110_新人メイドが予想を斜め上に越えていく②(女王陛下視点)
毒に耐性があるわたくしのメイドならばいざ知らず、この新人メイドがこの場面を乗り切るには毒の入った食べ物を避けるしかない。
もちろん、この料理の中の何品に毒が潜んでいるかの数だけはヒントとして与えられている。
その数──10品中7品。安全に食せるのはたったの3品ということ。
運だけで乗り切るにはあまりに確率が低すぎるというものだ。それほどの強運を持っているというならばそれはそれで認めよう。
しかし、そんな都合のいいことは起こるわけがない。
あてずっぽうに選ぶにしても、間違えれば毒に苦しむことになる。解毒剤があるとはいえ、その苦痛は受けるというわけだ。
10品の料理が全て並べられたところで、どれからでも好きに手を付けていいということが告げられた。
「えっ!?こんなに美味しそうな料理を本当に好きにいただいていいんですか?」
目を輝かせて喜ぶ新人メイドに呆れが大きくなる。やはりこの状況の恐ろしさを分かっていないようだ。呆けたメイドだこと。
まあいい。苦しみを身を以て体験し、躾けられることも時には必要だろう。
毒見メイドに目配せすると、ひとつ頷いて解毒剤を手にとった。
さすがに指導の性質上、口にしてすぐさま血を吐くような即効性の毒は控えたが、それでも効き目が早くあらわれる毒も含めてあるのだ。もちろん、効果が早いだけでなかなか死には至らないという、苦しめるための毒である。解毒剤がある以上死ぬことはない。
しかしできるだけ早く苦しみを消してやろうという親切心。わたくしも毒見メイドも、そこまで鬼ではない。
「いただきます!」
新人メイドはそう言って食前の祈りをささげたあと、まずじっくりと料理を見た。
一応毒を見分けようとするつもりがあるのだろうか?
しかしそれも無意味だったようで、こちらの料理のスパイスをあちらの料理に足してみたり、そちらの料理の添え付けのハーブを齧ったあとに向こうの料理に手を付けて見たり、デザートを食べた後にメインに手を伸ばしたり、なにやら「一応考えてます」とでも言いたげにおかしなパフォーマンスだけをして見せて──新人メイドはあろうことか、全ての料理を口にしたのだ。
その様子に、わたくしも毒見メイドも、周囲に控えて見ている騎士達も唖然とした。
(馬鹿な……運の良さもなにもないじゃないか。まさか、7品は確実に毒が入っていると言った話が理解できなかったのかしら?)
どれほど運が良くとも毒を確実に口にすればおしまいではないか。奇跡的に体質に合い、効果が出ない毒がある可能性も存在しているが、それでも7品も口にして全てを中和できる体質の人間などいるわけがない。
わたくしの毒見メイドでさえ、耐性があり、解毒ができるとはいえ、毒が効いていないわけではないというのに。
その毒見メイドは顔を顰めている。すぐに解毒ができるように準備はしているものの、やる気の欠片も感じられない新人メイドに憤りを感じているのが分かる。
そのせいだろうか、どうせ毒を含んだのが分かっているのだから、失格の烙印を押し今すぐに解毒剤飲ませてもいいくらいだが、毒の効果が出るまでは静観するつもりらしい。
少しは痛い目を見て己の阿呆さを省みるべきという思いだろう。
それにはわたくしも賛同するところだったので、何も言わずにことを眺めていた。
しかし──
(……どういうこと?)
新人メイドは、いつまで経っても平然としている。苦しみ始めることも、血を吐くことも、全身を震わせて立っていられずに倒れることもない。
そのまま、全ての料理を食べつくしてしまった。
「お、おい、毒はどうしたんだ!?あの子、平然としているぞ」
「いや、それよりなんで全部食い尽くせてんだよどんだけ量があったと思ってんだ!?」
騎士達が堪えきれずにざわつき始める。
いつもは職務に忠実で、無駄話どころかどんなことがあっても動揺のひとつも見せない優秀なものたちなのに。
かくいうわたくしも、眉を顰めることをやめられない。
見かねたのか、次にマナーを指導する予定のメイドが、別に用意していた予備の料理に駆け寄り、口にした。
「ああっ!?」
慌てて声を上げたのは新人メイドである。
その声に気を取られた一瞬の間で、わたくしのメイドは「うっ」とうめき声をあげて口元を押さえた。
毒見メイドではなくとも、わたくしのメイドはある程度毒にならされている。王族はそれほど毒の不安があるからだ。
そのメイドが瞬時に顔色を悪くするということは……やはり、毒は間違いなく入っているということ。
毒見メイドは新人メイドのために用意していた解毒剤を慌てて毒を食べてしまったメイドに飲ませた。
であれば……これは一体どういうことなのか。
新人メイドは、いまだに調子を悪くすることもなく、能天気にも心配そうにしているばかり。
「大丈夫ですか……?先ほど口にされた料理は一番強い毒が使われていましたものね……」
おろおろと口にしたその言葉に驚愕する。
咄嗟に毒見メイドと顔を合わせると、彼女も驚き、私に頷いて見せた。
新人メイドの言った言葉は真実なのだ。
つまり、あの子は毒に気づいていた。であればどうして平気でいられるのか?まさか、彼女も毒に強い耐性がある……?
「どうしてあなたは平然としているの……」
毒見メイドがそう問うと、新人メイドは驚いて飛び上がった。
「ええっ!?平然とだなんて、とんでもないです!もちろん心配しております!そ、そんなに人でなしではないつもりで……」
「違います!そうではなく!あなたは間違いなく毒を口にしたのに、どうして平然としていられるんですか!どれほど耐性があろうとも、全く症状が出ないなどということはあり得ません!」
「え?ああ、そっちですか。答え合わせということですね!ええっと」
納得したというように頷くと、新人メイドは予備の料理に近づいていった。
そして、信じられないことを言い始めたのだ。
「このスープに入っているのは、ファリスの根の毒ですよね?これはノコの実で中和されますから、ノコの実を潰したものが含まれるこのスパイスを先に食べたので大丈夫です。ノコの実ってすごいですよね!ひとなめでファリスの根のあの強い毒をスプーン2杯分は無効化できるんですもの。それから、このチキンソテーのソースにはジンガエルの胃袋から抽出した毒が入っているようだったので、ステーキに添えてあるランドハーブを先に齧りましたし、デザートがルネベリーのムースなので、このシチューの前に食べました。これでシチューの中にすり潰して入れてあったロッドレハスは成分が変わりますし、ここで非常に強い解毒剤と同じ作用が体で起こり、ノコの実のスパイスがかかった前菜に入っていた毒月草の毒は消えます。その次は──」
「待って!あなたはどの料理に何の毒が入っていて、その上でどうすれば毒が消えるか分かった上で料理を食べたということ……!?」
「え?はい、そうですけど……あの、だってこれってそういう試験ですよね?」
「…………!!」
毒見メイドが絶句したのを見て、何を思ったのか新人メイドが慌てて続ける。
「あ!す、すみません!もちろん、ホギ茸とスラジウムの毒は中和できるものも無効化出来るものもなかったので、食べるべきじゃないって分かってたんですけど……料理があまりに美味しそうで我慢できなかったので、自分で解毒して食べちゃいました……ええっと、先に申告せずにいたことでズルしたことになりますか?ひょっとして私、失格ですか……?」




