ロクサス・ティアハートについて
ロクサス・ティアハート、彼はティアハート伯爵家の次男である。キャラメルブラウンのゆるふわな髪の毛は思わず触れて愛でたくなるほど柔らかそうだし、男性にしては少しだけ大きな同色の瞳は愛玩動物のそれによく似ていて、大人の女性に大変な人気がある。しかし彼の人気はなにも容姿だけで成り立っている訳ではなかった。素晴らしいのはその手が生み出す美しい芸術品の数々だ。ロクサスは幼い頃から才能があったようで遊びで創ったものがその筋の人間の目に留まり、彼の両親に是非自分のもとで成長させたいと申し出たほどだったらしい。彼の両親も、少なからず自分達の息子が創り出したものが世間一般の子供のそれよりも良くできていると感じていた。そのうえ他人からの評価も高いならばやらせてみてもいいのではないかと思い、息子である彼に打診してみた。まあ、両親には彼の才能のことよりも、次男である彼は家を継げずなにかしらどこかで職を見つけなければならなくなるだろうから、その苦労を少しでもなくせればと考えてのことだったのだが。
しかし彼は拒否した。どんなに両親が説得しようとしても、頑として首を縦に振ることはなかった。なにが彼をそうさせているのかと聞けば、迷いなく彼はこう答えた。
『ティーナと離れるのはイヤ』
そう、彼が絵を描き始めたのも、なにかを創り始めたのも、すべてクリスティーナが喜んだからだ。最初に描いた絵はクリスティーナの似顔絵、最初に創りだしたものはクリスティーナの誕生日にあげた可愛いブローチ。クリスティーナが喜ぶから、嬉しいと言ってくれるから、彼は描き創るのだ。彼女のためだから最高のものを生み出せる。それがもし誰が知らない人間のためのものなら、一般の子供のそれとなんら代わり映えのしないものになっていただろう。
その後も両親の説得は続いた。時には彼を預かりたいと言ってきた芸術家も彼を囃し立てなんとか頷かせようと頑張ってはみた。しかし彼の意思は変わらず、逆に悪化したのだ。つまりなにも描かないしなにも創らなくなったのだ。これに困った大人達はついに諦め、彼のしたいようにさせることにした。それでも暫くはそちらに目もくれなかったのだが、ある日を境にまた筆をとりはじめた。一体どうしたのかと両親が問えば、彼はあっけらかんとこう言った。
『ティーナが僕の絵を見たいって言ったから』
どこまでもクリスティーナを中心に行動をする彼に両親は呆れ、本当に彼の好きなようにやらせることにした。しかしそれが功をそうしたのだろう。今ではロクサス・ティアハートの名を知らない貴族はいないほど、彼は有名になった。
彼の大出世に自分が関わっているなんて露とも思っていないクリスティーナは、ただ幼馴染みが有名になったことに素直に喜んでいた。




