95_久しぶりの王城です
レーウェンフックの呪いが消え去って数週間後。私は久しぶりに王城へ来ていた。
「──ええっと、ちょっと整理させてくれるかい?」
対面のソファーに座ったエドガー殿下が額に手を当て、項垂れるようにしてそう言った。なんだか疲れていそうだけれど、大丈夫かしら?
チラっと、隣に座るフェリクス様を見てみる。すると、私の視線に気がついたフェリクス様がこちらを見て、目が合うと肩を竦めて見せた。その顔が『ま、大丈夫だろう』とでも言っているようだ。
「その黒くて小さいのははるか昔『運命の英雄』の一人である勇者が封印した魔王──ドラゴンで、」
エドガー殿下は私の膝の上でふんぞり返ってくつろいでいるマオウルドットをちらりと見ながら一度言葉を切る。
今回王都に来るにあたって、マオウルドットはどうしても一緒に行く!と言って聞かなかったのよね。
まあ小さくなっているから一緒に馬車にも乗れるし、何より今回大活躍してくれたマオウルドットの言うことだから、断るのも忍びなくてこうして王城にまで連れてきたのだ。エドガー殿下に説明するのに、実物ドラゴンがいた方が信じてもらえやすいかなと思った部分もある。封印は相変わらず私の耳に揺れるピアスに紐づいているから、一緒にいれば悪さなんてできないし、まあいいかなと思って。もちろん、一応エドガー殿下に許可はもらったわよ?(ただし、殿下はなぜか可愛がっている猫でも連れているのかと思ったらしい。猫ちゃんたちはお留守番しているのだけれど)
殿下は静かに目を瞑り、続ける。やっぱり疲れているのかもしれないわね。お仕事が忙しいのかしら?
「──そして、ルシル嬢の前世が何百年という長い年月を生きた猫で?そのドラゴンはルシル嬢と古くからの友人で??さらにドラゴンを封印した張本人である勇者はルシル嬢の前世の飼い主の一人で……?」
エドガー殿下がただ単に自分の中で整理しているのか、確認のために疑問形なのかが分からないため、とりあえず頷いておく。
「大賢者エリオス殿はそのルシル嬢の前世の最後の飼い主で、レーウェンフックの生まれで、悪魔の生贄にされかけて、それが元でレーウェンフックの呪いに繋がり、それからこの姿のまま長い年月を生き続けていて……???」
今回、登城するにあたって、フェリクス様と色々と相談したのだ。そしてその結果、エドガー殿下には全て話してしまおうという結論に至った。フェリクス様は最初、「本当に全て打ち明けてしまってもいいのか?」と心配そうにしていたけれど、別に知られて困ることはなにもないし。
それよりも、打ち明けてしまった方が色々とスムーズにいきそうだなと思って、私としてはためらいもなかった。エリオスも「僕はルシルに任せるよ」と言ってくれたし。
そのエリオスは今、フェリクス様とは反対側の一人掛けのソファに座って出されたお菓子を美味しそうに食べている。
「……その、何代にも渡りレーウェンフックを苦しめていた呪いが解けたら、エリオス殿の魔力はすっかりなくなった上に止まっていた彼の時も流れ出し、ただの人になったと。おまけに呪いを解いたのはルシル嬢……」
概ね合っているけれど、一つだけ訂正しておかなくてはいけないわね。
「私が呪いを解いたというわけではなくて、皆の力を合わせた結果です!」
すると、今の今まで黙ってふんぞり返っていたマオウルドットがすかさず口を挟む。
「オレが一番頑張った」
「うんうん、そうね、マオウルドット!間違いなく、あなたの活躍が一番大きかったわ!」
「ふん!そうだろ!」
呑気にそんなやりとりをしていると、エドガー殿下は大きなため息をついた。ああ、やっぱり、お疲れなんだわ!そんな時にこうして時間を作ってくださって、本当に殿下は良い方よね。
「ちなみに補足すると、勇者だけでなく、歴代の『運命の英雄』は全てルシルの前世、リリーベルの飼い主だったようです」
「ねえ、つまりそれって、ルシル嬢の前世が『運命の英雄』を英雄たらしめていたという、伝説の聖獣だったってことだよね?本当に、君らは世間話をするように軽く言うよな。どう考えても話が重いんだけど……」
フェリクス様がしれっと情報を付け加えると、エドガー殿下はついに両手で顔を覆ってしまった。
しかし、すぐに気を取り直して、いつもの笑顔を浮かべると、私に向き直る。切り替えが早い。こういうところがさすが王族だと思うわ。
「それで、今日はエリオス殿をレーウェンフックに養子に迎え入れるための手続きに来たんだよね?」
「はい。エドガー殿下のお力添えを頂けないかと思いまして」
エリオスをフェリクス様のご両親の養子に迎えることは、私たちの中ではすぐに決まった。今日までの間にご両親の許可も得ることができたし、準備は着々と進んでいる。
だけど、一つだけ問題があったのだ。
「まあ、エリオス殿の存在は特別だからね」
そう、エリオスは、今の時代には正式には『存在しない』ことになっている。
もちろん、貧民街に暮らす孤児などを迎えることも、稀だけれどないわけではない。そのため、手段としてはどうとでもできるのだけれど、エリオスはこれまで王家の管理下にいたわけで。このまま勝手にエリオスを養子に迎えることはできないのよね。
どちらにしろ、魔力を失った今、これまでのように『大賢者』として王家の力になることもできない。そのため全ての事情を話し、王家の管理から外れ、ついでに養子に迎える手続きを済ませてしまおうということになったわけだ。
つまり、義理を通すために『一応事前にきちんと全て説明しておきましょう』くらいの話のつもりだったのだけれど。
エドガー殿下は先ほどまでの戸惑った様子が嘘のように、にっこりととてもいい笑顔を浮かべるとこう告げた。
「一つだけ、条件がある」
「条件、ですか?」
思わず聞き返す私。隣に座ったフェリクス様が警戒したのが分かった。さっきまでお菓子に夢中だったエリオスも顔を上げて殿下の方に視線を向ける。
何も気にしてないのはマオウルドットだけで、飽きて眠くなったのか、私のお腹に顔を押し付けて丸くなっている。
そんな私たちの様子に、エドガー殿下は慌てて言い直した。
「条件というか、お願いだね。うっ、だから、フェリクス殿、そう圧をかけるのはやめてくれ……」
(圧?)
不思議に思ってフェリクス様を見るも、別に普通にすましている。さっきの警戒心が、エドガー殿下には圧のように感じたのかしら?
「ハア……ルシル嬢を取り上げたりなどしないから、落ち着いてくれ」
「それならいいです。それで、お願いとは?」
あら?いつのまにかフェリクス様がメインで話しているわね?まあ別になんでもいいのだけど。
ちょっと怯んだ様子のエドガー殿下は、空気を変えるように咳払いをひとつすると、私の目を見て言った。
「ルシル嬢。エリオス殿の後を継いで、君が次の『大賢者』になってくれないかな?」
……ええっと?




