公爵令息、過去を思い出すその2
初めて目にした公爵邸はとても大きく、今まで住んでいたあの子爵邸がまるでおもちゃのように思えた。邸もそうだがきっちりと整頓された庭や出迎えてくれるメイドや執事も、なにもかもが格段に違う。これが本当の貴族の家なんだと思い知らされた。子爵邸で雑に扱われていた時とは違い、見知らぬ母や自分みたいな子供にも公爵様同様に等しく扱われ、逆に困惑した。
「娘に紹介しよう。あの子も母を亡くして色々我慢しているところがある。君の存在があの子の救いになるかもしれないな」
そう言って笑う公爵様は自分の娘が目に入れても痛くないほど可愛いという顔をしている。メイドがその子を呼びに行っている間、俺はどんな子なんだろうと思いを馳せていた。公爵様はとても若く見えて子供がいても後妻にと望む女性が絶えないのが分かるほど魅力的だ。その血と公爵様が死してなお愛する伴侶の(馬車の中で散々母と公爵様はお互いの伴侶がいかに素晴らしかったかを延々と語っていた)血を受け継いだ娘だからきっと綺麗な娘なんだろう。だけど実際にこの眼で見て言葉を交わしてみないとその人間の本心なんて分からない。あの父の両親やその親類のようにはっきりと此方に嫌悪を見せているならば兎も角・・・
そして暫くして応接間のドアがノックされ、メイドの後に続いて1人の少女がふわりとドレスを揺らして登場した。
「お父様?私をお呼びだと聞いたのだけれど・・・」
一瞬、呼吸をするのを忘れてしまった。それほど彼女の纏うオーラに、彼女の容姿に、彼女の声に、すべてを持っていかれていた。
「ああクリスティーナ、紹介したい人達がいてね。私の友人の奥方とそのご子息なんだが、友人に不幸があってね・・・訳遭って彼女達をこの邸に迎えることになったんだよ」
「そう、なのですか・・・」
彼女はその綺麗な紫の瞳を臥せてなにか考えているようだった。きっとまだ幼い彼女は自分と母を受け入れるのに抵抗があるのだろう。俺だって同じ立場ならそう思うだろうけど、公爵様と母のある意味協定のような関係に納得したし今までの散々な暮らしから解放され母が意味なく傷付けられないならば寧ろ賛成だ。そして彼女と会ってただそれだけではなく、この幼い少女の隣にありたいと思ってしまった。それは可愛い妹ができたという安易な感情ではない。1人の異性として大切にしたいと僅か7歳にして思ってしまったのだ。
「公爵様、きっと彼女はお父様を取られたと思っているんではないでしょうか。あのね、そうではないのよ?私と貴女のお父様はお互いちゃんと想っている人がいるのよ。私は亡き夫、お父様は貴女のお母様ね。私達は色々あって前いた場所には戻れないの。お父様はお母様が大好きなのに周りの人が貴女に新しいお母様をつくってあげるように言われているの。お互い困ったもの同士一緒にいれば周りが煩く言ってこないだろうってことで考えたのよ。だから安心してちょうだい。私と貴女のお父様との間にはなーんにもないんだからね?」
そう言って母は彼女に自分達は彼女を傷付けないことを分かりやすく話した。すべてを聞いた彼女はじっと母を見た後、ちらっと公爵様を伺った。公爵様は優しげな眼差しで微笑みそうだと頷けば、やっと彼女は安心したように笑ったのだ。その笑みがまた可愛くて俺の心臓は疾風の如く鳴り響いて大変だったけど、これでなんの気概もなく彼女のそばにいられることができると安堵した。
宣言通りに公爵様・・・義父は母と籍を設けたが、偽物だけど夫婦・・・というよりも親友といったほうがなんとなくしっくりときた。まあ、仲が良いほうが周りも文句を言わないだろうから構わないのだけど。そして俺とクリスティーナはというと・・・
「お義兄様、今日は花冠の作り方を教えてください!」
「いいよ。でもクリスティーナは不器用だからなぁ・・・」
普通の兄妹のような関係になっていた。可愛い義妹が頬を膨らませて怒る姿を笑って宥める。とても純粋でどこまでも綺麗な関係。それを望んだわけではないけれど、俺が求めていたのはもっと深く重いものだけれど、子供の俺にはこの関係を守ることくらいしかできなかったのだ。
だってクリスティーナには既に婚約者がいるのだから・・・




