103_絶対に変えなければならない未来(フェリクス視点)
これは予知夢だ。
夢から覚めた後、すぐにそのことを理解した。
予知夢の俺はエドガー殿下に乞われともにスラン王国へ赴き、大事な縁を紡いだ。
そこで次期女王披露目のパーティーにも参加して……全てが滞りなく進むと思われた中で、なんの憂いも感じることなく帰国した。
スラン王国が滅んだという一報を聞いたのは、それから幾日も経たない時だった。
スランで友情を結んだオレリア殿下は、そして彼は、一体どうなったのか。
予知夢はその答えすらも教えてくれた。残酷な現実を。
それだけではない。
予知夢は何よりも恐ろしい未来を俺に見せつけてきたのだ。
──スラン王国で対峙した悪魔の強大さは一目見て分かった。
長い間呪いをこの身に宿していたからだろうか。
本能で悟る。
……これには到底敵わない。
それでも逃げるわけにはいかなかった。
このままでは大陸中が、いや、下手をすれば世界すらもが滅んでしまうだろう。
そうなってしまえば結局……守りたいものを、守りたい人を一つも守れなくなってしまう。
しかし、無情にもやはり俺ではソレに太刀打ちすることは出来なかったのだ。
痛む体、霞んでいく視界、尽きていく魔力……
どうかルシルだけでも逃げてほしいと願ったが、彼女がそうするわけもなく、『その時』は訪れてしまった。
『ルシル!!』
目の前で倒れていくルシル。手を伸ばしても届かず、体が上手く動かない。
だめだ、だめだ、そんなことが許せるわけがない。
ルシルがこの世界からいなくなるなど、到底受け入れられない。
今すぐに叫びだしてしまいたいのに声は出ない。ボロボロになり横たわった体を抱き起してやりたいのにもはや指一本すら動かせない。
この世にこれ以上の絶望があるだろうか。
絶望が俺自身を全て飲み込んでいく。
世界が終わる前に、俺にとっての全てが終わったのだ。
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絶望に包まれて目を覚ました。
しかし、俺の中には希望が生まれていた。
未来は最悪などというものではなかった。だが、予知夢で知ったことによって、きっとこの未来を回避できるはずだ。
とにかくルシルと話しをしなければ。
未来を変えるために。そして……彼女が生きていることを実感するために。
……いてもたってもいられず、寝起きのルシルの寝室に飛び込んだことは反省している。
落ち着いて予知夢の内容を共有して分かったのは、やはりルシルと俺が見た夢は視点が違うということ。
それはつまり、知っている内容も違うということだ。
もちろん、いつのまにかルシルの側にいたという毛玉のような妖精も、予知夢には登場しなかった。
いや、俺が知らなかっただけで、ルシルは予知夢であの毛玉の視点でも未来を見たようだが……。
とにかく、すでに未来のほんの一欠片は変わっていると思っていいのではないだろうか。
このように、情報が多いほど未来を変えるヒントになるだろう。
「フェリクス様!とっても頼もしいです。頼りにしていますね!」
満面の笑みを浮かべ、俺を心から信頼しているという表情でそう言うルシルに心臓が掴まれたような気分になる。
ルシルは俺を、レーウェンフックを、永遠に終わることがないと思われた呪いから救ってくれた。
奇跡の所業で、本来変わらなかったはずだという運命まで変えてみせた。
きっとルシルが『変える』といえば、運命すらも変えられるのだ。
だが、油断は出来ない。
「……ああ、もちろんだ。俺の大事な人を、死なせるわけにはいかないからな」
……そう、何よりも大切なルシルを死なせるわけにはいかないのだから。
予知夢では、俺を嘲笑うかのようになす術もなく奪われた。目の前で絶望を見つめるばかりで、何もできずに。
しかし、必ずあの未来を変えてみせる。
この手で……ルシルを守り抜いてみせる。
この命に代えても。
なるべく早くスランへ向かおうということで話がまとまった後、エリオスがそっと近づいて来た。
「……フェリクス、ルシルを頼んだよ。ルシルにはきっと自覚もないんだろうけど……彼女は自分の死をどこか軽く考えてるから。死んでもルシルを死なせないで」
それは、どこかで俺も感じていたことだった。ルシルは自身を顧みない。
もちろん、『楽しく幸せに生きていきたい』という思いを持っていることは伝わるが、どこかで自らの死について重要視していないように思う。
自分が死ぬことも、『嫌だけど仕方ない』くらいに思っているのではないだろうか。
一度死んだ記憶があるからなのか……何が彼女にそうさせているのかは分からないが。
生きるためにあがきはするが、どうしようもなければ受け入れる。そんな空気を纏っている。
だが、そんなことは俺が受け入れられない。
不安を宿した瞳で強く俺を見るエリオスに、迷いなく頷いた。
「ああ、もちろんだ」
ところで、ルシルはどうしてか、よく分からないことを言っている。
「オレリア殿下が女王陛下になって、それなのに約束を守れなかったことがどう考えても未来を変える鍵よね。歌を捧げることが出来なかったって……どういうことなのかしら?フェリクス様はその事情までは知らないんですよね?」
「その前に、気になることがあるんだが」
「まあ、なんでしょう?」
「ルシルはさっきもオレリア殿下が『約束』を果たせるように手助けすることができればスラン滅亡を防げると言っていたが、あれはどういうことだ?」
俺の質問の意味が分からないのか、ルシルが不思議そうに首を傾げる。
しかし、ルシルの言っていることは明らかにおかしいのだ。
なぜならば……
「女王になったのは、オレリア殿下ではない。オレリア殿下の妹君だ」
「ええっ!?」
俺の言葉に、ルシルは目を丸くした。
毛玉が視界の端で、何かを伝えたがっているようにぶるぶると震えていた。




