第85話:またしても何も知らない遥斗君
シアルヴェンがステーションから離脱する。
「シアルヴェン号、ただいまよりステーションから離れます。ドック近くにいる人たちはご注意ください」
見送り用のエリアでは、たくさんの子供たちがシアルヴェンに向けて手を伸ばしていた。手首を垂直に立て、そのまま円を描くように腕を動かすのが、この世界での別れのポーズらしい。
「兄ちゃんまた来てねー!」
「リケちゃんばいばいー!」
「ルト兄ちゃんじゃあねー!連絡してねー!グスッ……」
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!お兄ち゛ゃん行っちゃやだああああ!」
コックピットのメインスクリーンに大きく映し出された子供たちを見ながら、遥斗もコックピットから同じポーズで手を振った。相手からは見えてはいないだろうが、それでいいのだ。
「うーん、いい子たちだったなー」
「おまえさあ……いや、もういいや」
ヴェラは何かを悟ったような顔で、そう呟いた。
「結局、あれ何やってたんだお前」
「子供たち、訓練がつまらなそうだったからさ。じゃあ訓練のノルマをこなしながら遊べる何かを作ってやればいいじゃんって、日本の遊びをアレンジして教えたんだ」
『スクランブル』の役になった一人が、カウントをしながら無重力空間を動き回り、複数パターンの『スクランブル』を発動。その内容に合わせて適切な行動を取らないとアウト、という遊びだそうだ。日本人ならなんとなくわかるだろう。ようは「だるまさんが転んだ」の亜種である。
他にも缶蹴りを模した危険区域に旗を立てる訓練や、ヴェクシス波をデバイスで感知しながら侵入者を見つける影鬼のようなものなど、いくつかを教えてきた。
「それでリケも交じって遊んでたのかよ。まああそこまで堂々としてれば誰も本物の動物だとは思わないだろうけどよ……つーか、リケのやつ生体スキャンにひっかからないし、どうなってんだよ……」
そこまで言って、ヴェラは「まあ……ニホンだしなあ……」と達観するように虚ろな目をした。専用の検査機がないとはいえ、汎用タイプの検査ツールでチェックしても、リケはスキャンできなかった。遥斗にそのあたりをつついてみても、彼は「それは秘密です」と指を立ててごまかすだけである。ちょっとムカついた。まあ、あの扉もそうだし、天然素材の砂糖でできた飴玉が0.02カスで手に入るような謎の星なのだ。もう何でもいいかな、と思い始めているヴェラであった。
次に着いたのは、大型小惑星をくり抜いて作られた工業都市。貨物コンテナがドックに固定できず、ゆっくりと漂ってしまう事態が発生した。ヴェラは作業員に怒鳴っていた。
「だーかーら、固定アーム出せって言ってるだろ!えっ、アームにガルノス斑が出て動かない?取り換えにあと3シクタかかる?ふざけんなっ!」
そのころ遥斗は公園のような場所で、子供を連れた老夫婦の前で折り紙をしていた。
「ほら、鶴……っていう、鳥を模したやつね。あとは船と、飛行機――え、船って宇宙船のことかって?いや海に浮かべる……あ、わざわざ浮かせる船ってもうない?全部浮かせるか沈ませるかなの?あ、ハイ」
「わーい、スリケン変な形なのによう飛ぶー。兄ちゃん、もっとないの?」
「ほほう、これは見事な幾何学ですな。なるほど、ここをこうしてこう……ほっほっほ、こういう素朴で楽しい学問、久しく見てませんでしたなあ」
「ケリテテス!」
「おや、リケちゃん上手ねえ。こういう遊び心があるデバイス、最近見ないけどいいわねえ」
そんな風にキャッキャしている遥斗と老夫婦のところに、なんだなんだと公園にいた者たちが集まってくる。
「なにやっとんの?」
「ポリマーシートを折ることでいろんな模型を作り出す遊びだってさ」
「わーい、アタシやりたい。ママいっしょにやって!」
「といっても今時こんな小さくてカラフルな『シート』なんて珍しいし……え、お兄さんくれるの?あらありがとう。ほら、お兄ちゃんにお礼を言いなさい」
「うん、ルトお兄ちゃんありがとう!」
遥斗はヴェルナ村で子供たちの遊び用に用意した折り紙の残りを、子供たちに渡して遊んであげる。大人たちも興味深々で、足りない分は、その辺の大人たちが、ポリマーでできたシートが折り紙に感覚的に近いとどこからか持ってきて代用している。
……もし誰かが遥斗から渡されたそれの成分をちゃんと調べれば、紙は紙でも、『天然素材の植物の繊維でできた紙』という超高級品であることがわかっただろう。だが、こんな風にばらまかれて子供のおもちゃとして容赦なく折ったり破ったり投げたりしているものが、そんな一財産を築けるものであるなどと、誰一人思わない。
