第7章:物語はわたしが紡ぐ(8)
……さて。
アーリエルーヤの幸せ自慢をたっぷり聞かされたからには、わたしも彼女に誇れるくらい、女帝を頑張らねばいけない。でも、どうやって帰るんだこれ?
思案するわたしの脳内に。
『おい、おい、アーリエルーヤ!』
念話が届いたかと思うと、一陣の風と共に、赤髪の男が現れた。
……うーん、ケージか。こういう時は、メインヒーローが颯爽と迎えに来てくれるのがセオリーなんだが。半眼になると、ケージはがっくりと肩を落とした。
「めちゃくちゃ嫌そうな顔するんじゃねーよ。あの場のメンツでは、オレ様かシンしかこの神域には入れないんだからよ」
「神域?」
「そ。天神ウラノスにかなり近い場所」
それって天国では? やっぱりわたしは死にかけてた?
しかし、それならシンよりはケージに迎えにきてもらった方が気分が良いわな。
「そしておめでとう」
考え込むわたしに、ケージがゆったりとした拍手を送ってきた。
「後はお前が無事目覚めれば、新版『セイクリッディアの花輪』は完結する」
その言葉に目を瞠ってしまうと、ケージは例のコツメカワウソみたいなあくどい笑みを浮かべてみせる。
「『アーリエルーヤ』と『お前』が入れ替わった時点で、『アーリエルーヤ』の破滅フラグなんて、とっくに消滅してたんだよ」
「ハイッ!?」
いや待て。今なんて言った!?
フラグ、無かったの!?
「そりゃそーだろ。中身が違えば人生なんてガラリと変わるわ。『向こう』の『お前』が変わったようにな」
ええー、マジでござるかぁ?
今まで十一年、必死こいてフラグ回避に精を出してきた苦労は何だったのだ?
脱力すると同時、今更の疑問が湧いて出る。
「でもあんた、『わたし』が『セイクリッディアの花輪』を書いた時は、随分素直にニナに倒されてたじゃない。そこは曲げようとしなかったの?」
「だってお前、オレ達は『物語に憑く悪魔』だぜ? 面白くする為なら、自分だって犠牲にするわ。いくらでも復活できるし」
おい、そういうもんなのか? 前に地獄の釜で煮られるのは嫌だって言ってたくせに、物語の中で倒されて蘇るのは平気なんだ。やっぱり、悪魔の思考回路はわからない。ふるふる首を横に振っていると。
「あと、もう一つ、良い事教えてやるよ」
ケージが、とっておきの秘密を打ち明ける時みたいに嬉しそうな表情で、くちびるの前に人差し指を立てた。
「オレ様達『物語に憑く悪魔』の別称は、『光の精霊』。悪戯好きな天神ウラノスの遣いだ」
その台詞に、わたしはすっかり継ぐべき言葉を失って、立ち尽くしてしまう。
つまりあれか? ケージと契約した「アーリエルーヤ」も、彼を従えたわたしも、光の精霊の加護を受けた、正真正銘『金剛の光吟士』だったって訳か!!
ンアーもーーーーー! 完全に気が抜けた!!
すっかり脱力するわたしの手を、ケージが握り。
そしてまた、まっしろ。




