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感謝、そして・・・

クリスティーナに戻ります

ふわふわと身体を包む感覚が心地好くて寝返りをうつと、その違和感に急に意識が覚醒する。確か私は自ら舌を噛み切り自害をしたはずだ。あの痛みも鉄臭い血の臭いも覚えているのに・・・


私は恐る恐る眼を開いた。そして気付く。自分が横たわっているのは見慣れた自室のベッドであることを。ますます訳が分からなかった。ゆっくりと起き上がり辺りを見渡し、なんだか怠い身体を動かして姿見の前まで移動する。そこに映るのは間違いなく自分で、どこも変わったところは見られない。姿見にさらに近付き、口を開いて舌を出す。やはり噛み切ったはずの舌には傷一つなかった。ますます訳がわからなくて首を傾げていると、まるで計ったように彼が部屋へ入ってきた。


「クリスティーナ、目が覚めたのだな」

「ガイナリウス様、どうして私・・・」


生きているのですか?

そう尋ねようとしたのだけれど、彼の大きな身体に抱き締められて言葉が出なかった。


「良かった・・・喪ったかと思った。あのような思いはもう沢山だ」

「・・・・申し訳ございませんでした」


大きな身体を震わせ、迷子の子供のように私に縋りつく彼に、もう大丈夫だと伝えるように背中に両腕をまわした。






















「お聞きしても宜しいですか?どうして私は無傷なのでしょう?」


漸く落ち着いて話が出来る状態になった彼と長椅子に座り、しかしお互いの手は握ったまま私は彼に尋ねた。


「無傷、とは正確には言えぬな。そなたは確かにあの時死の淵にいた」


やはり、あの痛みも血も現実であった。ならばやはり疑問である。


「でも(わたくし)はこうして元気でいますわ。なにがあったのですか?」

「・・・知っても、我を軽蔑しないか?」


いつもの覇気は何処へやら。叱られた子供のように私の様子を伺う姿はとても可愛らしい。思わず微笑んでしまったけれど、それが彼に安堵を与えたみたいで少しだけ余裕が生まれたみたいだ。


「そなたの傷を治す為に我の魔力を与えた。しかし人間のそなたには過剰なもの。魔力に対応するため、身体が造り変えられた」

「では、私はもう人ではないのですね」

「・・・・・」


彼はなにも発さず、ただ紅の瞳で真っ直ぐと私を見つめた。ただそれだけで肯定されたと分かってしまう。私は彼と繋いでいない方の手を握っては開いた。見慣れたその手に、なにが変わったのだろうかと思うも、彼が嘘を言う理由もなく、実感のない現実を受け止めるしかなかった。


「やはり、怒っているか?」

「いいえ、ただあまりにも現実味がなくて・・・怒るべきなのかも分かりませんわ」


見た目も変わらず、念じても魔法が使えるわけでもない。だけど人ではなくなった。混乱はしてもそれが怒りに結び付くのはなかなか難しい。


「すまぬ・・・しかし我は申し訳ないと思うのと同じくらい嬉しく思ってしまう。これでそなたは我と同じ存在になった。そなたと永遠と同じ時間を共に生きられる。喪わずに済む、と・・・我が消滅しない限りそなたも存在し続けるのだから」

「・・・狡いですわ。そんなことを言われては怒れないではありませんか。ですが宜しいのですか?私はあの時・・・」


舌を噛み切ったあとのことは分からないけれど、清い体とはとても言えない行為をされた。普通の令嬢ならば生きることが辛く、自害するか神の妻になるかのどちらかを選ぶ。私も勿論前者を選んだ。そんな自分と共に生きたいと言ってくれる彼に、どうしても確認しておきたいのだ。後でやはり穢れているなんて言われたら、虫を見るような眼で貶められたら・・・


「人間の世界がどうかは知らぬが、魔族は純潔かそうでないかは気にしない。それにそなたはそんな心配をせずとも美しいままだ。見目も、中身も、全てが我を捕らえて離さない。愛しい愛しい我の唯一。そなたが憂う必要などなにもないのだ」

「ふふっ、まるで私の心を覗かれてしまったみたいですわね。でも、そう言っていただけたので安心しました」


身体が変わってしまったとか関係なく、私の心は既に決まっていた。ただ、踏み出す一歩が掴めなかっただけ。


「そなたにもう一度伝えよう。我はそなたを愛している。この永久に等しい命を棄ててでも、そなたを我が妃としたい。我と共に生きてくれぬか?」


ふわりと彼の纏ったマントが目の前に舞う。瞳に映るのは誰よりも強く高潔なる魔界の王。誰にも頭を垂れることなき王が今、私に向けて懇願する。

その言葉の重み、真剣な眼差しを見て、私は答えを出した。
























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