伏せ札返すはまた今度
部屋に沈黙が降りている。
ルコはぐううっと、込み上げる色々なものを煮詰めて、落とす。
「ええ…と、私、縁結びの神社にお参りしてたのかなあ?」
ルコの言葉にヨスガの眉が訝しげにひそまれるが、ルコが気にする様子はない。
「どこまで知っているか、でしたね。」
「まず世間的にニュースになっている部分は、もちろん。
印瞳家…山奥の、宗教的な一族が、事故によって全壊した、と。」
「は?」
地響きのようなヨスガの疑問符。それがルコをキュッと縮こまらせ、その疑問はフジサワに向けられる。
言外に、説明しろ、と。
「…印瞳家は、世間的には辺鄙な村奥の変な家だ。
ある程度怪異やらに近い人たちでないと、その全貌は知らない。
俺もあんまり知らないよ。守り神の力――護力で世界を守っている、と、自称してるってことくらいかな。
――英雄とは、思われてない。」
ゆっくり、右手で自分の前髪をわしづかむ。
そのままどかっ、と、ヨスガは背後のソファに座り込んだ。
「……そんなもんか。
ははっ!
そんなもんか。」
自然と笑いが込み上げてくる。
愚かを通り越している。馬鹿馬鹿しいと表現するのも烏滸がましい。
そんなものを信じて死んでいったのか。あいつらも。リュウジも。……ネコマも。
「……ほらみろ僕は正しかった……」
ボソボソと本音を漏らしたヨスガに、フジサワが近寄る。
「戻って、こおおおおいっと」
「あばばば」
フジサワはヨスガの肩を揺さぶって、ヨスガの頭がぐわんぐわんと揺れる。
思わずルコは笑い声をもらした。
「ルコちゃん怖がってるでしょうが。
一喜一憂するのは後にして話聞けって。」
それもそうだ。
フジサワの言葉に頷いて、ヨスガはルコに向き直る。
てかあの人も説明しとけよな、と呟きながらフジサワは壁際に戻り、顎をしゃくって続きを促した。
「では他に私が知っている情報ですが…正直、ほぼ全て推測の域を出ません。
唯一確実なのは……あ」
「どうしたの。」
「……い、いえ、ないです。全部推測でして。
印瞳家は児童虐待をおこなっていたとか、生贄の儀式を行うだとか、あと、宗教団体や政治家のコミュニティ、大企業ともコネがあるとかないとか、そういう。」
「あー、ルコちゃん」
フジサワが口を挟む。
「口挟んでごめん。
そこらへん、結構ややこしいんだよね。今は、『怪異の世界について』知ってることを話した方がいいかも。ほら、
家の内情とかはヨスガくんと答え合わせをするだけになるし、他はデマというか、何というか、ほら、ややこしいのよ。」
「怪異の存在を知らない人々がいるんですか」
「そこからか〜いヨスガくん。あとで説明するけど、怪異の存在を知らない人は多いよ。ルコと俺は知ってるけど、存在だけ。それでもかなーり珍しいんだからね。多く見積もって緋月の国の人口4割くらいかな。本気で信じて理解してるのは2割くらい…?」
「あ、私使えますよ。護力!ちょっとだけど!」
「は?」「ん??」
ヨスガとフジサワは一気にルコの方を向いた。
「ルコちゃん、それ初耳なんだけど。」
「護力ってなんですか」
「んんヨスガくん、知らないか
守り神の力のこと。」
ヨスガは「はー、」とまの抜けた声を出して背もたれに寄りかかる。
「護力って呼ぶのか……。」
「そう。まあエネルギーの呼称だと思ってくれればいいよ。それを使える人は極小数。力が強い順に言うね。
まずは守り神本人――本柱かな
つぎに守り神、またはその力を下ろせる者――印瞳家はここに当てはまるね
それから、守り神またはそれに準ずる存在と契約した者
最後に、血統。または突然変異。つまり生まれた時から使える者
……怪異も似たようなことができるって聞いてるけど、見たことは無いね。
俺が知ってる範囲ではこんな感じかな。
ルコちゃんはどれなの。」
指折り数えていくフジサワ。最後の疑問に、ルコは答えた。
「ええと、そんな種類があるなんて初めて聞きましたけど…幼いころに助けたきつねさんから借りてる状態なので『契約している』が近いのかな。
でもちょっと素敵なことを起こせる程度ですね。主に素敵な縁があると、教えてくれるとか。でも...。」
少しうつむいて、気まずそうにヨスガを盗み見るルコに、ヨスガが先をうながす。
「いやあ、ヨスガさんには反応しなかったんですよね。きっとかっこいいヨスガさんに見とれちゃってたから気づかなかったのかな、それくらいの強さです。」
……正直貴女にとっては素敵な縁、ではないからね。
生贄の候補にしようとする男との縁なんて。
その考えを、ヨスガは内心だけに留めておいた。
顎に手をやり、首を傾げたフジサワが口を開く。
「……かなり高度じゃない?それ。」
「あっ、戦えたりはしないんですけど、私は最高に助かってます!いひひ、きつねさんにもほんとに感謝してるので、彼と出会った祠に毎週油揚げ届けてて〜!」
「……ここまでにしよう。」
ぴしゃりと放たれた言葉に、ルコとフジサワはヨスガをみる。
「…ルコさん。」
「ひゃい!」
「…僕としては、この話は無かったことにしたい。」
慌てて立ち上がりかけるルコ。それに畳み掛けるようにヨスガは続ける。
「貴女はこんなことに、何かをかけるべきじゃない。研究、それ以上に大事なものも、あるでしょう。」
ルコは一度腰を下ろす。
「貴女の立場や気持ちはよく分かりました。それで、僕は好きになったんです。貴女のことが。」
「ヨスガくん」
フジサワの制止も聞かず、ヨスガは続ける。
「きっと僕には貴女の力が必要だ。それも分かった。けれど……。」
「僕は貴女を危険な目に合わせたくない。巻き込みたく、ない。貴女の平穏を守り切れる自信がない。それだけのことを、ものを、僕は背負ってます。だから…。
協力も、できないし、してもらうことも……。」
言葉を切る。指を組んだ手を震わせ、歯を食いしばる。
そこに、すっと被さる手があった。顔を上げると、目の前にルコの顔。ヨスガの顔を見たルコは、目を見開くとポケットからハンカチを取り出してヨスガの頬を拭いた。
「ヨスガさん、私、私もヨスガさんのことをもっと」
バンッ!!
