109_新人メイドが予想を斜め上に越えていく①(女王陛下視点)
控えた騎士達が、「アッ!」と驚く声をあげることを息を呑むことでこらえている。
それでも堪えられなかった一人の騎士が、小さな声で、独り言をぽつりと零した。
「すごい……スーパーメイドだ……」
なんとも頭の悪そうな二つ名ね。
そう思いながらも、心の中で同意せずにはいられない。
目の前では、オレリアの連れてきた新人メイドが恐ろしいほどの神業を繰り広げている。
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時は少し戻る。
昨日この新人メイドを呼び出した時には、今日の予定についてもどのようにするかはすでに決めていた。
そのためにわたくしが信用しているメイドの中でも、それぞれの仕事で最高の成果を上げる者を用意していた。
誰よりも美しい所作で礼儀作法を完璧にこなす者、他の者には出来ないほど極上の紅茶を淹れる者、有事の際には騎士よりも早く護衛対象であるわたくしを守れるほど武術に長けた者、万が一の時に全ての毒を見逃さずに排除する者……。
それぞれ特技を持ち、誰も自身のそれには敵わないと自負を持つ誇り高きメイドたちだ。
たとえどれほど優れたメイドでも、彼女たちそれぞれの得意分野の足元にも及ばないだろう。
当たり前だ。その一点を極め、磨き上げてきたいわばプロフェッショナル。
しかし、新人メイドはそのようなことを知らずに、きっと自身の至らなさに絶望し、現実を突き付けられることだろう。
わたくしはそう信じて疑っていなかった。
もちろん、未経験であるということは報告をあげられているため、知らないことにはできないし、するつもりもない。
それぞれのプロメイドから直々に教育という名の指導を行うことになっていた。
ただし、求められる成果はそれこそ彼女たちに次ぐほどのものではなければ許さない。
当然、合格水準には到底達せず、厳しく叱責され、最後には心が折れてしまう……間違いなく、そうなるはずだったのだ。
それなのに──
最初は紅茶だった。
わたくしのメイドが淹れる紅茶は、言語化できない些細な感覚を駆使することでようやく淹れることのできる極上の美味しさ。教えた通りに淹れたとして、その味の紅茶を素人が完成させることなど到底無理な話なのである。
だから、紅茶を淹れることを得意とするわたくしの可愛いメイドは、全ての技を披露してやったのだ。
これまで、誰も完璧に真似ることなどできなかった。その技で多少は美味しい紅茶にすることができたとて、熟練の技と経験を持つ彼女の足元にも及ばない。
それが普通なのだ。
ところが、困惑気味にきょとんとしている新人メイドの淹れた紅茶は、まず輝きが違った。
……紅茶に輝き?なんだそれは。比喩ではなく、文字通り輝いている。怪しい薬でも淹れたのではないか?
そう訝しむ私の前で、わたくしの頼れる毒見メイドが彼女の淹れた紅茶をすかさず口にした。毒の場合、立ち上る香だけで体を害するものも存在するからだ。
わたくしの毒見メイドはその嗅覚と味覚、視覚を駆使してどんな毒でも探り当てる上に、どんな毒でも体に取り込んだ瞬間から解毒をするという、毒の利かぬ素晴らしい体質を持っている。
ところが、その毒見メイドが紅茶を口に含んですぐに卒倒した。
「あ、あ、あ……っ」
「や、やはり、毒……!?」
「あ、ああ、あああああ!あああああ最高ですわ!!!!」
「……は?」
思わず立ち上がったわたくしの前で、毒見メイドの表情が、苦悶から恍惚に変わっていく。
これはどういうことなの?視線を向けてみるも、新人メイド本人も困惑の表情だ。
その様子を見て、紅茶の淹れ方を指導したメイドもすぐに紅茶に手を付ける。
こくりと喉が上下してすぐに、彼女はぶるぶると震えはじめた。
「こ、こんな紅茶を……いったいどうやって淹れたのですか……!?」
「えっ?ええっと……先輩に教えていただいた通りに頑張ってみたのですが……なにかおかしかったですか?」
「こ、こ、これは、もはや神の御業……!わた、わ、わたしには、こんなに美味しい紅茶は淹れられません~~~!!!」
誰よりも美味しい紅茶を淹れられる自負のあったメイドは、泣きながら走り去ってしまった。
わたくしも紅茶に手を伸ばす。
「……これは」
わたくしは、去ってしまったメイドを追うことをやめた。彼女は本当に頑張っている、わたくしの大事な大事なメイドだ。3日くらい休みを与えても問題はないだろう。
次は、利き毒を行うことにした。もちろん、もしもの時の解毒薬がきちんと用意されている。
この指導は言うまでもなくとても過酷なもの。挑む前に逃げ出しても仕方がない。訓練も積んでいない普通の人間であれば、毒と分かって口に含むなど到底平常心で出来るわけがないのだから。
紅茶のあまりの美味しさに悶絶していた毒見メイドは何事もなかったかのように立ち上がり準備をしていく。
数種類の毒を用意し、味や匂いなどの相性から、それぞれの毒が一番紛れる料理に仕込んでいる。
この組み合わせを考えたのもわたくしのメイドだ、これならば、わたくしの優れた毒見メイドの嗅覚や視覚をも掻い潜ることができる。口にして初めて毒の存在を微かに感じ取れるかどうかというレベル。
もちろん、それすら熟練の経験がなければ無理な話ではある。
つまり、今度こそこの新人メイドには決して達成することなどできない挑戦。
新人メイドは並べられていく数々の料理に分かりやすく目を輝かせた。
毒見メイドが丁寧に説明していたことも目の前で見ていたのだが……この者、このほとんどに猛毒が仕込まれていることを本当に理解しているのだろうか?




