幸福のはじまり
久しぶりに書いてみました
愛する人、クリスティーナと結婚して2年の月日が経った。日々美しさに磨きがかかる彼女を一番近くで見るのは夫たる自分だけに許された権利だが、彼女の美しさに惹かれる羽虫が増えるのは祓う此方としては迷惑極まりない。
「お帰りなさい。難しい顔をしてどうされたのですか?」
一番陽当たりの良い場所で揺り椅子に揺られる彼女の姿に目を細める。陽の光を反射してきらきらと輝く銀の髪とアメジストの瞳が、この世のものでは表せない美しさに拍車をかける。
「そろそろ日も暮れる。冷える前に部屋へ戻ろう」
「そうですね」
私の言葉に頷き椅子から立ち上がる彼女を支える。
「ふふ、そんなに心配しなくても、転んだりしませわ」
「・・・クリスティーナは案外抜けているところがあるから心配だ」
この前も出迎えに来てくれたのはいいがドレスの裾に足を取られて転倒しそうになっていた。その時の私は全身から血の気が引くと同時に無意識に彼女を抱き抱えていた。彼女の体も勿論心配なのだが今の彼女は一人の体ではないのだ。
「あなたのお父様はとても心配性ですねぇ」
そう言いながら愛しそうにふっくらと膨らんだ腹を撫でる姿は聖母のようで神々しい。
そう、彼女は今私の子を身籠っているのだ。結婚して暫くは二人きりがいいと避妊をしていたのだが彼女が、「貴方との子どもがほしいのです」と潤んだ瞳でお願いをしてきたものだから全力で励んだ。全力で励んだ結果の懐妊である。まさかこんなにもすぐに懐妊するとは思わなかったが、彼女の嬉しそうな顔と、日に日に膨らむ腹に少しずつ父親になるという実感が湧いた。
そしてついにこの日がやって来た。
「落ち着いてください。貴方様が落ち着かなくてどうするのです。今一番大変なのはクリスティーナ様ですよ」
「っ、分かってはいるんだ。しかし・・・」
産み月になり彼女が産気付いた。扉の向こう側だというのに此方まで届く彼女の苦しそうな声に、彼女の身になにかあったら・・・と最悪な想像をしてしまう。こんな悲鳴のような声を聞くくらいなら子どもなど作るのでなかったと憤る。そんなことを考えている間も苦しそうな彼女の声が聞こえてきて、それはどんどん大きくなってきている気がする。そして一際大きい唸り声のようなものがした後静寂が訪れた。
次の瞬間、
「おぎゃあ、おぎゃあ」
高く力強い泣き声が響いた。祈るように目を閉じていた私はその声にはっと顔を上げる。中から産婆が出てきて満面の笑みで「元気な御子息でございます」と言うと私は転がるように部屋の中へ走り込んだ。
「クリスティーナ・・・」
寝室のベッドに力なく横たわる彼女は目を閉じていて、私の声にぴくりと瞼を動かしゆっくり目を開いた。
「赤ちゃん、抱いてあげてください。とっても、可愛いのですよ」
そう言って彼女の視線が私の後ろに向く。それに導かれるように振り向くと、侍女がなにかを大事そうに抱えていた。そのなにかを侍女が私に抱かせる。
「貴方に、似ているでしょう?髪の色もそうですけど、瞳も貴方と同じ色なのですよ」
私はじっと腕の中にいる赤子を見る。小さい。そして柔らかい。少し力を入れてしまえば壊れてしまう存在。私が赤子だった頃もこうだったのだろうかと未だに現実味のない気持ちで赤子を抱く。
暫く見ていると、うっすらと、本当にうっすらと目を開いた。
「本当だな。私と一緒だ」
自分の色と同じ瞳に、なんだか嬉しく感じる。私の血をこの赤子が繋いでいるのだと、そしてそれを与えてくれた彼女に、胸の奥が熱くなる。
「クリスティーナ」
「はい」
妻と母の顔を併せ持つ彼女に、どうしても伝えたくなった。
「私の子を産んでくれて、ありがとう」
あえて相手役は書いてません。誰にでも当てはまる未来なので。お好きな相手を当てはめてください。