机を、叩く音。
フジサワだった。
ヨスガとルコは飛び上がったあとかのようにフジサワをみつめる。
フジサワはいからせた肩を沈めるように、フーッと息を吐き出した。
「…ルコちゃん。結論は急ぐな。」
「え、でも私はもう決めてます。だって」
「今度で、いいでしょ。またおいで。」
フジサワは笑顔だった。笑顔、笑顔ってこんなに有無を言わさない代物だろうか。
フジサワは心残りあります!と絵に描いたようなルコの背中を押し、会計はいいよ、おごり。と伝えてから部屋の外に追い出す。
静かに扉を閉め、そのままヨスガの方を振り返る。
それも半分まで。やけに筋肉質な肩越しで、フジサワの表情は伺えない。
「俺ね、伊達に情報屋やってないんだよ。
……演技かどうかくらい分かる。」
ヨスガは顔を伏せたまま。
「ルコちゃんを紹介したのは、ルコちゃんがヨスガくんと話せたら楽しいかなとか。
ヨスガくんならルコちゃんを助けるに留めるんじゃないかなとか。」
フジサワは一言、一歩、ヨスガの方へ歩み寄る。
「要するに、お前がこんな奴だとは思わなかったってわけ。」
フジサワはヨスガの首に、包丁を突きつけていた。
「世間舐めんなよ、おぼっちゃま。お前程度の護力、この世にゃごろごろいんの。俺は相手にしてきたの。
好きな子のための生贄な。それはいいよ別に。でもそのために自分のこと好きな子使うんだ。へぇ。
ルコちゃんはダメだ。あんないい子を俺は差し出せねえ。やめとけ。やめろ。俺はもう……」
フジサワは言葉を止めた。言いたいことを言い切ったからじゃない。ただ、
分からなくて。
目の前で涙を零す男の本心が、分からなくて。
(嘘?真実?両方?
ダメだ反応しねえ。なんでだ。どうしちまったんだ、俺の護力が尽きた訳じゃねえ。なんなんだ。こんなの、こんなの、
怪異か、守り神を相手にしてるような...)
「嘘と真実を見分ける力、でしょうか。」
急に、ヨスガが声を発した。
微笑を含むその声に、フジサワは仰け反って、一歩後ずさる。ヨスガは、フジサワをその空気だけで押しのけるように立ち上がった。
「護力にも色々あるんですね。ただし、
その様子を見るに、自分より高い護力を出す相手の本心は、分からない。または威圧される。そう推測します。」
「…っは。」
フジサワのわなわなと震える唇が開くのを咎める。
その時にはもう、フジサワは部屋の隅に張り付いていた。
「今日は先上がりますね。答えなくていいですよ。
……僕としても、」
ドアノブに手をかけながら、掠れた声で呟く。
「演技、だと思ってほしい。」
扉の閉じる音が、やけに鼓膜を震わせた。
◆◆◇◇
「…どうしよう。」
フジサワさん、怒ってた?
なにか怒らせることしちゃったかな、あの人が怒ってるとこ初めて見た...。
ルコは『こまいぬの耳』から出て坂道を登っていた。
木陰が地面を撫でていくのを眺めながら、考える。でも分からない。
こんな時はきつねさんに相談するに限るな。もう何年も返答が返ってきたことないけど。
……それか、あの子。
あぁ、あの子がいい!あの子に相談しよう。
「浮かない顔色ですね。」
パッと顔を上げると、その、『あの子』がいた。
噂をすればなんとやら!
「どうか、したのですか?」
その子の胸元辺りと、ルコの胸元とを繋ぐ糸が、淡く光って消える。
素敵な縁の、合図。この子とは2回目の。
「……ツバサちゃーん!!」
半泣きでその子に縋り付く。
ツバサちゃんの手が、ルコの背中に触れる寸前で止まり、そっと下がった。
「どーしよー!いつもは大人しい良い人怒らせちゃった!」
「それはまた、大変な。」
どこか遠くを見ていたツバサちゃんの視線が、こちらに戻る。じっと見つめていると、微笑まれた。そうして、
「お話聞きますよ。ひとまず、こちらのベンチへ。」
「やさじいい...ありがとぉ...」
ツバサちゃんの、重たげなおさげがゆっくりと揺れた。
遅刻失礼しました




