第7章:物語はわたしが紡ぐ(10)
『エルフォリアの迷宮』攻略から、三日が過ぎた。
その間、わたしがしていた事と言えば、ベッドに横になっている事。
自覚している以上に消耗してたらしくて、医師から充分な食事としっかり安静を言い渡されたのだ。
「んまああああ、アリエル様! ヘメラは気が気ではありませんでしたのよ!」
食事を持ってきたヘメラのこの嘆きも、生きているからこそ聞けるのだと、微笑ましくすらある。
「天使ちゃん、天使ちゃんは儂を置いて死なぬよな? 死なぬよな!?」
お父様、療養すれば大丈夫だって医師も言ってるから、耳元で叫ばないでください。
「お姉様、私、シンと一緒に故郷に帰ります。結婚したらお手紙をお送りしますので、楽しみにしていてくださいね!」
もうそこまで話が飛躍して、夢見る乙女全開なニナの隣で、完全に諦めモードの人型のシンが、形ばかり礼をする。
うーん。一応ミナ・トリアの、というか東の大陸の救い主である『聖女』なんだから、国を挙げて結婚式をして良いんだぞ? 帝国から経費出そうか?
そう言おうと思ったけど、『エルフォリアの迷宮』でニナが零した願望は、本当にささやかなものだったから、大勢の人に見守られずとも、信用の置ける人達に心から祝ってもらえれば、彼女は幸せなんだろうな。
そして、イルは。
「……イル」
ベッド脇の椅子に座って、赤い瞳がじーっとこちらを見てくるのが恥ずかしく、寝返りを打って背を向ける。
「そんなに心配しなくても、すぐに良くなりますわよ」
「いえ」
背中越しに、彼が首を横に振る気配がした。
「一瞬でも目を離して、また貴女がいなくならないように。ここに居させてください」
そう。
イルは皇城に帰ってからこのかた、全然わたしの傍を離れない。親猫に置いていかれて怖い思いをした子猫のように、ずーっと付き添っている。
「ルーイ様が元気になったら、どこへでも行きましょう。それまでは」
だから、そういう事言われると、期待しちゃうんだってば。
……いや、今だからこそ、言ってみていいのか?
「イル」
「はい」
また寝返りを打って、イルの方を向く。何か真面目な話があると察したのだろう。彼が椅子に座り直して、膝の上に拳を置く。
その拳に手を伸ばして、そっと包み込む。
「貴方には、どこにも行って欲しくないです」
うわー……これ物凄い緊張するな。お父様にバラそうとした時より声震えるかも。
「貴方には、わたくしの隣に居て欲しいのです。貴方は、わたくしの隣に『居る』事で、『イル』となれるから」
イルが戸惑い顔で不思議そうに首を傾げる。あっ通じてないなこれ。やっぱりこの子にはストレートに言わないとダメか。
「わたくしはこれから皇帝として生きます。その時、伴侶としてわたくしを支えていて欲しいのです」
赤い目が、真ん丸く瞠られた。
まあそりゃあ驚くよね。主君にいきなり求婚されたら、臣下は仰天しますわな。
イルはわたしの顔を見たり、視線を外したり、を繰り返している。段々不安になるくらいの時間が流れた頃。
「……嫌です」
ぽそり、と飛雄くん声が鼓膜を叩いた。




