第90話:うふふ、男の子ってこういうのが好きなんでしょ?
二人は賑やかな大通りを歩く。
だが、遥斗の足取りはどこか硬いようにヴェラは感じた。彼の表情はいつものへらへらしたものだが、どこか重々しい。肩の上のリケも、どこか心配そうだ。
もともとノーサリスは見た目こそ煌びやかだが、全てが金のためにある薄っぺらい星だ。遥斗はその見せかけにこそ未来的なものを見出し、最初は楽しんでいたようだが、本質的に人とのつながりを求める彼には合っていないのだろう。それが、先ほどの件で吹き上がったのかもしれない。
まだ数月巡ほどの付き合いだが、それを感じ取ったヴェラは、いつもより少し早口で話題を変えた。
「なあ、少し違うとこも見て回ろうぜ。気分転換だ」
「いいけど、どこ行くの?」
「キラキラしたエリアはもう飽きたろ? ちょっと遠いが、古びた商業区画の方に行こう」
そう言ってヴェラが向かったのは、医療センター前の広場から少し離れた、透明なチューブ状のプラットフォームだった。頭上には、銀色の細長い軌道が網の目のように張り巡らされていて、そこを無音で滑るようにポッドが流れている。さらに、何人かの人がどんどんと建物の中に入っていく。
自分たちの番になったのか、ヴェラと共に入ると、透明なエスカレーターのような、天井を貫くチューブがある。ヴェラはその横にある何かのデバイスに右手を合わせて、言葉を紡ぐ。
「ジルバッド商業区域24。二名。ヴェクシスコード支払い」
すると、ピコン、という音とともに、チューブが扉のように開き、そこに円筒形のポッドが静かに停車した。直径は3メートルほどで、外壁は半透明のガラスのような素材。内部は座席が円周状に並び、中央に小さなテーブルがあるだけ。
「よし、入るぞルト」
言われるままに乗り込み、遥斗はヴェラとともに腰を下ろす。
するとポッドはほとんど振動なく浮上し、チューブ内へ滑り込んだ。
加速は一瞬。窓の外がぼやけ、速度計らしき表示がどんどんと変わっていく。
外の景色は、ビル群の隙間を縫うように流れる無数の光の粒となった他のポッドが、計算し尽くされた軌道で交差していく。そして時折見える明暗境界線の淡い夕焼け。潮汐固定の星特有の「常夕」の光が、チューブの壁を通じて柔らかく差し込んできた。
「すげえ……これ、地球の新幹線とかより全然速いじゃん」
「電気式高速輸送列車? これは都市間輸送路だ。ヴェクシス粒子で磁気浮上と推進をしてる全自動ポッド。ザルティスみたいな区域が集中してる狭い鉱山星じゃ使われないが、ここは広いからな。こうしないと移動も大変なんだよ」
ポッドはカーブをほとんど感じさせずに曲がり、途中で何度か他のチューブと合流・分岐しながら進む。
時折、並走する別のポッドが見え、向こうの乗客と目が合うこともあった。
リケは遥斗の肩で楽しそうに、「ケリテテス!」と鳴いて相手に手を振っている。
そんな反応をするデバイス(魔法生物だが)は珍しいのだろう。家族らしい乗客の子供が、おずおずと笑顔で手を振り返した。
約10分後、ポッドは減速を始め、古びた駅のプラットフォームに滑り込んだ。
都市間輸送路を降りた先は、先ほどの煌びやかな超高層階とは打って変わり、どこか薄暗く、湿った空気が漂うエリアだった。建物の壁面には、ヴェクシス粒子の浸食による黒ずみ――『ガルノス斑』が血管のように浮き出ていて、床にはひび割れた発光タイルがまだらに光っている。
「悪くねえだろ。アタシはあのビルみたいなキラキラしたところよりは、こういうとこの方が落ち着くんだ」
なるほど、そういわれれば、どこかあのザルティスの都市のような雰囲気だ。だが、違うのは計算されたような規律のある建物に加え、道行く人々は地味だが清潔で仕立ての良い服を着ていることだろう。また、ここではザルティスでよく見た、獣の特徴やあきらかにサイボーグ化した手足を持つものは少ない。
「さて、少し店を見て回るか。この星は税金も、あのビルの商業区域の賃貸料もバカ高いけど……今の売上ペースなら、税と賃料引いても二月巡で借金の五万カスくらいは余裕で返せる計算だしな」
そう言ってヴェラが上機嫌で肩を叩いてくる。
「だから今日はお前の分け前、奮発してやるよ。欲しいもんあったら遠慮なく言え」
「え、マジで?」
「マジだ。……まあ、限度はあるけどな」
まあ、これは遥斗の気を紛らわす目的でもあるのだが、嘘ではない。
そう言ってヴェラは小さく笑った。
二人は、ホログラムの看板が明滅する商店街へと足を踏み入れた。
そこでは各店舗の前に、商品の紹介だろうホロスクリーンがいくつも並んでいる。
実物はそこには置かれず、客はホログラムに映し出された映像からある程度値踏みや商品内容を確認してから、買う意思を持ったタイミングで実物を見せてもらうシステムらしい。
遥斗がそれらに視線を向けると、シアがその網膜映像から情報を読み取ってすぐに文字を読み上げてくれる。
もはや阿吽の呼吸であった。
「次世代プラズマ溶接機、中古良品!」
「記憶移植用ナノスレッド、1本300カス!」
「自己修復型作業服」
中には「あなたの望むリアルな夢を! ホラータイプ格安中!」なんて看板まであるようだ。
