107_スランの人達と次々に遭遇です
2024年もよろしくお願いいたします~!
スラン王国はローゼリアの故国……全然気が付かなかったのも無理はない。
変わったのは街並みや王城の佇まいだけではなくて、ローゼリアがいたあの頃は『大国』と言われていた国は、そう呼ぶのはちょっとな?と思ってしまうくらいの国力、国面積になっているのだ。国名も違うし。
もちろん、小国というほど小さいわけでもないけど。
まあ、あれから何百年と時間も経っているわけだし、そんなものなのかな?
それにもう長い間スラン王国はあまり外交をしてこなかったため、その実態はそんなに知られていないのだ。
それにしても、こんな風にローゼリアの絵姿を目にすることがあるなんてびっくりだわ。
アリーチェ様の愛読書である『運命の英雄の絵画図鑑』にも挿絵は載っているけれど、あれはこの絵姿ほど実物そっくりではなかったし。
「大賢者様?ひょっとして、運命の英雄様にご興味があるんですの?この方は英雄に名を連ねていた王女ローゼリア様ですわ」
思わず足を止め、ローゼリアに釘付けになっている私に、オレリア様はどこか誇らし気な顔をしている。
「ローゼリア王女に敬意を表して、私はオレリア、妹はシェリアと名付けられたんです」
「……ああ!『リア』を重ねてらっしゃるんですね!」
「はい」
嬉しそうにはにかむオレリア殿下、なんだかちょっと少女のようでいとかわゆし。
ついでに言うと、私の方もオレリア殿下がローゼリアを誇らしく思っている様子に、なんだか得意げな気持ちが湧いてくる。
そう!そうなの!ローゼリアは色々残念なところも多かったけど、とっても優しくて綺麗で楽しくて、素敵な王女であり、自慢の飼い主だったんだもの!
そんな風に思わぬところで和んでいたんだけれど……
「オレリア殿下!」
柔らかい雰囲気を押しつぶすような、鋭い声が飛んできた。
「クリス……」
「殿下、一人で城外へ出るなど何をお考えですか!」
「すぐに戻って来たんだからいいじゃないの……」
「そういう問題ではありません!」
クリス様と呼ばれたその人は厳しい表情でオレリア殿下に詰め寄る。
格好を見るに、騎士様かしら?
どうやらオレリア殿下がこっそりと城外に出たことをどこからか知ってやってきたらしい。
バツの悪そうなオレリア殿下に対して、遠慮のないクリス様。けれど、厳しいながらも嫌悪などの感情はうかがえないから、きっと心の底からオレリア殿下を心配して叱っているのね。
二人はなかなか親密そうだと思いながら黙って成り行きを見守ろうとしていたのだけれど、クリス様は次に私達の方へじろりと視線を向けた。
「それで、あなたたちは?」
「待って、クリス!この人達は……」
「オレリア殿下、私は彼らに聞いているのです」
私達を庇おうとしたオレリア殿下がぐっと言葉に詰まってしまった。
「私たちは……」
それならばきちんと自己紹介をするべきよね、と言葉を返そうとした私の前に、フェリクス様が進み出る。
「私はエルダール王国のレーウェンフック辺境伯、フェリクス。エルダール王太子エドガー殿下の使いとしてスラン王国に参りました。こちらは私の部下で騎士のカインです」
「エルダールの……そういえば、王太子殿下に先駆けて、騎士がスランに入られると聞きました。あなたたちが?」
他国の高位貴族であることに気づき、クリス様の勢いが落ち着いていく。
すかさずオレリア殿下が口を挟んだ。
「フェリクス様たちは外交もかねて先にスランに来てくださっているのよ。あなたも話は聞いているでしょう?」
「……分かりました。それでは、アーヴィン様に来ていただきましょう」
クリス様が通りがかったメイドを呼び止め、「アーヴィン様を呼んでくれるか」と頼んでいる。
きっとエドガー殿下が話を通していてくれたおかげで不審がられずにすんでいるのだわ。
……大賢者の件だけね、想定外だったのは。
ちょっとよく分からないけれど、オレリア殿下とクリス様の間でフェリクス様への対応が決まっていっているらしい。
気になってフェリクス様の様子をうかがうと、そんなオレリア殿下を見つめて柔らかい表情を浮かべている。これは……見とれているのかしら!?
