素は何もないのだから。
だけど、今の言い方ではまるで、今すぐにそうなるのだと言っているような……。
「三日。その期間で、病に罹った民を全て治癒することはできるかい?」
エドガー殿下が急に話題を変えるので、私は驚きながらも質問に答える。
「え?え、ええ。王都以外の領地の病はすでに収束したと言っていいと思いますし、あとは王都だけとなれば、人手だけ貸していただければ、丸一日、予備でもう一日あれば十分に万能薬を行きわたらせることができると思います」
薬のことを警戒されていれば、信用してもらうための時間が必要になるので、ひょっとしたら三日では足りないくらいかもしれないけれど。国王陛下も私と薬に関する噂を知っていたくらいだから、恐らく王都でもその噂は広まっているのではないかしら。とすれば、他の領地でそうだったように、すんなりと薬を飲んでもらえるはずなので、時間はそこまでかからないはずだわ。
そう思って提示された期間より一日短い日数で答えると、エドガー殿下は満足げな笑みを浮かべ、何度も頷いた。
「素晴らしいよ、ルシル嬢!本当に、どうして君は私の婚約者ではなくて、バーナードの婚約者だったのだろうね?私なら君を手放すなど愚かな真似はせず、心から慈しみ、大事にしたのに」
「王太子殿下!」
エドガー殿下の軽口を、フェリクス様が大きな声で咎める。だけど、大丈夫ですよ。そんな社交辞令を本気にするほど、私も馬鹿ではないですからね!
王太子殿下は、バーナード殿下に相手にされず、手ひどく振られた形になった私の面目を保つためにも、こうして持ち上げて留飲を下げさせようと思っているのだわ。そんなことをしなくとも私は全く気にしていないので、全然問題ないのだけど。
だけど、殿下がわざわざ自分をダシにしてまで私の気分を良くしようとしてくれているのだから、その厚意を無下にすることもないだろう。
そう思い、私はにっこりと笑ってエドガー殿下を見つめる。
「まあ、殿下!とっても嬉しいです!バーナード殿下には全く相手にされませんでしたが、エドガー殿下がそのように私を評価してくれたことで、女性としての尊厳が満たされていく思いですわ!ええ、殿下のような美丈夫に、自分の婚約者だったらなどと言われるのは、この上ない喜びですもの」
「うわあ、すごいや。全く心のこもっていない喜びだね」
そう言われて、私は心の中で首を傾げる。おかしいわね。全力で嬉しそうな顔をしたつもりだったのだけど。レーウェンフックで自由に伸び伸びとしてばかりいたから、表情を作るのが下手になってしまっているのかしら?
だけど、隣にいるフェリクス様はハッと息をのんで体を強ばらせていたから、おそらく『社交辞令を真に受けて喜ぶなんて、後で傷つくんじゃないだろうか』と心配してくれたのだと思うのよね。フェリクス様ってなんだかんだ優しいし。
それなら、私が取り繕うのが下手なんじゃなくて、単純に王太子殿下の目が優れているのかもしれないわね。
そんなエドガー殿下はその話を長く続けるつもりはないらしく、真剣な表情に切り替わると、私とフェリクス様に告げる。
「それでは、二日だ。二日で病を収束させてくれ。三日後に夜会を開き、病が無事収束した祝いと共に、陛下の退位と私の即位を宣言するから。もちろん、正式な式典は別で開くけどね」
「ええっ!?」
さっき、エドガー殿下は急に話題を変えたのだと思っていたのだけど、どうやら全く変わることなく同じ話題の続きだったらしい。
それにしても、三日後に退位と即位の宣言だなんて、あまりにも事が早いのでは?
殿下の余裕のある笑みを見ながら、私はなんだかとんでもない場所に居合わせているような気がして、冷や汗が吹き出していた。
「そうそう、もちろん君たちは夜会の主役だよ?なんせ病を治す天使と、その天使の守護者なんだからね。とはいえとても急なことではあるし、準備は全てこちらで整えるから、安心して病を治してまわってくれ」
「…………はい」
ツッコミどころはたくさんあったけど、ありすぎてツッコミが追いつきそうになかったので、仕方なく全て飲み込むことにした。
あまりに急展開ではあるけれど、殿下が「褒美は何がいいか、考えておいてくれ」と言っていたので、この結果は決して悪くないのではないかと思う。
私の望む褒美は一択だもの。大賢者エリオス様のことを知りたい。王家とエリオス様の関係性次第では、できるなら直接会わせてほしい。
そして、フェリクス様の呪いを解くヒントを得るのだ。