その中で、遥斗の足が止まったのは、ひときわ大きな構えの医療物資専門店だった。店頭には実物はなく、大きなホログラムが静かに回転している。そこには、先ほど見かけた親子を救うはずの装置――『ヴェクシス蓄積症対応、高度除染ユニット』が表示されていた。
「……30万カス」
遥斗が息を呑む。約1億5千万円だ。ぶっちゃけシアルヴェンより高い。
「ヴェラの借金より高ぇ……」
遥斗が呟くと、ヴェラが肩を竦めた。
「まあな。シアルヴェンは名艦シリーズとはいえ旧々世代もいいとこだからな。燃費も悪いし中古相場だとどうしても安くなる。……でも爺ちゃんの時代からカスタマイズに20万カス以上ぶっこんでるから、実質性能は並の新造船より上だぞ。表に出せない隠し玉ばっかりでカタログスペックに出せないだけだ」
さらに歩いていくと、建物の隅に、周囲の派手なネオンとは一線を画す、妙に静かな一軒の店が目に入った。
看板には「マルマック工房」とだけ書かれているようだ。ショーウィンドウには埃っぽいホログラムがゆらゆらと浮かんでいて、明らかに他の店より照明が暗い。
「……ここ、何の店だろ?」
「さあな。珍しく看板だけじゃ分からねえ」
すると、シアが追加の情報を遥斗に伝えた。
『このエリアのマップ情報によりますと、ヴェクシス技術以前の古い技術で作られた製品の修理・販売を専門とする店舗です。一種のアンティークショップですね。地球の文明力から推測すると、22世紀後半程度に確立されうる程度の旧式機械を扱っています』
「アンティークとは」
シアにその気はないだろうと言うが、唐突な地球文明ディスである。まあ自分との比較でないせいか、『無駄だらけの遅れた工芸品』とか言い出さないだけましだが。
とはいえ興味を引かれた遥斗は、つい店内へ足を踏み入れた。
中は予想以上に広く、店頭は狭いが奥に続く通路の両側にホロスクリーンがずらりと並んでいる。どれも実物ではなく、カタログ展示だ。
『デブロール型完全純水ろ過フィルタ』
『位相差式・完全遮音カーテン』
『自己修復型液体金属保護フィルム』
など、どう見ても地球より遥かに進んだ技術品が並んでいる。
正直、遥斗にとってはこれがガルノヴァ最先端の道具と言われても納得してしまう。
いや、実はアンティーク商品もあるだけで、最新の商品も置いているのでは!?
遥斗くんは期待を込めてヴェラを見た。
「なんだこれ、マジで骨董品かよ。300星巡は前の技術ばかりじゃねーか」
骨董品だった。
ため息をつきつつ店内を見回す遥斗。
その彼の視線を一瞬で奪ったのは、店の中央にどーんと投影された巨大なホログラムだった。
サイドカーを装備した大型の二輪車のような流線型のフォルム。四人程度は乗れるだろうか。
全体はマットブラックの装甲に覆われ、車体後部には円形の巨大な推進ユニットが露出している。
タイヤの部分は、映像によると可動式らしく、地面を走ることもできれば折りたたまれてエアジェットを噴出しての水面走行も可能。さらに下面に青白いプラズマの帯が浮かんだと思うと、空を飛ぶこともできるらしい。
『アルドボード式重力滑走車 “ブレスドット・ルドルフ”』
『マイクロ・プラズマジェネレータ+反重力リフトコア複合式』
『慣性緩和推進機構搭載』
『地上走行・水上走行・低空飛行対応』
『理論最高速度:370バル』
『航続距離:最大チャージで標準速度45バルの場合200シクタ』
シアの換算では、最高速度は約時速500キロで、時速60キロほどであれば13000キロはノンストップで走れるそうである。
遥斗の目がキラキラと輝き始めた。
「ヤバイ……超かっこいい……!」
ホログラムを指でなぞると、実物大に拡大され、様々な角度から眺められるようになる。サイドカーの部分は独立した小型反重力ユニットで、最大4人乗りも可能。車体には古めかしい手書き風のマーキングが施され、どこか20世紀の軍用バイクを思わせる無骨な魅力があった。
「こんな前時代のホバーカーもどき、欲しいんか?」
ヴェラが呆れたように笑う。
「こいつ、実用性がまるでないぞ? 頑丈さはあるっぽいけど、ちょっと飛ばすとすぐエネルギー切れ起こすし、標準の保護合金も使ってなくてヴェクシス汚染にも弱くて維持費もバカにならん」
時速60キロで地球の三分の一周が走れる乗り物が燃費悪い扱いである。
「完全に趣味だぞ。値段も……うわ、4800カス!? 無駄に高え。これなら最高速度は遅くてもウチのボロホバーカーの方が性能もコストも遥かにマシだ」
「……えと、ザルティスで乗った奴だよね。あのホバーカー、いくらなの」
「140」
日本円だと約7万円。クソやすいオンボロスクーターくらいの値段だった。
そこへ、疲れた声がかかった。
「……お求めですか?」
店の奥から出てきたのは、痩せた男。
片目が義眼で、首元には随分汚れた整備用らしきインターフェースデバイス。
髪は乱雑に伸び、作業着は油と焦げ跡だらけだ。
作業着に挟んだベルトには、ヴェラが持っていたような、様々な工具が連なっている。
顔には深い疲労の影が落ちているが、目だけは妙に鋭く、商売人――というよりは、技術者としての誇りが強くくすぶっていることを示している。
「そちらは値下げは難しいですが、オプションなら調整できますが……」
そう言いかけた男を、遥斗は見て固まる。
「……貴方は」
そこに立っていたのは、医療施設の前で老人を背負っていた、あの青年だった。