ともかく、フェリクス様の反応的にも問題はなさそうだし、このへんはオレリア殿下に任せておけば大丈夫そうね。行き当たりばったりにしてはなかなかスムーズにことが運んでいるような??
フェリクス様の話が終わりそうな頃、オレリア殿下は私の腕を取り、引き寄せた。
「ごめんなさい、クリスは心配性で……フェリクス様にもあなたにも、とても失礼な態度をとってしまって申し訳ありません。もう少しだけ耐えてくださいね」
「いえ、全然大丈夫ですよ」
二人に聞こえないように、こっそりと私にそう告げたオレリア殿下は、すぐにクリス様に向き直る。
「この子は私のメイドとして雇うことにしたの。メイドの経験はないようだけれど、お世話になった方の遠縁の子で、とても優秀だから、ぜひ私付きとして面倒を見てほしいと頼まれてね。ルシル、クリスは私の護衛騎士なの」
オレリア殿下があらかじめ一緒に考えておいた設定を重ねて伝えていくうちに、クリス様の態度が軟化していく。
「そうですか、オレリア殿下のメイドに……殿下はとてもお優しい方だから、きっと良い経験を得られるだろう」
「はい!」
そうしていると、その場にまた別の人物が現れた。
金髪に赤い瞳のなかなかの美男子だ。柔和そうなタレ目で、甘いマスクは社交界でモテそうな感じ。
見過ぎていたのか、ぱちりと目が合う。
すると、彼はなぜか真っ直ぐに私の前へ進み出て、私の手を取ると、手の甲にキスをした。
「初めまして、僕はアーヴィン・リグス。君、すごく可愛いね。新しいメイド?」
うわあ、とっても軟派な方だわ!これは社交界でモテそう!
さっきと同じような感想を、さっきとは全く別の感情で思い浮かべる。
オレリア殿下の頬は引きつり、クリス様は頭を抱えている。なぜだかカイン様はちょっと面白そうにニマニマしていない?
けれど、どんな周りの反応をアーヴィン様とやらは全く気にしてなさそうな様子ね。
私、今はメイドって設定だから、あまり無下にもできないのだけど、どうしようかしら。
そう思っていると、私が何か反応をかえすまでもなく、フェリクス様がアーヴィン様と私の間に割って入った。
「お初にお目にかかる、エルダール王国のフェリクス・レーウェンフックだ」
一瞬驚いたように私から手を離したアーヴィン様は、フェリクス様をじっと見つめると、ふっと表情を緩めた。
「ああ、あなたが。お話はおうかがいしています。挨拶が遅れて申し訳ない。こちらにいる間は私がご案内をさせていただくことになっているので、どうぞよろしくお願いいたします」
アーヴィン様が差し出した手にフェリクス様がこたえ、がしりと握手をする二人。
……二人とも笑顔なのに、なぜかバチバチと火花が見える気がするのはなぜなのかしら。
◆◇◆◇
そうして私とフェリクス様、カイン様は当初の想定通り、別行動をすることになったのだけれど……。
「ちょっと待ってちょうだい、それはどういうこと?ルシルは私付きのメイドになるのよ!」
「しかし、女王陛下がそれをお許しになりません。オレリア殿下付きにするのならば、陛下が直々に教育をされるとおっしゃられています……」
困惑するオレリア様に、相対するメイドは深く頭を下げるばかりだった。
……女王陛下が、私を直々に教育?
大賢者を嫌い、エドガー殿下からの連絡があったにもかかわらず、大賢者を城に入れないようにと通達していた女王陛下。どうやらとても厳格で威圧的なお方らしいのだけれど。
不安そうな、どうしたらいいか分からないと言いたげなオレリア殿下と目が合う。
うーん、なんだかここにきて雲行きが怪しい気がするわね。
だけど、大丈夫。乗り越えなくてはいけないならなんだって受けて立つわ!




