第7章:物語はわたしが紡ぐ(9)
「……様、ルーイ様!」
イルの呼びかける声で、わたしの意識はゆるゆると現実に戻ってきた。
重たい目蓋を持ち上げれば、美少年の顔を今にも泣きそうに歪めて、わたしを覗き込んでいるイルが居る。彼の腕に抱かれているのだと気づけば、完全に覚醒した。
起き上がろうと床に手をつき、冷たい石の感覚ではなく、何か柔らかい小さな物の集まりである事に気づいて、視線を下ろす。そして「ヒョエッハイ!?」とまた変な声をあげてしまった。
一面の、色とりどりの、花びら。
唖然とするわたしの頭から、ぽとりとずり落ちた何かに目をやれば、同じく様々な色で編まれた、花輪。
『セイクリッディアの花輪』
「わたし」が描写した、聖剣の魔法によって編まれた物と、全く同じだ。
「あああああ! アリエルお姉様! お姉様!!」
ニナが涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、わたしを抱き締める。やばいやばい。締まってます締まってます。骨折れる。
「聖剣の魔法が間に合って良かったです! 私、やっとお姉様の役に立てガッ!」
あっ、この舌噛みも段々可愛く見えてきたな。
そう、「わたし」が書いた『セイクリッディアの花輪』の効果は、花輪をかぶせた者の魂を操るというもの。悪しき魂を封じる事も。逆に、この世を離れゆく魂を呼び戻す事も。どちらもできる。
「わたし」は前者を書いたが、ニナは今回、後者を使ってくれたようだ。
って、やっぱりわたし、死にかけてたんじゃん!
ぎっとケージの方を向けば、奴は腕組みして壁にもたれかかり、ニヤニヤしながらこっちを見ている。
くそー……。こいつはまた籠にぶち込んで、しばらくアーモンド抜きだ。がっつりお父様に餌付けされてろ。
「と、とにかく」
イルを目で呼んで、ニナの腕力を引き剥がしてもらい、すっかり花びらまみれになったスカートを翻しながら、わたしは不敵な笑いと共に宣言する。
「東の大陸を脅かす『悪魔』は、『聖女』によって浄化されました。胸を張って帰りましょう」
イルが頷き、ニナはすっかり諦めモードのシンの首をつかんで掲げてみせて、ケージは満足そうに笑うと、モルモットの姿に戻る。
そして、花びらの床に一歩を踏み出そうとしたわたしは。
「あれっ?」
突然力が抜け。ぐらり、と傾いで視界が斜めになった。
倒れる寸前に、イルが支えてくれる。
『そりゃおめーよー、死にかけて戻ってきたんだ。体力ゼロに決まってるだろ、無理すんな』
肩に乗ったケージが、きしししし、と殴りたくなるような笑いを念話で送ってくる。
『今は任せとけよ、お前の騎士様によ』
その台詞が終わるが早いか、わたしの身体がふわっと浮いた。
何事かと思えば、イルにお姫様抱っこをされる形になっている。
ちょっと待ってちょっと待って。免疫無いんですけど!
「お、下ろしてください、イル! 重たいでしょう」
「大丈夫です」
じたばた暴れると、それをおさえこむかのように、イルが腕に込める力を強くした。
「とても軽いです。羽のように」
ニナが「ああ、麗しき主従愛ハウッ!」とまた心臓が止まりそうになりつつ、シンは虚無の顔で、ケージはニヤニヤ笑いながらわたし達を見守っていた。




