意外な一面
あれからすぐに私とロクサスは婚約した。義兄があからさまに何か言いたそうにしていたけれど、私は視線を合わさないようにした。簡単に婚約したとは言ったけれど、実際は一悶着あったりもした。その主たる原因がお父様と義兄だった。お父様は私が先の婚約話で傷付いたと思っているせいか、もう少し落ち着いてから冷静に考えてもいいのでは?と実に真っ当なことを仰って、義兄の方は爵位も持てない男に義妹を幸せに出来るはずがないだろうと聞く耳を持たなかった。きっとそれは建前で、ティアハート邸から戻った私の様子に気付いて味方をしようとしてくれたのだろう。私は、ロクサスがこれを聞いてどう出るのか気になり彼の様子を伺い見た。少しは焦ったりするかと思ったけれど、ロクサスの表情はとても自信に満ち溢れていた。
「ミハエル公爵様の意見もわかります。僕も傷付いた彼女を心配していましたから。しかし時間をかけたからと言ってその傷はいつ癒えるのでしょう。一年後?二年後?それまで彼女を真綿でくるんで大切に金庫に仕舞っておくのですか?僕にはそれが彼女の為だとは思えません」
背筋を伸ばしお父様と対峙するロクサスは、今まで見せたことがない大人の顔をしていた。なにかを作製しているときのロクサスと似ているけれど、でもどこか違う。
「僕は、ずっとずっと昔からティーナのことを想ってきました。彼女がバルトロス王子の婚約者になったと知っても・・・この想いが消えることはありませんでした。あの時の胸の痛みは、きっと生涯忘れることはできないと思います。だからティーナの痛みも解るつもりです。解るからこそ、彼女に寄り添える」
断言するような口調にお父様もたじろぐ。私の方も、こんなにもはっきりと言葉を口にする彼の姿に驚くと同時に、本当に、幼馴染みの延長上の気持ちではなかったのだと改めて気づいた。彼は今までそう伝えてくれていたけれど、頑なに信じなかったのは私だ。信じたくないとも思っていた。だって一度でも男女の感情が芽生えてしまえば、今まで築き上げてきた純粋な関係が壊れてしまう。私はそれが嫌だったんだ。
「それは、同情とは違うのかな?」
「有り得ませんよ。だって僕は嬉しかったから。ティーナが傷ついても、彼女に届く距離まで近付けたことに感謝すらしています。勿論、これからはティーナのことを誰よりも幸せにするつもりです。なにより好きなのは彼女の笑顔ですから」
ふわりと笑うロクサスの顔は、昔からよく知ったものと同じで一瞬だけ、この歪んだ関係がなかったのではと勘違いしてしまう。もし、私が彼に少しでも恋愛的な好意を持っていたら、こんな風に笑ってくれていたのかもしれない。それを変えてしまったのは・・・私だ。
「それと・・・メリオロスさんの仰る爵位についてですけど、確かに僕はティアハート家では次男で、爵位は兄が継ぎます。しかし僕には芸術の才能があるようでして、今現在存在している作品も、国内外で高く評価していただいています。ご存知かは分かりませんが国王陛下にも先日、絵を献上させていただきました」
だからなんだと言うんだという顔でロクサスを見る義兄。私も彼がなにを言いたいんだろうと首を傾げる。
「国王陛下も僕の将来性を感じたのでしょうか。僕が望めば、爵位をくださるそうです。勿論、伯爵位で・・・通常ならば有り得ないことなんですが、僕の生家とこれから得られるだろう利益から鑑みてくださったようです」
つまり、ロクサスはいつでも爵位を手にできて、すぐに私と結婚もできる立場にあるということか。国王陛下をも動かすその才能は素晴らしいのだけど、それを私なんかに使ってしまうところはどうなのだろうと思ってしまう。
「ですから、彼女が貧しい暮らしをするのではという不安は捨てていただいて結構ですよ。まあ、既にこの先十年、散財しても問題ないくらいの財産はあるので・・・帳簿でもお見せすれば安心でしょうか?兎に角、彼女に不自由はさせませんということだけ言いたかったんです」
まだ成人したばかりのロクサスがすでにそれほどの財産を所有していることにお父様も私も驚いた。義兄は不満そうにしているけれど。でも、それを聞いて少し安心した。贅沢をしたいとかじゃなくて、爵位とか財産とか、ちゃんと私を迎えるために色々考えてくれていることが、少しだけ嬉しかった。そしてロクサスは、さらに私を安心させる言葉を言ってくれた。
「すぐに結婚、とは考えていません。彼女の気持ちを優先したいですから、彼女が僕を受け入れてくれたら・・・そのあとでいいと思っています。ただ、婚約という形をとるのは僕が安心したいからなんです。それがあれば、僕はいつまでも彼女を待っていられる」
「ロクサス・・・」
あんなに、脅すように私に婚約を迫ったのに、こんな場面でいつもの優しい貴方を見せるなんてずるいわ。そんなふうに優しさを見せられたら気持ちが揺れてしまう。あんな卑怯なことをした貴方を赦してしまう。
「君がそこまで考えてクリスティーナを欲しいことは分かった。私は、クリスティーナが幸せになるなら相手は誰だって構わないよ。だからクリスティーナの意志を尊重する」
どうしたい?と優しい瞳で仰るお父様からロクサスに視線を移す。その顔は強張って、私の判断を待っているようだった。変ね・・・婚約者になるように強要したのにこんなに緊張しているなんて。それがなんだか可笑しくて、自分のことなのに考えることが馬鹿らしく思ってしまった。そう、私がなにを考えて感じようとも答えは一つしかないのだから。
「お父様、私、ロクサスと婚約しますわ」




