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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
日常編その3
38/65

ミルキーウェイを泳ぐ変態

 笹の葉に短冊を吊し、キラキラした願い事をしたのは、だいぶ昔の話。今はもうそういう事をしなくなってしまったのは、自分が大人に近くなってしまったからなのか。

 もっとも今は、そんな悟ったような物言いをするよりも、目を向けねばならぬ現実があったりする。

 そう……。


「何で私がこんな格好をしなきゃいけないのか。三十文字以内でお答え願います。先輩」

「絶対に似合うという確信と、お姉さんの趣味に決まってじゃない!」


 素晴らしくいい笑顔で、親指を立てる牡丹先輩。対する私は、何とも煌びやかな和風の衣装と、アップシニョンに星とお花の髪飾り。因みに本日は七月七日。これでもう、皆まで言わなくてもいいだろう。


「お姉さん渾身の力作! 綾ちゃん現代風織姫バージョンよ!」


 背後に高波が見えたのは気のせいだ。ザッバーン! 何て潮の音なんかない。何でこんな事になったかを簡潔に説明するならば、牡丹先輩の友人が、大学のボランティアサークルに所属していて。まず先輩が助っ人に頼まれると同時に、更なる増援を依頼される。で、私にもスカウトが来る。私、何も考えずに詳細だけ聞いて了承。今に至る。


「だって……! だって先輩、小学校で子ども達の遊び相手やるだけって言ってたじゃないですか! 話が違いすぎます!」

「ごみん。後々織姫欲しいって話に話になったらしくて……。私が推薦しちゃった。和服美人が来るよんって」


 テヘッ。何て可愛い笑顔でそういう先輩。着てる私も私だけど

、仕方がないと言える。ボランティアサークルの部長さんが、「絶対貴女が一番織姫似合うのよ! 子どもの夢のためにお願いっ!」と、涙目上目遣いで頼まれてしまったら……。断れなかった。うん、我ながら単純だ。

 そんなこんなで着て似合わなかったら別の人に。何て条件で取り敢えず着たら……大絶賛された。

 どれくらい騒がれたかと言うと、牡丹先輩や何故か接点のないボランティアサークルの人やら、助っ人で来た人まで写真を撮り始める始末。

 隠れる場所なんかなく、面識のない人たちの前で無様など晒せる筈もなく。私は、半ば部長さんに負けず劣らずの涙目になりながら渋々被写体となった。人間恥ずかしさが境界突破すれば……考えるのを止めたくなるのだ。


「……取り敢えず、一日この格好でいればいいんですね」

「そうそう。イベントでやるのは七夕の飾りつけと、短冊に願い事を書く。後はサークルさんが用意したミニゲームを、私達が楽しむだけよん」

「……織姫だからって、変なことやらされませんよね?」

「…………ウ、ウン。サレナイワヨ?」

「何で目をそらすんですかっ!」


 本日は七夕。ボランティアサークルさんは、近所の子ども会と共同で、小学校にて七夕イベントを企画。私は……そんな感じで巻き込まれたという訳である。

 別に毎年特別な事をやっていた訳でもなかったので、ある意味で今年はちゃんと季節を感じられるからよしとするべきだろうか。サークルの人がとてとてと歩いてきて、パンフレットが渡された。今日のスケジュール的なものだろうか?


「あ、因みにね。さっき飛び入りながら、彦星役も私が推薦しちゃった。今、秋山君が迎えに行ってくれてる筈よ。私達の知・り・合・い」

「……え?」


 パンフレットに目を通そうとしたら、視界に凄く凄くいい笑顔の牡丹先輩が割り込んでくる。てか、秋山君も助っ人なんだ。

 いや、違う。そうじゃない。そうじゃなくて……。え、彦星役って、もしかして……。

 視界の端に、こちらへ走ってくる部長さんが見えたけど、もはや私の意識は外。今浮かぶのは、淡い期待と、想像図だ。


「あ、いたいた。牡丹~。彦星さんが来たよ! 何か聞いてたタイプと違うね~。あんなに筋肉モリモリ。マッチョマンな変態さんだとは思わなかったよ」


 高鳴る鼓動がやかましい。彦星の衣装って、どんなのだろう? 和服っぽいのは間違いない。彼ならきっと似合って……ん?

 ちょっと待て。ちょっと待て部長さん。今何と言った?

 チラリと牡丹先輩を見る。案の定、先輩も怪訝そうな顔をしている。

 その時だ。背後から、野太い男のテノールボイスがした。


「久しぶりだな。竜崎綾。まさかこんなところで会うとは……これも運命か」


 振り返ると、そこに筋肉がいた。……あ、いや、正確には、何か筋肉を誇らしげにひけらかした、和服の男がいた。

 その声を、私は覚えている。忘れもしない、去年の夏。彼をキャンパスで追い回していた、男の声。

 それは……。


「滝沢辰の正統たる運命の人。安部(やすべ)勇雄(いさお)。――推参」


 無駄にダンディーな声で。無駄に怪しげなポーズで。私を恋のライバルだと豪語する人物がそこにいた。瞬間。私の中にあった淡い期待は、木っ端微塵に打ち砕かれ……。


「…………っ! なんでよっ!」

「テメェ、ホモだろが! 何で彦星やんだゴルァ!」


 私と牡丹先輩の叫びが、その場にこだました。

 あの、先輩。気持ちはわかりますけど、それ女の子の出す声じゃないです。とは、誰も突っ込まなかった。



 ※


「秋山クゥン? お姉さんは辰君を連れてきてって言ったのよ? な~んであのホモな詐欺師がここにいるのかしらん?」

「痛い痛い痛い痛いです先輩っ! いや、俺も辰に連絡しようとしたんですよ? でも捕まらなくて。サークル行くって今日の授業では言ってましたけどっ」

「そこを捕まえるのが貴方の仕事でしょうがぁ!」


 秋山君。牡丹先輩にアイアンクローされてるなう。

 因みに私はというと、無駄に挑発的な眼差しを向けてくる安部さんを睨み付けていた。


「辰だと思ったか? 残念だったなぁ~? オ・レ・ダ・ゼ」

「……大学院って、よっぽどお暇なんですね。先輩、こんなことしてる暇あるんですか?」

「俺はあくまでも、友の頼みを引き受けただけだ。雄一は俺の数少ない友人のイイ人でな。キャンパスで途方に暮れているのを見たら、助けぬ訳にはいかないだろう。竜崎綾。邪な期待を抱いたお前と、清純なる理由を掲げる俺。どっちが辰に相応しいかな?」

「論点すり替えないでください。先輩を弄ぶだけじゃ飽きたらず、乙女の期待を踏みにじる貴方が清純だなんて、片腹痛いわ」

「乙女? お前が? ハッ、片腹痛いのはこっちだ。非処女が乙女面をするな」

「……セクハラで訴えますよ? それに、私は彼だけですから」


 何故か安部さんの一言で一部のボランティアサークルの人が絶望した顔になる。「そんな……いるのか?」とか、「ちょっといいなって思ってたのに」何て声までする。……よくわからないけど気にしたら負けだろう。


「お前の彦星は来ない。サークル活動だとよ。……あっちの女もまた、俺にとっての強敵だが、今はこのイベントにて、お前と決着をつけるべきだ。まずは正妻。次に愛人を蹴落とし、俺は人生の勝者になる」

「意味がわからないですよ。それが何でイベントで彦星役をやるのに繋がるんです? あと、メリーさんは愛人じゃないです。彼が不埒な事しているみたいに言うの止めてください」


 てか、メリーさんを知ってるのか。この人がライバル扱いするという事は……。メリーさんも安部さんを返り討ちにしたのだろうか?

 私は上段回し蹴りだったけど、彼女はどうやって撃退したんだろう?

 そんな事を考えていると、安部さんは鼻で笑いながらふんぞり返り、私の前にパンフレットをひけらかす。そこには……。

 

「……織姫と彦星が大喧嘩! 勝つのはどっち? ……え~っと」

「見ての通りだ。このイベントは織姫チーム。彦星チームに別れて戦うのだ。俺とお前の決着の場には相応しいと思わんかね?」

「……すいません、もう何処から突っ込むべきか……」


 頭が痛くなってきた。このボランティアサークル、ふざけているのだろうか? 子ども達に織姫と彦星の喧嘩の片棒を担がせるなんて……。ん?


「……あの、正々堂々勝負して、仲直りさせようってありますが?」


 私の指摘に、安部さんはニヒルな笑み。……むかつく。


「ああ、竜崎綾よ。仲直りだ。つまりこれはこうとれないか? お前が俺の力を認め、辰という素晴らしき宝を俺に渡す……と」


 何か物凄い屁理屈が飛び出した。……前々から思ってたけど、安部さんやっぱりバカなのではないだろうか?

 顔をひきつらせる私に気味が悪いウインクを寄越しながら、安部さんは親指を立てる。


「まぁ、そういう事だ。この勝負に負けたら、辰を譲れ」

「…………嫌です」

「逃げるのか?」

「それ以前の問題です。常識がないんですか? 安部先輩」

「……俺に常識を問うのか?」

「愚問でしたね」


 一触即発な空気に、気がつけば何だか人が集まってきている。企画の中だけの筈が、織姫と彦星が普通に睨み合っている故だろう。

 アイアンクローから解放された秋山君が「安部さん、その辺で」と、然り気無く諌めようとしているのが見えて。牡丹先輩は心底不快そうに安部さんを見ている。……私は。


「繰り返します。彼を譲るなんて絶対に嫌です。イベントのテーマに乗っ取って子ども達と一緒に純粋な勝負なら……」

「おいおい。それじゃあ意味がないんだよ。それとも自信がないのか? まぁそうだなぁ。辰の正統な運命の人たる俺の前ではな」


 何とか対話を試みて。


「寝言は寝ながらどうぞ」

「何だ? 図星過ぎて否定できんか? お前は所詮身体だけであいつを繋ぎ止めてるんだろうさ。さっさと別の男のとこにでも行け。お前なら少し男に身を寄せるだけで、後は簡単だろう? 中古でも引く手あまただ」


 ……試みて。


「……小さくて悲しい人ですね。色々と」

「悲しいね。俺が嘆くのは、辰がこっちに来ないことだけだよ。ああ、なんて可哀想な辰。俺ならばこの女よりもきっと……もう我慢ならん。さぁ、勝負を受けろ。辰をかけて、俺と戦え」


 瞬間、プチッ。という音が私の中でした気がした。フツフツと込み上げてくる怒りを制御しながら、私は部長さんに向き直る。


「部長さん。私欲でイベント参加は容認ですか?」

「……うんにゃ。出来れば痴情の縺れの持ち込みは勘弁して欲しいー」

「牡丹先輩」

「勿論。詐欺師の発言は録音してるわ。セクハラな発言から全てね。遠慮せずやっちゃいなさい」

「……秋山君」

「流石に庇いきれないわ~。アイツが言ってた問題点って、こういう一面か~」


 もう、ゴールさせちゃっていいみたい。

 私は腰を落とし、静かに息を吸い。吐く。


「わかりました。勝負を受けます。今すぐに。ルールは……。倒れた方が負けで」

「ん? イベントでやらんのか? まぁ俺は構わんよ。以前は不意討ちでやられたが、今回はそうはいかん。女を押し倒すのは趣味じゃないんだがなぁ……」


 身構える安部さん。そう。身構えてもらわねば困る。そうでないと……。完膚なきまでに貴方を叩きのめせない。


「秋山君。一応合図を」

「……おっけ。あー、レディー……」


 構え、精神を集中する。使うのは一手。もっとも使い慣れた一撃を、普段彼にするときみたいに速さにリミッターなど設けずに……。


「ゴー!」

「………………おふぅ?」


 放つだけ。

 秋山君が言い切った瞬間、私の身体は仕事を完了し、残心を解かぬまま、何時でも二撃目が放てるように脚を浮かせる。が、それは無用だったらしい。

 私がもっとも得意とするハイキック。それを持てる限り最速で繰り出し、安部さんの顎を揺らす。それだけで、勝負はついてしまった。

 勿論速さは大盤振る舞いでも、威力は殺している。一撃でブラックアウトさせては意味がない。静かに崩れ落ちる安部さんを見据えながら、私はただ、伝えたいことを口にする。

 安部さんは、間違いを犯した。

 私は別に貶めるのは別にいい。そんなの気にしない。けど、あろうことか安部さんは、彼をもの扱いした。受けた私も同罪だから、その罰は後で食らおう。ともかく……。


「二つだけ、約束してもらうわ。一つ。彼を絶対に傷付けないで。二つ。今後一切こんな強引な手段を取らないで。守らなかったら……今度は誓って、貴方を沈めるわ。天の川の星屑にしてあげる」



 何かボランティアサークルの一部の人がゾクゾクしたかのように身体を震わせている気がしたけど無視。

 取り敢えず。摘まみ出された安部さんにかわり、秋山君が彦星になったとだけ追記しておこう。


 ※


「とまぁ、こんなことがあったのよ」

「なにそれ怖い」


 色々と終えて、部屋で晩御飯を作り終えた彼に出迎えられた私は、食卓を囲みながら今日の事を話す。七夕ってなんだっけとなりそうだが、その後は至って普通。

 子ども達には織姫って慕ってもらったし、飾りつけやら短冊書いたりなどして、らしいことをした一日だった。

 ただ、子ども達の願いが。


『サッカー選手になる!』

『ケーキ屋さんを開けますように』

『晩御飯にふりかけが欲しい』

『明日へ羽ばたく翼』

『お父さんお母さんが仲直りしますように』

『お小遣いよこせ』

『世界征服』


 といった具合にカオスだったことを除けばだけど。


「てか安部さんね~。流石に今度こそ懲りて欲しいんだよね」

「……何回襲撃来たの?」

「……最初と今回も含めるなら計五回かな」


 半泣きで告げる彼。安部さんもう少し蹴っておけばよかったと思ったのは内緒だ。


「最初と最後は君が撃退してくれて、次に牡丹先輩。自力で逃げ切ったのが一回に、メリーが撃退したのが一回」


 女の子って強いなぁ~なんて乾いた笑みを浮かべる彼が、少しいたたまれなくて、私は言葉に窮する。取り敢えず、先輩とメリーさんグッドジョブ! とは叫べなかった。すると……。


「まぁ、あのホモはどうでもいいんだよ。僕はね、今凄い絶望してるんだ」


 不意に彼はガタン。と、椅子から立ち上がり、今度はマジ泣きでスマホを操作し始めた。

 何だろう? 流れ変わった?

 私がキョトンとしてると、彼はディスプレイを此方に向けて……。

 その瞬間、私の表情が消えた。

 そこに映るのは、織姫な格好をした私の写真だった。


「この! この綾を! 生で拝めなかったなんてぇえ!」

「何で貴方が写真持ってるのよ!」


 出来れば封印したいけど、多くの人に撮られた写真。せめて彼に渡らないのが救いだったのに一体誰が……。


「いや、何かサークル終わって帰路についてたらメールが来てて。鼻血ものよん。って」


 ……牡丹先輩かぁあ!

 頭を抱えながらも、考えられた流れだなぁ何て思う。すると彼は、ポン。と私の肩に手を置き……。


「着て欲しいなー。見たいなー」

「い、いや! 無いわよ! 衣装私のじゃないもの。もう返して……」

「大丈夫。さっき牡丹先輩からメールがあってさ。宅急便で送ったってさ」


 先輩ぃ! 何やってくれてんだもぉ………!


「さぁ、綾。大丈夫。きっと似合うよ。てか似合ってたからこそ生で見たいんだ!」

「あ……あうう……」


 逃げ場なし。でも、私は諦めない。今回ばかりは着るわけにはいかないのだ。絶対に。

 あれこれ考えた私は、取り敢えず彼を引き寄せた。

 ちょっとビックリした顔の彼を見上げながら、私は恥をしのんで本音を口にする。

 あれから色々と考えたけど、やっぱり織姫は嫌なのだ。


「嫌よ……だって織姫になったら……。辰と一年に一回しか会えなくなっちゃう」


 その瞬間、彼は完全に固まった。

 気まずい沈黙。彼と私は震えたまま。私が羞恥で、彼は謎。


「な、何よ! 笑いたければ笑えばいいじゃない! 変なこじつけだって! けど何か……」


 オカルトを信じる彼を相手にしたら、何だか嫌な力が働きそうで……。別に何の根拠もないのは分かって……ん?


 数秒後。私は彼に抱えられていた。

 ……あれ?


「赦そう……全てを」

「あの……何を……」

「ようはあれだよね。もしそんな事になったらウサギさん系な彼女の綾は寂しくて死んじゃうの……と」


 凄く凄く失礼な喩え方をされた気がするけど、間違ってないから困る。ちょっと恥ずかしくて小さくしか頷けない私の傍で、彼はフゥウウゥ……。と、深いため息をついて。


「プリティ……。圧倒的な迄にプリティ……」


 何か私のお父さんが言ってそうな台詞を口走り始め、そして……。


「もう、ベッドイン……じゃねーや。ゴールしてもいいよね?」

「え? ちょっ、ま、待って! 私まだお風呂入ってな……」

「知らないっ! 僕は今、彼女が可愛すぎて困ってるんだぁああ!」


 部屋に向かって、走り出す彼。壊れたらしい。抵抗するにもしっかり抱っこされてて動けない。

 どうやら私が織姫になるのは回避できたらしい。……仮になったとしても、彼なら天の川を余裕で泳ぎきってきそうなのはさて置き。取り敢えず、私がコメントするのはただ一つ。


「……私は彼氏が変態過ぎて困ってるわ」


 七夕に晴れようが雨が降ろうが、やっぱり私達の日常は変わらないらしい。



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