命を懸ける
「いらっしゃいティーナ」
三日後、私はティアハート邸へと足を運んでいた。本当はこちらの有利であるミハエル邸に招くつもりでいたのだけれど、どうやらロクサスのお父様に一ヶ月ほど軟禁されているようで出られないらしいのだ。まあ、あれだけのことをすればすぐに親の耳に入るだろうしそれを放置なんてするはずもない。軟禁なんて寧ろ優しい方で、普通なら縁切りもののことを、ロクサスはやらかしたのだから。だから仕方なくこちらから出向く形になったわけだ。
「ごめんねティーナ、わざわざ来てもらって」
「いいのよこれくらい。だけど、その格好は宜しくないわよ?私だから良かったものの、他のご令嬢が見たら卒倒ものよ」
そうかな、と全身を見るロクサスの格好は大きく胸元の開いたシャツとズボンのみ。その胸元から覗く美しい胸筋が中性的なロクサスからは想像がつかなくて思わずくらりときてしまう。
「ティーナ?ここじゃあれだし、部屋に行こうよ」
「え、ええ」
そして私は、色気あるロクサスに意識をとられたせいで冷静な判断力を失い、間違ってもやってはいけない行動を起こしてしまったのだ。
「よくよく考えてみたら、私此処に入るの初めてね」
「まあ、こんな具合に綺麗じゃないし、それにいくら子供でも僕はティーナにとって異性だし周りが許さなかったよ」
と、画材などが散らばるお世辞にも綺麗とは言えない部屋を進むロクサス。私はそれに着いて奥に向かった。一応作業部屋と寝室は分けているみたいでロクサスが握ったドアノブの奥にはベッドと簡素な机、そしてクローゼットがあるだけだった。
「それで、ティーナが話したいことってあれかな?僕の告白のこと?」
ロクサスが引いてくれた椅子に腰掛けている私に、ドスンとベッドに腰掛けた彼はにこりと笑う。
「ええ、ちゃんと、話をしなきゃと思って・・・ロクサスは本当に私のことを異性として好きなのか。もしかして、錯覚しているんじゃないかって」
「・・・・錯覚?」
私の言葉に笑みを浮かべていた顔を瞬時に解くロクサス。その感情の削げ落ちた、まるで感情のない人形のように美しい顔に肌が粟立ち無意識に両腕で自らを抱き締めてしまう。しかしここで終わらせてはいけないと、沈む気持ちを奮い立たせ再び口を開いた。
「小さな頃から、私達は一緒にいたでしょう?仲が良すぎたから、ロクサスの私への感情は本当は幼馴染みに対する友愛なのに、勘違いしているんじゃないかって、そう、思ったの」
声が震えてしまっていないか気になったけれど、どうやらそれは相手に伝わっていないようで安心する。恐る恐るロクサスの様子を伺うと、やはり無表情で、なにを考えているのかさっぱり読めなかった。
「勘違い・・・ねぇティーナ?それって、ただティーナがそうであってほしいって、そう思っているだけじゃない?僕がそれに頷けば、ティーナは悩まなくてよくなるものね。だけど残念、僕の気持ちは本物だよ。ティーナにキスしたいし全身を触りたい。触るだけじゃ足りない。ティーナのことを僕ので気持ちよくして、僕の下で淫らに乱れる姿をずーっと見ていたい。ティーナになら、いつまででも興奮していられそう」
初めて見せる欲の映った瞳に怖くなり椅子ごと後ずさってしまった。私があからさまに怯えている姿を見てロクサスは「可愛いなぁ」と呟いた。
「ティーナ、頭の良いはずの君が疑問にも思わず僕の部屋にやって来たことが、そもそも間違いなんだよ。此処は僕の縄張りだ。この部屋の有り様から、普段僕が誰も此処に入れていないのは容易に想像がつくよね?その時点で気付いていれば・・・」
貼り付けた笑顔で近づいてくるロクサスから逃げなくてはと、転びそうになりながら部屋の出口目掛けて駆け出そうとした。そう、したのだけど、俊敏な動きで腕を掴まれそのまま後ろから抱き締められてしまった。後頭部にかかるロクサスの息が、なんだか艶かしく聞こえて、つい先程彼が口にした行為が頭に浮かんでしまう。
「ふふっ、ティーナの匂い。甘い甘い・・・ねえ、舐めたらこの匂いと同じ甘い味がするのかな」
「んっ、いやっ」
拘束した私の顔を横に向けるとべろりと頬を一舐めする。そして「甘くはないんだね」と言ってまたくすりと笑った。
「ねえティーナ、ティーナは僕を拒む?僕のこといらないって言う?」
なにかの留め金が外れてしまったように次から次に脈絡なく話すロクサス。もしかして彼自身も混乱しているのではと思う。
「もしティーナにいらないって言われたら僕は・・・」
その続きの言葉に私の瞳は大きく開いた。
「死んじゃうよ。だってティーナに認められないなら生きている意味がないもの。ティーナに拒まれたあとになんの希望もないこの世界に生きている意味を見出だせない。なら死霊にでもなってティーナの傍に居続けるか、来世で今度こそティーナを僕だけのものにするために先に死んで準備をするか、そっちのほうがずっと意味がある」
「・・・私が、私の言葉ひとつでロクサスは命を捨ててしまうの?そんなの・・・おかしい、間違ってるよ」
ロクサスはまだまだ若い。もし私と別の道を進んだとしても、彼の才能がこれからの人生を明るく照らしてくれるというのに。そして私より好きになれる女性だって見つかるかもしれないのに。そう思うと涙が溢れ落ちた。
「おかしくないし、間違っていないよ。だってそれだけ僕はティーナが大好きなんだ。好きなんて言葉じゃ足りない。愛してる。ティーナが死ねと言えば喜んでこの心臓にナイフを突き立てるくらい。ねえ、どうしてほしい?ティーナが決めてよ。このまま僕の愛を受け入れて僕の婚約者になってくれるのか、それともこのまま僕と絶縁して僕の死後罪悪感に苛まれて生きていくのか」
さあ、どっち?ととても楽しそうに声を弾ませるロクサス。どちらも選ばないことができないなら、もう道は一つしかないではないか。
「・・・・・ロクサスの、こん、やくしゃに・・・して」
「ティーナならきっとそう言ってくれると思っていたよ!!愛してるティーナ。やっと、やっと僕のものだ」
歓喜に震える体を静めるように私の体を強く抱き締め、そして薄く色付いた唇を私のそれに落とした。
どうしてこうなった・・・はじめはこんなつもりじゃなかったのにどこで間違った自分・・・これじゃロクサスが自分の命を人質にクリスティーナを脅してるだけじゃん。まあそのつもりはあったけどここまで酷くなかったよ。救済を、救済をしなくては(ロクサスの)




