私を救い出すのは貴方だけ
後書きの捕捉がすごい
ふいに、風が吹いたような気がした。ここは密室で窓すら見つからないというのに。もしかして近くに出入口があるのかもしれないと首だけを動かした。そして驚いて眼を見開いた。次いで出るのは涙だった。
「私の婚約者から離れていただけますか?バルトロス殿下」
「メリオロス・ミハエル・・・」
開いた出口から覗く闇を纏って立っていたのは誰でもない義兄だった。義兄も、バルトロスも、今にも相手を射殺さんばかりにお互いを睨んでいる。
「もう一度だけ言います。今すぐ私のクリスティーナから離れてください。そうでないと、私は貴方が王族だろうが関係なく喉元を引き裂いてしまう」
「くっふふ・・・それは今更ではないかな?君は昔から、私を殺したいという眼で私を見ていたではないか。でもそうだねぇ、君に従うわけではないけれどこれ以上は今はしないでおこう。私もクリスティーナも、人に見られて致す趣味は持ち合わせてはいないからね」
バルトロスは私を抱き起こすとわざと背中を義兄のほうに向ける。そこには彼に付けられた所有痕が無数に散りばめられている。これだけでも暗になにかあったと思わせることは十分に可能で、義兄に見放されることも有り得ることだった。
「綺麗だろう?クリスティーナの白くキメ細かな柔肌に赤は良く栄える。上気した頬も、思わず食べてしまいたくなる。この唇もとても美味しそうだ」
誰もが見惚れる妖艶な笑みを浮かべて顔を寄せてくるバルトロス。このままでは触れてしまう・・・思わず眼を瞑ってしまった私に届いたのはなにかが風を切る音と壁に突き刺さる音だった。恐る恐る眼を開くとバルトロスの背後の壁にはよく知った短刀が突き刺さっている。それは義兄が護身用に懐に忍ばせているものによく似通っていた。
「彼女に触れるな・・・そう警告したはずだ」
声だけでも義兄の怒りが伝わってくる。空気に電気が走ったようにピリピリしている。
「余裕がないねぇ・・・君は間借りなりにもクリスティーナの婚約者なのだろう?婚約者なら彼女の愛を疑わずただ信じていれば良いのに・・・ああ、そうか。その自信がないんだよね?それはそうだ。だってあんなことをした君を誰が好きになる?私がクリスティーナなら君を嫌悪し憎みすらするだろうねぇ」
「くっ・・・」
明らかに分が悪いのはバルトロスのはずなのに、まるで追い詰められているのは義兄のようだ。それは、やはり私とバルトロスの婚約がなくなったことが原因なのだろうか。
「教えてあげないと、彼女に真実を。ねぇクリスティーナ、君も知りたいよね?あの男がどんなに薄汚れた男なのか」
「しん、じつ?」
「そう、あの女から直接聞いたのだから、間違いないよ。その為にあれを抱かなきゃならなかったのは苦痛でしかなかったけれどね」
彼女を抱くことで手に入れた真実は、私の心を変えてしまうのだろうか。だけど聞かなくてはならないと思った。きっとそうさせたのは私なのだから。私がなにも口にしないことを肯定と受け取ったのか、バルトロスは事のあらましを語り始めた。彼の話を全て聞き終えて思ったのは、背後に立つ義兄の愛はとても狂暴で、冷血で、冷酷で・・・だけどとても情熱的であるということだった。
「ねぇクリスティーナ、こんな男、君には相応しくないだろう?自分の欲望の為に一国の王子でさえ貶めて君には偽りを吐き自分に縛りつけるなんて、卑劣極まりないよ」
君もそう思うよね?とにこやかに首をかしげるバルトロス。普通の女の子なら、ここでバルトロスの容姿に見蕩れ、婚約者の所業に激怒するのだろう。だけど私は・・・
「それくらい、私を愛していたのでしょう?メリオロス様」
「っ!!」
私の言葉に息を飲んだのはどちらだったのか。きっと両方だろう。目の前の彼は驚愕で、背後の彼は・・・きっと凶喜から。
「バルトロス様、貴方と義兄の決定的な違いは、悪事に手を染めてまで愛を欲するか否かでしょう。それこそ、王族を貶めてまで。これが知られれば、義兄は斬首・・・それでも、義兄は私を求めたのです。自らの命の危険すら厭わず、私が欲しかった。私はそれに応えた、ただそれだけなのです。バルトロス様は違ったでしょう?貶められても貴方は王族、その事実を捩じ伏せ、なかったことにすら出来たはずなのにそれをしなかった。ただ起こったことを受け入れ、心が伴わないながらも私を手放した。それが真実です。これは、貴方が招いた結末でもあるのですよ」
「クリスティーナ・・・」
私のはっきりとした拒絶に抱き締めていた両腕から力が抜けだらんと落ちていく。そこをすかさず義兄が掬い上げ自らの腕の中に囲い込んだ。バルトロスに抱かれていたときには感じなかった心地好さが身体中に広がる。やはり求めていたのはこの腕なのだ。
「殿下、貴方には申し訳ないことをしたと自覚しています。謝ろうが到底許せるものではないでしょう。だが私にとっても彼女はかけがえのない存在なのです。彼女が言ってくれたように自らの命すら捨ててしまえるほどに。だから相手が王族であろうと彼女を奪う者は容赦なく制裁する。今回はクリスティーナが自ら私を選んでくれたし、なによりクリスティーナの言葉で今の貴方は立ち直れないほど砕かれたみたいだからなにもしないけれど、次はないと覚えておいてください。今度はその命、散らすことになりますよ」
義兄はそう言うと私を抱いたままぽっかり開いた出口に向かい歩み始めた。そしてあと一歩で闇に足を踏み入れるところで立ち止まり首だけを取り残されたバルトロスへ向けこう言った。
「その短刀、貴方が持っていてください。それが私のもとへ戻らないことを願いますよ」
それが戻るとき、それはどちらかが命を落とすときだと、きっとそう言いたかったんだろう。私はどちらにも死んでほしくはないから、このままあの短刀はこの部屋に眠ってほしいと強く願った。
「メリオロス様?」
「・・・・」
あのあと、無事に部屋に戻ることができたのだけど、義兄が一向に口を利いてくれない。きっと・・・いや、絶対に怒っているのだろうけれど、それなら口にしてくれたほうがずっといい。こうやって無言でいられると、どうしてらいいのかわからなくなる。
「メリオロス様、お願いですから私を見てください」
背中を向けたまま振り返りもしない義兄に、次第に悲しみが込み上げる。
「もう、私のことなど嫌いになってしまいましたか?」
ぴくり、と肩が震えたように感じた。
「そう、ですよね・・・未遂とはいえ、他の男性に肌を許したのですから・・・汚いと、感じてしまうのも無理はありません」
つぅ、と涙が流れる。当たり前だ。私だってもし義兄が他の女性の匂いを纏っていたら、きっと許せない。嫌いにはなれなくても、心から信じることは出来なくなるだろう。そんな思いをさせるなら、やはり義兄とは離れるべきなのかもしれない。今ならまだ間に合う。
「もう、私に触れることすらお嫌なら、結婚はなかったことに「許せなかった・・・」
私の言葉を遮るように、静かで心地よい声が響く。
「誰よりも愛する君のすべてを知っていいのは俺だけなのに、あいつに知られてしまった。その肌に他人の痕があるかと思うと、許せなくて滅茶苦茶にしてしまいたくなる」
「メリオロス様」
ゆっくりと振り向いたその瞳に現れたのは、怒りと嫉妬。
「そのドレスを引き千切って、身体中に君は俺のものなのだという印をつけたくなる。華奢な首筋に噛みつきたいし、豊かな胸を形が変わるまで揉みしだき尖りが紅色になるまで苛めたい。下腹部の茂みの奥に眠る秘部に俺という男を覚え込ませたい」
あからさまな欲情に此方まで昂ってしまう。これほどまで求められて嫌だという人はいないだろう。私だってこのままここで義兄に散らされてもいいと思ってしまう。
「分かっているよ。それは許されない。君を貶める行為は俺だってしたくない。ただ、それほどまでに君に焦がれて、もう限界なんだということをわかってほしい。なにがきっかけで理性の糸が切れて暴走してしまうか、俺ですら最早分からないのだから」
触れてしまえば、今まで抑えていたすべてが意味をなくしてしまうから、義兄は私に触れないのだ。必死に自分を抑え込もうとする義兄を愛しいと思ってしまう私は、間違っているのだろうか。その欲望を解放してあげたいと思うことは欺瞞なのだろうか。
「式を挙げ、正式に貴方のものとなったら・・・触れてくださいますか?」
こんな私を・・・とまでは言わなかったけれど、瞳にのせて訴えれば、慣れ親しんだあの笑顔。
「無理だと言われても止めてあげられない。俺が満たされるまで君には付き合ってもらうからね?」
義兄からの宣戦布告に、きょとんとしたもののすぐに可笑しくなって笑ってしまう。こんなに私を想ってくれる彼に、どこまでも付き合っていこうではないか。例えそれが抱き潰されることによって部屋から出られない結果をもたらすこととなったとしても。
お兄様が活躍っていうよりクリスティーナの一撃がバルトロスを倒した感が否めない。まあ好きな女の子に「貴方より彼の方が私を愛しているのよ」的なことを言われれば立ち直れないでしょう。そしてお兄様の理性はあとミリ単位しか残されておりません。毎日のいちゃらぶにより安定していたのにあの強姦未遂によってガッツリ削られてしまいました。部屋まではなんとか耐えてみましたが二人きりになったら色々思い出して噴火直前まできてしまったというところでしょう。頑張れお兄様、式まであと少しだ。あ、誓いのキスが・・・
ちなみに『ぶがわるい』の『ぶ』は部?分?歩?私的にまん中か最後かなって思うんですが変換じゃ最初のになるし・・・辞書を引かないとこうなる典型だな。




