33_領主様の評判
男の子の好奇心は、フェリクス様の緊張を一瞬で解いた。もっと言うと、フェリクス様は否が応でも緊張を解かざるを得なかったわけだけど。
「たかあ~い!すごお~い!」
「あ、おい、こら、あっ、暴れるな……!」
男の子はフェリクス様に慣れてくると、背の高いフェリクス様の肩車にとても喜びはしゃいで、よく動き始めたのだ。フェリクス様ははじめ、そんな男の子をこわごわ肩に乗せていたのだけど、そうなってくると「落としてはいけない!」と、自然とどんどん遠慮もなくなっていって。
……実は男の子を肩車して、最初、私は街の人たちの会話に困惑していた。
「ひっ、あれは領主様!?男の子を攫っているわ……!」
「きっと怒りを買ってしまったに違いない……可哀想だがあの子はもう……」
「あああ、あの子の母親は、一体何をしていたんだいっ……!」
きっと、高い位置からの方がお母さんも早く見つかるだろう、これは名案だわ!とばかりにフェリクス様に男の子を肩車してもらった私の耳には、そんな言葉ばかりが聞こえてきて。
(ええっと、全部聞こえているし、随分な言われようだし、全くの誤解なのだけど……)
フェリクス様はそんな風に言われて大丈夫かしら?と心配になってその表情をうかがってみると、男の子の相手に必死でそんな周りの声は全く聞こえていない様子だった。
そのことに少しホッとしながらも考える。
(ひょっとして、フェリクス様は領民にあまり好かれていないの?それにしても一体この空気はどうしたものかしら)
しかし、私がそんなことを思っている間に、自然と周囲の反応が変わっていったのだ。
「いや、よく見てみろ。あれ、領主様が男の子に振り回されていないか?」
「そんなまさか……んんっ?確かに、妙に慌てているような……」
「あんなに男の子が遠慮なく暴れていて……それを怒りもせず、優しく宥めているように見える」
「領主様は、血も涙もない怖い方じゃなかったのか?」
そんな人々の顔に浮かぶ感情が、怯えや恐怖から、驚き、戸惑い、安堵、今までの自分が抱いていた気持ちへの疑問などなどに変わっていったのがよくわかった。
私はなんだか嬉しくなって、心の中で胸を張る。
(ふふん!そうでしょうそうでしょう!フェリクス様はね、こう見えて結構優しくて、なんだかびっくりしちゃうほど心配性なのよ!)
そして、なるほどと納得した。
(フェリクス様は好かれていないんじゃなくて、きっと、どんな人なのかを知ってもらえる機会がなかったのね)
噂が先行しているうちに、どんどん怯えられるようになってしまったのだろう。男の子にも「顔が怖い」なんて言われちゃっていたしね。
そんな風にして周囲の困惑や驚きとともに街を歩いていると、男の子のお母さんはすぐに見つかった。
「ダリオ!ああっ、あなた……ひっ!」
男の子を見つけ、涙目で慌てて人混みから飛び出してきた母親らしき女性は、自分の息子を連れているのが領主であるフェリクス様だと気がつき小さな悲鳴をあげた。
けれど、お母さんを見つけた男の子は、今まで以上に大はしゃぎして、大声で嬉しそうにキャーキャーと叫んだ。
「ああー!おかあさああああん!ふぇりくちゅ!おかあさん!ふぇりくちゅ〜〜〜っおがあざんだっっ!!!」
ふふふ!興奮しすぎて、もはやお母さんを呼んでいるのかフェリクス様を呼んでいるのかわからないわね!
というか、顔が怖いと号泣された数分後にはこれだけ懐かれているって、もはや才能では???
当のフェリクス様自身はいまだに少し男の子の勢いに押されている風だけれど、どことなく口元が緩んでいて嬉しそうに見える。
「あ、ありがとうございました……」
「いや、問題ない」
おずおずと頭を下げる母親に、男の子──ダリオくんを渡しながら淡々と答えるフェリクス様。
そんな二人を交互に見上げながら、ダリオくんは楽しかったことを目一杯伝えようとしているようで。
「おかあさん!ふぇりくちゅ、おっきいんだよー!」
「こらっ、ダリオっ、領主様をそんな風に呼ぶなんて……っ」
「いや、問題ない」
フェリクス様はさっきと全く同じセリフを淡々と答えると、ダリオくんに向かってニヤリと笑いかけた。
「友達になったからな」
「うん!ともだちー!」
ダリオくんの声が大きかったものだから、人目をとっても引いていて。みんなが見守る中繰り広げられたそんな光景に、お母さんも周りの人たちも、すごく驚いているようだった。
ダリオくんと別れた後、フェリクス様はしみじみと呟いた。
「子供は、あんなに温かいんだな」
「体温が高いですからねえ」
「ふっ、ああ、そうだな」
もちろん、もっといろんな気持ちを抱えて出た言葉だとよく分かっていたけれど、あえて掘り下げることはしなかった。
フェリクス様はいつも黒い手袋をはめている。それは今日も同じ。呪いの話を聞いたときに、この手袋は特別製で、人に素手で触れてしまわないように常に嵌めているのだと教えてくれた。
エスコートしてもらうときや馬に乗っている時にその手に触れるから、その手袋が人の体温まで伝わらないようにしてしまっていることは分かっている。きっと、肩車をして、小さな体でしがみつかれて、とっても温かかったのね。
しかし、平和に街中を歩いていられたのはそこまでだった。
どこからか、怒鳴り声が聞こえてくる。
私とフェリクス様はそれに気づいて目を見合わせると、声の方に向かってみることにした。
声の方にたどり着くと、広場で一人のふくよかな年配の男性が、怯えて縮こまるお爺さんに向かって大声でわめいていた。
「おい!私を誰だと思っている!呪われた地に住む忌々しい平民風情がっ!!」
「ひっ、ひい……」
隣に立つフェリクス様の空気が一気に変わったのがわかった。
(というか、あの男って……)
フェリクス様はすぐに男の方へと進み出る。
「我がレーウェンフックの地で何か問題でもあったか」
「おお!これはこれは……かの有名なレーウェンフック辺境伯殿ではないか」
ニヤニヤしながら、含みのある言い方をする男はとっても感じが悪い。
うーん、やっぱりこの男、よく見たことがあるわ。
バーナード殿下にいつもくっついて回っては機嫌を取ってばかりいた、カネリオン子爵じゃないの!
一体何をしにここに来たのかしら?
カネリオン子爵はふいに私に気づいて目を向けると、とても嬉しそうに、だらしないほどに顔を緩める。
「おや、レーウェンフック辺境伯殿……あなたはバーナード殿下のおさがりを与えられたというのに、もう別の女性を連れているのか?ははは!まああの醜く性悪で傲慢なルシル・グステラノラ侯爵令嬢が相手では、そのような麗しい女性に目移りするのも仕方ないだろうが。それにしても、いささか早すぎるのではないかね?それもこのように堂々と連れて歩くのはどうかと思うが」
………………んんっ???
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