表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/62

第7章:物語はわたしが紡ぐ(4)

「ぐおっ!」


 苦悶の声をあげて、『掟知らず』がわたしから手を離す。力が入らなくてそのまま床に崩れ落ちそうになるわたしの身体を、だけど、寸での所で、力強い腕が抱き留めてくれた。


「ルーイ様」


 オワー!

 至近距離に美少年! じゃなかったイル!


「間に合って良かった」


 心底安堵した溜息をつくその姿は、幻覚でも何でもない。本物のイルだ。


「ど、どうして……」


 彼にはヘレヘレ辺境伯と元側室の対処を命じたはずだ。何でここにいるのか。

 疑問はばっちり顔に出てしまったらしい。珍しく、ほんっとうに珍しく、イルが不敵に微笑してみせた。


「命令は果たしました。辺境伯と元側室の部屋にネズミの群れを放って、動転している所を尋問したら、素直に吐いたので、後は他の騎士に任せて、帰ってきました。貴女のもとに」


 ウワッ。ネズミ(暗殺者)を放たれたからネズミ(本物)で仕返しか。ジョークもきくようになったなこの子。しかも帰ってくるのめちゃくちゃ早くない? 忍者超えてないか? 実は移動魔法でも使える魔法使いなのでは?

 というか、「貴女のもとに帰ってきた」って、わたしの傍を帰る場所だと思っていてくれてるの? ちょっと期待してしまいますよ。自惚れてしまいますよ。何ならわたしを見つめるその赤い瞳に、情熱の炎が萌えているように見えてきますよ。


「アーーーもーーー!!」


 突然、良い雰囲気を爆破する、駄々っ子のようなわめき声が耳に届いた。

 あー。これはあれだね? シノが若い頃よくやった、叫び芸だね? という事は。


「何で僕の邪魔をするんだよ!?」


 視線を転じれば大方の予想通り、『掟知らず』は、イルに斬られて血の流れる腕をおさえながら、憎々しげに顔を歪めていた。


「僕は『物語に憑く悪魔』なんだよ!? 物語を盛り上げる為なら、面白い方向に話を持っていくのが性分だ! それを何で邪魔するんだよ!?」


 まるで本当に子供みたいにゴネる『掟知らず』。

 こういうのが一番面倒くさいんだ。何で自分が悪いのか、わかってない奴。

 自分が一番正しくて。

 自分が一番大変で。

 自分が一番可哀想で。

 自分が一番頑張ってる。

 だから自分は何をしても許される。

 そう思い込んでる奴。

 そういうのに限って、自分が嫌な思いすると、ギャーギャーギャーギャー必要以上に騒ぎ立てるんだ。アーヨシヨシ可哀想だねーって慰めてもらえるまで、ずっと。

「向こう」でも、仕事でもプライベートでも、そうやって振り回してくる人間がいたのを思い出して、イルの腕の中なのに、今更胸糞悪くなる。


 ほんっとうっさいわコノヤロー!!


 ……と殴りかかる気力も今は無いから、ここはイルに一発ブッ飛ばしてもらうか。命令しようと口を開きかけた時。


「――もうやめてください!!」


 ハスキーなみゆゆボイスが、冷えた空気を斬り裂いた。


「もう、もう良いでしょう!? アリエルお姉様を、皆を、巻き込まないでください!」


 ニナだ。聖剣『セイクリッディア』の柄に手をかけながら、相討ちも辞さないと主張する切実な形相で、『掟知らず』に訴えかける。


「私、わかってました。貴方は楽しみたい為に私に手を貸したんだって。最初は怖かった。だけど」


 彼女が柄を握っていない方の手を差し出す。その薬指には、ごつごつした手でも映える、プラチナの指輪。


「貴方はほんの気まぐれだったかも知れない。でも、これを私に買ってくれた時、とても嬉しかった。そして、私は貴方に恋をしたんです!」


「恋!?」


「恋?」


「……恋」


 わたしは裏返った声、ケージはぽかんとした顔、イルはいまいちよくわかっていなさそうな表情で。それぞれ「恋」を口にする。

 それに構わず、ニナは口上を続ける。


「お願いです、もう、やめましょう。そして私と一緒に暮らしませんか? 知りたいんです、貴方の『真の名前』を」


「――アーーーーーッ!?」


 そこまで言った時、『掟知らず』が心底吃驚した表情で、この世の終わり的な絶叫を迸らせた。

 何だどうした? 何か、わたしがケージの名前を偶然で言い当てた時に似てるぞ?

 わたしが小首を傾げている間に。


「おっおっお前……どうして僕の名前を!?」


 えっ。あっ。ハイ?

 このパターンはもしや?


 唖然とするわたし達の前で、『掟知らず』のヒョロ長い姿が見る見る内に縮んでゆく。

 そして、呆然とした様子のフェレットが立ち尽くしているのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