結局ほとんどの子供は力加減を間違えて破ったり、地面に落として汚れたり濡れたりしてしまうと、そのまま自動巡回型のダストボックスに回収させ、大人にならって丈夫なポリマーシートで代用し始めた。ダストボックスに入った紙屑は、そのまま分子レベルで分解されてヴェクシスエネルギーへと変換されるのだ。結局、遥斗の持ってきた折り紙はごく数人だけが、うまく折れたものを記念品として持ち帰るようである。だが、それだって子供のおもちゃとして扱われれば、いつか朽ちて捨てられるのだろう。いつか、その価値に気づく者は、果たして出るだろうか。
数シクタ後、ヴェラがぶつぶつ文句を言いながら戻ってくるのを見た遥斗は、後でまた折り紙を送りますと集まっていた大勢とデバイスのコードを教えあって彼らと別れた。子供には「行っちゃやだあああ」と泣かれた。
衛星軌道上の合成品の食料生産ドーム《マチュマベリカ》では、荷物の受取人が少し前に亡くなっていて、遺族に引き渡す手続きが必要だった。ヴェラは通信でドームの事務官に食ってかかっていた。
「だーかーら、遺族承諾書は準備したっての!はやく遺族に取り次いで――え、遺言型デバイスのロックが外せなくて相続争いで大騒ぎ中?ここで新しい荷物が来たらまた争いが悪化するって?知るか!!」
事務官が嫌そうにデバイスで連絡を取り始める中、ヴェラはいらいらと片足で地団駄を踏む。
いっぽう遥斗は休憩・運動スペースにいた。
「いいか、『カバディ、カバディ』って息が続く限り言いながら、相手の陣地に入って相手にタッチするんだ!」
「こうか?カバディ!カバディ!」
「そう、ナイスカバディ!」
「テテスケリリィ!」
遥斗は青年団相手にカバディを広めていた。当然のようにコードを交換し合った。
「だからアホなの!?」
「えー」
「ケー」
シアルヴァンのコックピットで、ヴェラは声を荒げた。
「だからなんでただの配達なのに住民たちと仲良くなって見送りまでされてくんの!?お前、たった200シクタでコードどれだけ交換しあってんだよ!アタシのプライベートコードの登録数より多いんじゃねえの!?」
「そうなん?それはそれで友達がすくな――」
「ざっけんな!仕事用のコードにはたくさんいるからいいんだよ!」
触れてはいけないことだったらしい。鼻息を荒げて怒鳴るヴェラに、リケは遥斗のリュックの中に逃げた。
「そんで変わらず『お土産』を配ってやがるし!知り合っただけの連中にそんなんしても何の得にも――」
「あ、ついでにヴェラの仕事の宣伝もしておいたから、後で連絡くるかもよ」
「ならないようななるような気がしないでもないからまあいいけど!」
ヴェラはチョロかった。遥斗のお菓子で大儲け大作戦はあるとはいえ、それはそれ、これはこれ。顧客獲得は大事である。
「……まあ、いまさらか。念のためだが、『握手』はしなかっただろうな。……特に女には」
「ヴェラに言われたからしてないよ。『身内向け挨拶』だから、しない方がいいんだろ?」
遥斗はヴェラとパートナー契約をしたときに握手をしたが、船乗りは握手は安易にしないのが一般的らしい。そういうときは、握手ではなく、相手の肩や腕を軽く叩けばいいとのことだ。なので《ドゥルメーザ》でもその通りにしていた。
「……まあな」
ヴェラは遥斗の回答に、少し目線をそらし頬をかきながらそう肯定した。
「……?」
さて、そんな話をしていると、シアルヴェンのスクリーンには、宇宙に浮かぶ超巨大なリング状の構造物が見えてきた。宇宙レベルのサイズ感はいまいち把握できないためその円周はどれだけなのかわからないが、なんとなくの感覚では直径で百キロ以上はあるのではないだろうか。
遥斗は身を乗り出した。
「うおおおお!?なんだあれ!しかも宇宙船もめっちゃ集まってる?」
「ああ、ヴェクシスゲートがあるからな。これで銀河のいろんな場所に移動するんだ。シアルヴェン、目的地にドルガンダ星系は惑星ノーサリスにヴェクシスコードをセット。支払いまで頼む」
"Aisa"
ヴェラがシアルヴェンに命じながら、何かを操作している。邪魔するわけにもいかず、遥斗は「ヴェクシスゲートってなんだ?」と呟くと、首のチョーカーが淡く光りシアの声が響いた。
「ヴェクシスゲートは銀河規模の転移装置です。船体に目的地の座標コードをセットし、ゲートを通過することで、最寄りのヴェクシスゲートまで瞬時に転移します。現在、周辺には百を超える船舶が順番待ちをしています。我々の待ち時間は約0.5シクタです」
遥斗の目が輝いた。
「うおおおお!きた!ワープゲート来ましたああああ!!こういうの!こういうのなんですよ俺が宇宙に求めていたものは!!」
ワープである。転移である。そりゃもう遥斗の中の「男の子」が目覚めるというもの。遥斗は「に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」と叫んでヘドバンしちゃうのだ。しかたないね。
「うるせーよアホ!これだってめちゃくちゃ金取られるんだからおとなしくしてやがれ!」
ヴェラにはしっかりどつかれた。
なお、余談であるが
「え、転移のゲートだったらお前いつもウチら使ってるよね?こっちは世界超えてんよ、世界を」
と言うかのように扉さんがぺかー、ぺかーと光っていたが気のせいだろう。多分。




